“好敵手”と書いて何と読むか
「はぁ……」
放課後。下駄箱を開き、靴を取り出しながら僕は特大の溜息を吐いた。
やっちゃった。
やってしまった。
自分がこんなに短気で、引っ込みの付かない、意地っ張りだとは思っていなかった。
外に出ると、沈んでいく夕日に照らされた歩道や校舎が、何だか朝とは違う場所、違う世界のように見えた。
もう学校に残っているのは、部活に勤しむ連中だけだろう。グラウンドの方から聞こえる掛け声、バットが白球を打つ音……いわゆる『青春の音』がそれを教えてくれる。
……ハナも、頑張っているんだろうか。
「…………」
HRが終わったあと、僕は今日も職員室に呼び出された。
そこで半泣きの小山内先生に、事の顛末を説明していた。
アレだけのことをしでかしてしまったのだ。もう反発する姿勢を貫くしかなかった。
結果として僕の『成績トップを取り続ける限りは干渉するな』という主張は受け入れられた。
それはいい。
問題は、僕のその主張は、大それた志を持った上で宣言した決意表明なんかでは、全くないということだ。
……結果としてそう言い張らざるを得なくなってしまっただけの、引っ込みの付かなくなってしまったガキの言い分だ。
ただ静かで、穏やかな何の変哲もない高校生活を送ってみたかっただけなのに。
何故、教師や学校に反発する形になってしまったのか。
何故、あそこで『手を離せ』などと言った?
僕があそこで何も言わずとも、結果は変わらなかったはずだ。
終業のチャイムがなり、風間くんも神原も僕も解放され、生徒からPTAへ、PTAから学校へ。近日中にあの先生は何らかの処分を受けたのではないか?
それが頭で分かっていながら、何故僕は自分を抑えられなかった?
何故わざわざ自分の手で、あいつを制裁してやろうなんて心持ちになった?
……ただ腹が立って、暴力を振るっただけだ。そしてそれに正当性を取って付けるようにいかにもな主張を持ってきただけだ。
なんと情けない。短絡的なガキの思考そのままだ。
その結果がコレだ……!
そんなくだらないものの為に、僕はまた繰り返した。
……周りの、他の生徒達の顔が見れなかった。
明日から、また遠巻きに見られ孤立する……地獄が待っているんだろうか?
……嫌だ。
「…………」
いやだ。絶対に嫌だ。
そんな三年間を過ごすのは。
……怖い。
想像すると身体が震える。僕は明確な恐怖を覚えていた。
もう嫌なんだ。自分のしたことで誰かを傷つけるのも! 誰かに傷つけられるのも!
サルだなんて心を閉ざして、だから仕方ないなんて、分かり合えないなんて蓋をしてしまうのは……!
「僕は……一体何をやっているんだ……!」
自分で選んだんじゃないか……!
海外で英雄になれる、誰もが羨む道を蹴って、僕はこの道を選んだんじゃないか。
僕は、何でも出来ると思っていた。事実、大抵のことは出来たはずだ。
なのに、今はどうしたらいいのか分からない。
……まずいな。泣きそうだ。
早く帰ろう。泣いてもいい場所に。
父さん。母さんに……ハナに会いたい。
僕が校門を出て、長い坂を下ろうと、歩を進めたその時だった。
「……あ」
二人の人物が、バス停の横に置かれたベンチに腰掛けていた。
「風間くん……神原」
二人が僕を視認すると立ち上がる。
「こんなところで何して――」
僕がそこまで言いかけた時だった。
風間くんが物凄い速度で地面に膝を着き、頭を下げた。
「神乃ヶ原さん! 俺を! 舎弟にしてくださいっ!!」
「――は?」
目の前で土下座をする茶髪男子の行動の意味が分からずに、僕は間抜けな声を上げる。
「か、神乃ヶ原くん……!」
「はえ?」
先んじられた、とばかりに慌てて一歩前に出た神原が僕を見る。
「あの……。神乃ヶ原くん……えと、あ、あ――」
「?」
「――あ、あなたを私の好敵手と認めますっ!!」
「……ふえ?」
目の前でこちらを指差し宣言する金髪女子の行動の意味もまた分からずに、僕は間抜けな声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます