感謝が虚勢を上回るとき
――あなたを私の好敵手と認めます。
現代社会に生きていたら、まず聞くことはない言葉だろう。聞いたとしてもおふざけで数回なんてのが精々だ。
そんな希少性の高い言葉を、目の前のアホ金髪少女は大真面目に宣言したのだ。
腹の底から、大声で。
人差し指まで突き付けて。
「……ふえ?」
突如としてそんなことをされてしまった人の反応は、大体が今の僕のそれと同じになることだろう。
「わ、私……あなたを少々侮っていたようですわ。ヘラヘラと調子のいいことを言ってのらりくらりと嫌なことから逃げつつ、流されていくような軟弱者だと思っていましたの」
「はぁ」
何をテンパっているのか、神原はやたら早口でペラペラと喋り続けた。
「ですがその認識は誤りでした。あなたはちゃんと理不尽に立ち向かう、気骨を持った男の子でしたわ」
「ふむ」
なおも神原は続ける。
「よって、この神原天乃の好敵手に相応しいと判断いたしますわ!」
「…………」
「…………」
「……要するに、何が言いたいんだ?」
「だ、だから――!」
「『助けてくれてありがとう』って言いたいんだよ」
律儀に土下座のポーズのままで待っていた風間くんが、ボソッと呟く。
「――ち、違いますわっ!」
泡を食って訂正しようとする神原。その顔は真っ赤になっている。
「違わないよ。さっきまでずっと『何てお礼を言ったらいいのでしょう……私のせいで』って繰り返してたもの」
「ちょっ! 黙りなさい! そんなこと言っていませんわ!」
「言ってたよ。それで校門から肩を落とした神乃ヶ原くんが出てくるのが見えた時はすごいテンパってた。『あぁ! あんなに肩を落として……きっとすごい怒られたのですわ! な、な、何て言って慰めたらいいのかしら!? すごいカッコよかったから元気出して? 私、男の人にあんな優しくされたのはじめてで、嬉しかった? そ、そんな恥ずかしいこと……言えませんわー!!』って」
「な、な、何でバラすの!? 嫌い! もう絶交よ!」
「いや、だって……」
いつもの口調を保つことも出来ない程に狼狽した神原が、涙ぐんだ目で風間くんを睨む。
その様子が何だか妙におかしくて、何だか妙に……可愛らしくて。
「く……あっはっはっはっは!!」
僕は声を出して笑ってしまった。
「何がおかしいの! 馬鹿にして!」
神原が半泣きで怒鳴る。
「……キャラ崩れてるぞ」
「……っ! すー……はー……!」
僕の声にようやく我を取り戻した神原が、自分を落ち着かせようと大きく深呼吸をする。
「……と、とにかく! コレからはあなたを私の好敵手と見做します! 精々私を失望させないでくださいまし!」
そう言って僕達に背を向けて歩き出す神原。
「あ、神原!」
僕はその背中に声を掛けた。
「……何?」
ぴたりと歩みを止めた神原がぽつりと呟く。
「……ごめん。馬鹿にしたワケじゃないんだ。何か救われたような気分になってさ。だから――」
「…………」
僕はいつになく優しく穏やかな声でそう言った。まるで……ハナと話している時のように。
「――ありがとうな」
「私こそ――」
「え?」
僕がそう聞き返すと、神原が振り返った。目にはまだ涙が溜まっている。
「私こそ――ありがとう。すごく怖かった……助けてくれて、嬉しかったの。ありがとう」
そう言って神原が頭を下げる。涙の雫が地面に落ちるのが見えた。
……本音だな。心からの謝辞だ。ちゃんと伝わったよ。神原。
「どういたしまして」
だから僕はそう答えた。
「あとさ、良かったらなんだけど、帰るの、少し待ってくれないか? 駅まで一緒に行かない?」
「ナンパ……ですの?」
神原が少し身構えるように、顔を赤くし、唇を尖らせながらバッグを自分の前に持ってくる。
確かにらしくないこと言ったと自分でも思う。女子を誘うなんて以前の僕なら有り得ないだろう。
あと少しハナに悪いことをしているような、何とも申し訳ないような気分がないでもない。
でも仕方ない。嬉しいんだ。
初めて言われたんだ。僕のしたことで、『ありがとう』って。心から……!
「違うよ。だって、僕を待ってくれていたんだろ? だったらコレでサヨナラは少し味気ないと思わないか?」
僕の言葉に神原は一瞬「待ってなどいませんわ」と言おうとして、すぐに嘘だとバレると気づいたのか、何も言わず考えるような顔をした。
「……分かりましたわ」
「よし、じゃあもう一人誘うから少し待っててくれ。何よりずっとあのポーズのまま放置するのはあんまりだ」
そう言って僕は先程からずっと、本当にずっと土下座ポジションのまま待機していた風間くんの前にしゃがみ込んでその顔を見た。
「おまたせ」
「おぉ……もしかしたらこのまま明日の朝までステイしてろってミッションなのかと思ったよ」
「そんなワケあるか。僕はどんな鬼畜野郎だ」
なかなかウィットに富んだ男のようだ。おまけに、クウォーターと分かっているからか、こういったジョークが妙に板についているように感じる。
「で、何だっけ? さっき何か言ってたね」
「舎弟にしてください! アマっさん!!」
そう言って彼は再度頭を下げた。
「はぁ……」
……聞き違いじゃなかった。
オレンジに染まる空の下、先程までとは気分は違えど、僕は再び大きな溜息を吐くのだった。
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