通い花①

「キャンプ行って来たんだ。コレお土産。テンちゃんと食べようと思って。お茶淹れて」


 そう言って、真っ黒に日焼けしたハナが、セーラー服姿のまま座布団に座る。


 学校行事でキャンプに行ったのなら、大きいバッグを持っていてもおかしくないのだが……。それがないということは、一度隣にある自宅に帰ったのだろう。


 ……にも拘わらず、彼女はセーラー服姿のままだ。玄関を開けてバッグだけ放り込む絵が、ありありと目に浮かぶ。


「着替えてから来いよ。キャンプから戻ったんなら、シャワーとか浴びたいだろ」


「普通に湯治施設のあるキャンプ場だったから、別に平気だよ。もしかして……臭う?」


 ハナが自分の制服の襟を引っ張って鼻に当てた。一瞬肩にかかった白い紐が見えて、僕は何だか悪いことをしているような気分になる。


「いや全然分からないけど……!」


 ……やめろ。色々困るんだよ。


「で、ホラ、お茶。土産話を聞いて貰いながら、一緒にいただきましょー」


 ふふん。語ってやるぜ、と言わんばかりにハナが得意顔になる。


 アレ以来……体育祭、文化祭、校外学習。


 何かしら学校行事があると、必ずハナは僕の部屋にやってくる……お土産を持って。土産話だけのときもあるが。


 ……きっと、いや、彼女の目的は分かっている。本人もハッキリ言っていた。


「……で、テンちゃん。学校行こっ」


「流れを無視するな。話に脈絡を持たせろ。ここはハナが学校であった楽しい出来事を話術巧みに語って、僕の心を惹きつけてからその台詞を言うところだろ! 過程をすっ飛ばすな!」


 僕が鋭く返すと、ハナは一瞬目をパチクリさせたかと思うとまたも得意顔になった。


「おぉっ!? 淹れたのはお茶じゃなくて、ツッコミってぇワケだね、テンちゃん」


「ドヤ顔やめろ。何『上手いこと言ってやった』みたいな顔してるんだ」


 僕は最早、義務感すら感じるツッコミを再度入れた。


「だってぇ、あたしそんなにお話するの得意じゃないんだもん。話してる内に散らかっちゃうし」


「知ってる。お菓子の話してたと思えば『あ、お菓子と言えば』って会話がワープするんだ、ハナは」


「そんなワケで学校行こう! テンちゃん!」


「行かない。惹かれない。行く気も起きない」


「んぬうぅ……」


 本気で悔しそうな顔をしているハナに背を向け、僕はお茶を淹れに階下へと向かう。


「あ、ちょうど良かった天ちゃん。紅茶淹れたから、お菓子と一緒に持って行って」


 台所には母さんがいた。相変わらず手際のいいことだ。


「全く、あいつも懲りないよな。こっちが意識して興味ない顔してるのに全然諦めない」 


「……ふふ。気づいてないの? 天ちゃん、本当は嬉しいの、結構顔に出てるわよ」


「……そんな馬鹿な」


 僕は仏頂面でそう言って、トレイを受け取り背を向けた。


「……エロいことしちゃ駄目よ?」


「しないよっ!」


 僕は、思春期男子にはタブーのジョークから逸早いちはやく逃れようと、階段を駆け上がった。


「おかえり。どしたの? 顔真っ赤だよ」


「何でもない。それより、お茶と、こっちからもお土産」


「え、ナニナニ!?」


「……ん。フロリダ行った時の、ネズミーの土産」


「テンちゃんまた海外行ったの?」


 クランチチョコを頬張りながら、ハナが聞いてくる。


 ……コレは、先手を打つチャンスなんじゃないか?


「うん。父さんと母さんの友人巡りでね。とんでもなく充実した旅行だったよ」


「英語喋れるの?」


「即行で覚えた。だって周り英語喋る人しかいないんだもの。覚えなきゃ話せないだろ」


「えー、すっごーい。あたしなんて小学校の最後から今まで英語のテストで平均点越えたことないよ!」


 それはハナがアホなだけだ……とはさすがに言えない僕は、今回ばかりはツッコむのを避けた。


「やはり何年も机に座って教科書から学んでも意味ないよ。百聞は一見に如かず。百見は一考に如かず。そして百考は一行に如かず。実際にそれを使った行動が伴わないと身には付かないんだ」


「ほえー、すごい。他にも何か話せるの?」


「ドイツ語も少し、飛行機で母さんに教わった。あと中国語も覚えたい、かな」


「はえー」


「だから……やっぱり、コレで良かったんだよ。僕は実践主義なんだ。机にかじり付いているより――」


「そうなんだ! テンちゃん学校行こうよっ!!」


「――人の話聞いてんのか、お前はっ!!」


「だぁってぇ、何言ってるか良く分かんないんだもん。このまま寝落ちしちゃうなら、せめて思いの丈を叫ばないとって」


「……寝落ちしちゃう程、つまんなかった?」


 何気にちょっとへこんだ僕のことなどどこ吹く風で、ハナは自分のターンだとばかりに話し出す。


「それでねそれでね、シーユとヤヨポンがいきなりお土産売り場で木刀、口に咥えて『三刀流っ!!』とか言って一本しか持ってないだろってもう大ウケで!」


「いきなりシーユとかヤヨポンとか言われても知らないけど、多分友達なんだろうし迷惑なヤツらだな、買えよ!」


「そこでナナコが『いやむしろJCの涎と歯型付いたんだから、付加価値爆上げだろ』とか言い出して!」


「ああもう、新キャラ出すな! ワケ分かんなくなるし最悪なこと言ってるなそいつ!」


 ……とまぁ、こんな感じで。


 ……情報が不足しまくってるハナの土産話を苦労して予測し、さらには補完しつつ、仕舞いには瞬発的にツッコミまで入れるという離れ業をやってのけつつも、大して得る物もないという苦行を今日も己に課す僕なのだった。




◆◆◆◆




「じゃあ、帰るね」


 一通り話すと、いつものように彼女は満足気な顔をして立ち上がる。


「ん、玄関まで見送る」


 僕はいつものように、無表情でドアを開ける。


「ねえ、テンちゃん」


 この散々はしゃぎ終わった後の真面目なトーンも、いつものことだ。


「ああ」


「学校……行こう?」


「行かない」


 僕はいつもの調子で、いつもの四文字を返す。


「ちぇー。分かった。今日のところは諦める。強情っぱり」


 ハナが苦笑いしたまま、軽く溜息を吐く。


「もう諦めろって」


「やーだよ。じゃあ……また来るね!」


「……ああ」


 そう言って僕は、ハナの姿が見えなくなり、隣の家の玄関が開いて閉じる音を聞き届けてから、部屋に戻る。


「……エロいことしてないでしょうね?」


「…………」


 母さんを無視して、僕は階段に足を掛ける。


「リビドーがインフェルノったらせめて避妊だけは――」


「インフェルノってない!」


 そう言って僕はドアを閉めた。


「……あ」


 そういえば、部屋のカーテンを開けっぱなしだった。


「…………」


 ハナの部屋の電気が点くのを見ながら、僕はカーテンを閉じた。


 ……きっと、また何かある度にやって来るのだろう。


 ……何せ僕は『行こう』には『行かない』が言えるのに、『また来るね』には『来るな』が言えないのだから。

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