後悔
アレから随分と月日が流れた。
教室で大暴れして以来、僕は学校に行くどころか、しばらくは家から出ないで母さんの書斎にある蔵書(漫画含む)をひたすらに読み漁った。
読む本が無くなると、今度は映像に手を出した。家にあるDVD、録画してあるドラマ、映画、昔の父さんの記録。その全てを観た。
いい加減鈍ってきたと思ったら、父さんに付き合って貰って身体を動かした。
知識欲が出てきたら、母さんに付き合って貰って色々なことを学んだ。
早くこうすれば良かった、と思うくらいに充実した日々だった。
DVDを観たり、一緒に身体を動かす内に、やはり父さんはカッコいいと思ったし、母さんの研究データを読み漁る内に、やはり母さんとの会話は刺激になるし、天才だと思った。
……この人達の息子であることは、とても誇らしいことなんだと思うと同時に、それを疎ましく思ってしまったことを申し訳なく思ったりもした。
――いっそ……才能なんてなきゃよかったのかもなぁ……『天才の子なのに』って言われて、それでも才能なんかなくて、悔しいけどどうしようもないって諦めることが許されるなら、どんなによかったか……!
あの言葉を……あんなことを言ってしまったことを、少し悔やんだ。
一度口に出してしまった言葉は、もう消すことはできないのだと知った。
でも……アレは、僕の偽らざる気持ちだ。
父さんと母さんのことは、尊敬している。
生んでくれてありがとうとも、思っている。
それでも……何の才能もない人間に生んでくれたら良かったのに、という気持ちをどうしても拭いされない……!
僕のこの発言は、実際に何の才能も持っていない人にとっては許せないものだというのも、分かっている。
でも、そんな人がいたら炎上覚悟で、僕はこう言ってしまうだろう。『代わってくれ』って。
「…………」
……駄目だ。どう考えても受け入れて貰えるとは思えない。
どう頑張っても、サルどもとは友達にはなれない……!
◆◆◆◆
しばらくして届いた、クラスメイト達からのわざとらしい手紙も、寄せ書きも、ロクに読まずにゴミ箱に放り捨てた。
何とか学校に来させようと、必死なポーズを装う先生にも、うんざりだった。
先生や、数少ない僕の様子を見に来るサルどもが来る度に、僕は自分でもイラついてしまうくらいに、劣悪な塩対応をしてやった。
僕が学校に行くのはテストの時だけ、お前らと会うこともないし話すこともない、と。
宣言した通り、定期テストのときだけ受けるその問題も、溜息が出る程簡単だった。コレでどうやって一位以外を取れって言うんだ。
……やはり、僕は誰とも関わらずにこのまま、この最高の環境で自分を高めて、自分より劣る誰かの顔色を窺って弱者に合わせる必要なんてない、実力主義の世界に進むのが一番なんだろう。
……後悔などない。あるはずがない。
ただ、他にやりようがあったのだろうかと、寝る前に考えるのが日課になっていただけだ。
◆◆◆◆
このまま実力主義の世界に進むのが一番なんだろう、なんて結論が出ているにも関わらず、どうして僕はこんなに心を掻き乱されるのか。
そして、何故こんなに後ろ髪を引かれる気持ちになるのか。
原因は……分かりきっている。
「天ちゃーん。そろそろ来るわよー」
母さんの声が階下から聞こえてくるが、僕は無視した。
ぴんぽーん。
……いつも通りの時間だな。
「…………」
ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん。
「…………」
ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴーーーーん……ぽーん。
「あーもう、うるせーっ!」
僕がそう言って、窓から顔を出すと――
「あ、やぁやぁテンちゃん」
――ピンポン爆撃犯であり、僕の心の乱れの原因である、明井花がそこに立って、しゅぴっとこめかみを二本指で擦る、ナンパな敬礼をした。
「勝手に入って来いよ!」
「あたしだって十四の乙女だよ? 断りもなしに同い歳の男子の家に入らないって」
「前は勝手に、ベランダ伝いに飛び込んできたじゃないか」
「いやぁ~あの時は若かったねえ。一度そのまま窓の下に落ちたもん。ビニールプールがなかったら死んでたよ」
「……そうなるんじゃないかと思って、僕が移動させておいたんだよアレは……それより」
「んん?」
二階の自室の窓から、門の前にいるハナに向けて、僕は溜め息混じりに問い掛ける。
「……何の用?」
まぁ分かりきっているが。
僕がそう言うとハナは、にひっと笑って大きく息を吸い込んだ。
「テンちゃん! 学校行こっ!!」
「……はぁ」
分かりきっていた言葉なのだが、僕は額に手を当てて大きな溜息を吐いた。
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