無邪気を無くし、邪気になるまで
本当に、うんと小さい時……。
そう。幼稚園や小学校に入ったばかりの頃は、授業で出される問題なんて簡単で、百点なんて取れて当たり前だっただろう?
せいぜい、ケアレスミスで八十点を取る時もある、くらいなものだったろう?
みんなそうだ。何せ、はじめの一歩目なんだから。
みんな「こんなの出来て当たり前」と思っていたことだろう。
何せ、実際出来て当たり前のレベルの問題を出されていたんだから。
皆、子供故の強い好奇心、知識欲を満たそうと、乾いたスポンジが水を吸い込むが如く、与えられた問題へと向かい合っていただろう。
そして一年、また一年と年を重ねるに連れ、一人ずつ、少しずつ、差が出てくる。
一問ずつ、一点ずつ、ついて来られない者が出てくる。
一人ずつ優劣が浮き彫りになってくる……らしい。
らしいと言わせて貰ったのは、実際に僕がその歳の頃にはそのことに気付けなかったからだ。
そう。コレまでも、コレからも、僕の口から語られるこの物語は全て僕の主観だ。
だからもしかしたら、認識の祖語があったり、違う感想を持たれる方もいるかもしれない。
だからもしかしたら、もっと早い段階で諸事情や一身上のご都合で、授業についていけなくなってしまった人もいるのかもしれないが、どうか気を悪くしないで欲しい。
そんな方達に対する皮肉や、自慢など微塵も含めたつもりはない。
仮にここで「嘘を吐くな、マウントが取りたいだけだろう」と食い下がる人がいたら非常に残念だが、コレ以上の弁解はしない。
あなたが「お前に俺の苦悩は理解できない」と主張するように、あなた達にも僕の苦悩は決して理解できないのだから。
◆◆◆◆
小学生の頃は、やりたい放題だった。
簡単な授業、簡単なテスト。
みんな休み時間のチャイムが待ち遠しくて、チャイムが鳴ると同時にボールを抱えてグラウンドへ走ったものだ。
この時は、体を動かすのも楽しかったっけ。
そして、まだ『さすが太陽の息子』と言われるのが嬉しかった時代だ。
みんな運動より、どっちのチームが僕を取るかを決める、じゃんけんの時の方が真剣で可笑しかった。
じゃんけんで勝った方、即ち僕を獲得したチームが必ず勝つのだから。
上級生達との、サッカーゴールの使用権を賭けた勝負にすら勝ったくらいだ。
……だが、高学年に差し掛かる頃だ。いつからか、グラウンドへと駆けていくメンバーが一人、また一人と減っていることに気がついた。
一人は、授業の復習をしなくてはならないと言った。
一人は、お前がいると勝てないからつまらないと言った。
一人は、お前がすごいのはもう分かったからと言った。
一人は、ハナちゃんとお似合いだね。敵わないよと言った。
……何言ってんだこいつら? と、僕は思った。
僕は、高学年になっても、中学生になっても、高校に入学した今でも、まだ「こんなの出来て当たり前だろ」と思っている。
きっとこの先も、こう思い続けることだろう。
だって、テストに出る問題なんて、全部授業で習ったことじゃないか。
むしろ何故出来ない? なんで満点取れないんだ?
たまに、こんなの授業で聞いてない、と言う輩もいるが、あんなの習った解き方の応用問題じゃないか。
テストだぞ。試されてるんだよ。
発想力と応用力があるかのテストだろ。
そこに文句を付けていたら、国語の教科書のテストに出ない部分なんか「テストには出ないけども国語が好きな人はよかったらどうぞの書」だぞ。
英語のワークブックだって「テストには出ないけども英語の好きな人はよかったらどうぞBOOK」だぞ。
それに気付かない自分を棚に上げて、何苦情を入れているんだ。
もしかして……コイツら、バカなんじゃないか?
小学生の高学年……その頃になって、ようやく僕は少し違和感を覚え始めた。
◆◆◆◆
それから僕は、色んなことが楽しくなくなった。
授業では自分から手を上げることもなくなったし、体育でも休み時間のサッカーでも、ボールを手に入れたら一秒もかからずパスするようになった。
さすがにおかしいと思ったのか、先生や周りのみんながどうかしたのか、と声を掛けてきた。
そして僕は――あぁ……
「僕が楽しむと○○くん達がつまらないみたいなんです」
……と、バカ正直に答えたんだ。
一部の友達を無くした。
僕を群れになって必死に庇う女子のせいもあって、僕は男子生徒からハブにされかけた。
この事で、先生から親に連絡まで入る事態となってしまった。
余計なことしやがって恥ずかしい、と思いつつも、独力では解決策や解消法を見つけられなかった僕は、両親にどうしたらいいか聞いてみた。
「はっはっは! 気にするな天! 父さんも似たようなこと言われたけど自分が一番楽しむのをやめなかった! 休み時間が球技大会になればヒーローだ! そして部活になれば球技大会の敵からもヒーローだ! そして県代表になればそれまでの敵からもヒーローだった! やがて日本のヒーローとなり、そして今では世界のヒーローだ!!」
……カッコいい。正直、この歳になっても父さんを尊敬する心が残っているのは、この言葉を聞いたからだろう。
脳まで筋肉ゴリラの父さんだからこそ、裏表のない本心なのだとよく分かる言葉だ。
でも僕は脳まで筋肉じゃない、だから色々考えてしまうんだ。
そして、父さんと違って器が小さいから思ってしまうんだよ。
……なんで、そいつらは大したこともできない癖に、僕が気を使わなきゃならないんだ、とかさ。
◆◆◆◆
「……そうね。ママも昔からお高くとまってるとか、散々同性には言われたわ。おまけに全く興味のないバカな男どもにも言い寄られて、鬱陶しいったらありゃしなかったわね」
書斎で白衣を着た母さんが、読んでいた漫画本を閉じ、こちらを見る。
母さんは基本集中する時に、家だろうと白衣を着る。何でもアスリートにとってのユニフォームみたいなものらしい。
「それで、母さんはどうしたの?」
「天ちゃん最近ママって呼んでくれなくて、ママちょっと寂しいんだけど」
「こーたーえーて!」
「そうね、開き直ったわ!! 明らかに知能は低い癖に、劣等感だけやたら強いヤツらに付き合うだけ時間の無駄よ。『私天才ですけどあなた達を見下すつもりはありません、嫌味に感じることもあるかもしれないけれど、それでも構わない人は友人になってくださいな』っっっってね!!」
……いるのか、そんなヤツ。まぁ、コレで友人になってくれる人は本当に人間の出来たヤツだろうな。ハズレはなさそうだ。見つかれば。
「それでも他人を罵ることに、人生を賭けてるブタどもに叩きつけるに相応しい日本の名作漫画の台詞があるわ。『猿が人間に追いつけるかーッ! お前はこの月子にとってのモンキーなんだよブタどもォォォーーーッ!!』っっっってね!!」
猿なのかブタなのかどっちなんだ……!
「はっはっは、過激だな母さんは」
「ああん! あなた! 最近天ちゃんがママって呼んでくれないの。月子寂しくって……」
父さんが現れた途端、母さんが乙女の……いや、メスの声を出す。
「そうか、あんなに小さかったのに、いつの間にか成長するんだなぁ」
父さんが母さんを抱き寄せながら、しみじみと言う。
「あなたぁ……あたしそろそろ二人目が欲しいなぁ……」
「はっはっは!」
……こ、今回はここまでにしておこうか。
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