悪意は強く、伝染する
両親に相談した結果をまとめよう。
二人とも『自分の能力を隠したり負い目を感じる必要はない』と言った。
父さんは自分が一番楽しむことをやめなかった。
母さんは周りに合わせる為に、自分を高めることをやめたりはしなかった。
二人とも、周りに目もくれず理想の自分を追求し続けたのだ。
でも僕は、父さんのように器も大きくないし、そこまで前向きにはなれない。
そして母さんのように、全く周りを意に介さず、全く自分を曲げないでいられるほどに、
自分が他の人より優秀なのは分かった。でもだから何だ?
同じ人間だし、尻尾が生えてるワケでも、超能力が使えるワケでもない。
じゃあ分かり合えるだろうと、僕はそう思っていた。
むしろ同じ見た目で、言葉も通じる、食べる物も同じだ。なのに扱いを区別するなんてよくないことだろうと思った。それは今までの人類の歴史を見てもすぐに分かることだ。
◆◆◆◆
小学六年生となった僕は、今度は読書やボードゲームなどに手を出すようになった。
その中でも将棋はかなり面白かった。チェスや囲碁やかるたはそもそも一緒にやれる人がいなかったのもあるが、それを差し引いても興味深かったのだ。
無限ともいえる奥深さがあって、なかなかに熱中できた。
……が、いかんせん周囲が弱すぎた。
もし僕以外に神童がいて、追い込み追い込まれ、共に研究し合えるようなライバルとなる友人がいれば、僕はもっと熱中していたことだろう。
だがそんなヤツはいやしなかった。だからこの話はここで終わりだ。
むしろどいつもこいつも上手くなろう、強くなろうという努力をしない癖に、負け惜しみだけは言うようなヤツばかりだった。
確かに運動ができる方がカッコいいと思っているような年頃なのだから、仕方ないといえばそうなのだが……。
クラスメイトの過半数を、負け惜しみ混じりに僕から離れさせていってしまった将棋を、コレ以上好きになることは出来なかった。
このせいで、僕にとって将棋は親戚に誉められ、小遣いをせびる為の手段止まりの認識になってしまった。
◆◆◆◆
そのまま僕は小学校を卒業し、中学生になった。特に受験して進学するようなレベルの高い学校ではなく、エスカレーター式の学校だ。
父さんは僕をノビノビと育てたいようだし、母さんは僕の才能なら、どこに置いておいても頭角を現すので同じことだと思っていたらしい。
いずれにせよ、両親は僕が自分から望まない限りは自由にさせておくつもりのようだ。
僕は密かに燃えていた。
今度は上手くやる。友達を作って、学校生活を楽しむんだ、と。
「テンちゃん、部活何にするか決めた?」
「いや、まだ。ハナは?」
……僕の隣を歩く、セーラー服の少女を紹介しておこう。
短く整えられた黒髪、健康的な白い肌、というのは今が春だからで、夏には真っ黒になるんだ。
彼女は
そして四歳の僕がハロウィンパーティーで仮装した父さんにビックリして漏らしたことを、家族以外で知っている唯一の存在だ。
「んー、あたしは……体験入部で全部回ってから決める」
「つまりまだ決まってないんだな、僕と同じだ」
「うん。体験入部で、一番楽しかったヤツにする!」
「ハナは……」
「ん?」
「…………」
「何?」
「んー……何が、向いてるんだろ」
ハナは……有り体に言って、何かに対しての才能がない。
少なくとも現時点で、僕は彼女に何らかの才能を見出だすことは出来ていない。
その活発的な見た目に反して、小学校で一緒に運動してる時も足を引っ張るというほどでもなかったが、特に目を見張るような活躍もしている記憶がない。
かといって僕がボードゲームなどに興じているときに、一番相手をしてくれたのは彼女だが、それも大したことなかった。
「才能ないのは分かってるもん。何が一番向いてるかじゃなくて何が一番楽しいかで決める! それでもっと楽しむのに努力が必要なら頑張るよ!」
こういうヤツだ。父さんみたいなことを言う。
僕もこんな風に思えたらよかったのに。僕の「楽しい」は一瞬で終わってしまうからな。
「テンちゃんも決まってないなら、体験入部で全部回ってみようよ」
「んー」
「もしかしたら今まで知らなかった世界が見えるかも! しかもテンちゃんでも簡単にはいかないような世界!」
「そう……かもな」
確かに彼女の言うことはもっともだ。
たかが十二年生きたくらいで、決めつけてしまうなんて愚かなことなのかもしれない。
「うん、僕もやってみるよ、体験入部」
「うん! 決まり!」
ハナに引っ張られたことは、若干悔しい事実だが、嬉しくもあった。益々やる気に拍車が掛かるというものだ。
周囲の三つの小学校から生徒達が集まっている中学だ。ならば、三分の二の生徒は僕にまだ悪印象を持ったりはしていない。
その三分の二の生徒に好印象を持ってもらい、その三分の二から残りの一にポジティブ・キャンペーンを行ってもらえば、その三分の一だって僕を見直してくれるかもしれない。
僕はそんな風に思っていた。
甘い、甘すぎる。甘々である。
どうしてそれを可能と思っておきながら逆の可能性を考えなかったのか。
――あいつ努力なしで何でも出来る嫌味なロボットなんだぜ。
――ああ、道理で部活の体験入部でどこでも好成績だったワケだ。
――幼稚園からずっとやってたヤツに涼しい顔で勝っちゃったんだって。
――え、でもそれってすごくない?
――いやそれがあの神乃ヶ原太陽の息子なんだって。
――あぁ、そりゃ出来るわな。そりゃ当たり前だわ。
――それか神乃ヶ原月子の人体実験の成功体なんじゃない?
――じゃあ先に犠牲になった兄弟がいたりして。
――とにかくそんな大活躍をしたからどの顧問も必死に勧誘してるらしいよ。他の部員ほったらかしで。
――で、それなのにそいつどこの部活にも入らねーんだと。
――は?
――何それ、ナメてんの?
――最初からマウント取る為に入るつもりもないのに全部活ツアーしたってことかよ。
――ふざけやがって。
そんな悪評はあっという間に広がった。
悔やむべきなのは、もしかしたらこの時点でキレていればまだ何とかなったかもしれない。
言われてみればそんなワケないよな、と修正できたかもしれない。
なんでそんな当たり前のことに気づかなかったんだろう、となったかもしれない。
認識が浸透する前に、印象付けが成される前に爆発していれば。
この件から僕が学んだことは、好感は根付くのに時間が掛かるが、悪評は一瞬だということだ。
僕は早くも、運動部男子から鎖国状態の刑にあった。
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