人事も尽くしてないのに“天才”を授かってしまった僕の苦悩
アンチリア・充
神乃ヶ原 天
何の皮肉か、間違いか、或いは神の悪戯か。
……僕には大抵のことは高水準で出来てしまうワケの分からない才能があるらしい。
自己紹介しよう。僕は
先程言った『大抵のこと』というのは超能力などの類ではなく、スポーツや楽器や料理や計算など、常人でも可能な物事だ。
『じゃあ空飛んでみろよ、火を出してみろよ』なんて幼稚なことをいう輩など、端から相手にする気もない。
……どうやら僕は天才らしい。いや、皮肉や嫌味で言ってるのではない。
何せこの才能を一番疎ましく思っているのは、僕自身なのだ。
何をやっても、何をやっても、何をやっても!
出来ない楽しさが一瞬しかないからだ。
人というのはまず障害にブチ当たり、それを乗り越えようと工夫を重ね、前回より精度が上がった実感を得て、少しずつ成長し、その都度、喜びを感じるものだ。
僕にはそれがない。悲しいほどにないのだ。あっても三段階だ。
出来ない→なるほどこうやるのか→達人!
……という具合だ。
見た動きや、聞いた音などをすぐに再現出来てしまう。
……分かりやすい例を紹介しよう。
公園に、男の子と、その父親と、母親がいたとする。
男の子は初めてのキャッチボールに挑戦するようだ。
「んっ!」
とりあえず腕を振るうが、ボールは勢い弱く転々と地面を跳ねる。
「はっはっは、それじゃ駄目だ。こうやるんだよ」
そう言ってお父さんが手本を見せる。
『こう?』『そうそう』などという夫と息子の会話を微笑ましく見てお母さんは『頑張って』なんて言うんだ。
「えいっ!」
そして父からの教えを実践した少年は先程よりも勢いよく、父の構えたグローブへと吸い込まれたボールを見て、
「やった!」
なんて喜びを感じるのだろう。
「やったな!」
「すごいすごい!」
なんて親子で盛り上がって、息子の成長と家族の愛を噛み締めるのだろう。
コレが一般家庭だ。
……そして、コレが我が神乃ヶ原家の場合。
「さぁこい天! 父さんにボールを投げるんだ!」
「……えいっ!」
やはりとりあえず腕を振るうが、ボールは勢い弱く転々と地面を跳ねる。
ここまでは同じだ。ここまでは僕も普通なんだ。
「違う違う! こうやるんだ! 父さんが手本を見せてやる! ぬぅぅぅっっっふんぬらばぁっ!!」
父さんのその筋骨隆々の腕から放たれたボールは、僕の顔の数㎝横を通り抜け、公園の池の水面スレスレを、水煙を放ちながら直進したのち、ホップして柵を通り越し、遥か遠くの大木に円形の穴を穿ち、少量の黒煙を出したまま、救出不可能となった。
「……ボール」
「大丈夫よ。こんなこともあろうかと予備のボールを用意してあるわ」
「おお! 流石だな母さん」
「はい、天ちゃん。お父さんみたいにやってみて」
母が渡してきたボールを握り締め、先程の父の姿を思い浮かべる。
やはり子供は親に誉められたい。コレばかりは仕方ない。
「……えぇいっ!!」
僕の腕から放たれたボールは、父さんの構えたグラブを突き破り、父さんの歯にガチッと停められた。
「はっはっはっは! ふぁふがふぁな! あまふ!」
ボールを歯に挟んだまま、父さんが豪快に笑う。
「父さんほどじゃないけど……」
「大丈夫よ。むしろアレ以上の威力はまだ成長しきってない身体では耐えられないわ。少し肘が痛いでしょう?」
「……ちょっと」
「そもそも物を投げるという行為自体が、人体構造的にあまり何度も出来ることじゃないの。まだお父さんの真似はしちゃ駄目よ。筋力にものを言わせるんじゃなくて体重移動の際に生じる運動エネルギーを無駄なく届けるの。“キレ”で勝負するの」
「はっはっは! 母さんはさすがだな! 何を言ってるかサッパリ分からんが愛してるぞ!」
「ふふふ、私も……愛してるわ。あなた」
……コレがウチの両親だ。
このゴリラと見紛う、筋骨隆々の男が僕の父親、神乃ヶ原
スポーツというスポーツで金メダルを取りまくってキングオブアスリートの称号、太陽神の異名。果てには国連が特例として父さん一人の為だけに認めた『全人類栄誉賞』まで貰ってしまった化け物男だ。一人で世界を動かした男とも言われている。
一人だけ、漫画の世界から出てきてしまったのではないかと思えてしまうほど、桁違いのスペックを誇る、フランケンのような父親である。
世界記録はほぼ全て父さんが保持しているし、『オリンピックは神乃ヶ原の為の舞台だった』とまで言われたらしい。
僕はまだ物心ついてなかったので覚えていないが。
そしてその脳筋野獣に寄り添っているのが僕の母親、神乃ヶ原
あらゆる医学を修めるだけでなく、小説に音楽に絵画に舞踊。
あらゆる言語を操り、世界の文化と科学を数世紀早く発展させた天才なんだそうだ。海外では『月の女神』とか呼ばれることもある……らしい。
何でも気まぐれに手を出したスポーツ医学で、父さんと劇的な出会いを果たしたんだとか。
もう分かっただろう。鬼と金棒が結婚してしまったんだ。
いや、鬼と悪魔かも。
運動の天才と文化の天才の間に生まれた子供は、その両方の才能を引き継いだ千年に一度の天才だ、なんて実に短絡的なアホ三流小説のようなストーリーを思い浮かべたろう?
世間もそうだった。
そして……その通りになってしまったんだよ。
小さな頃から散々言われた。『太陽神と月の女神の子』とか何とか。
今では僕はそういう類の話をされる度に『日蝕って可能性もありますよ~』なんて苦笑いを貼り付けて返してる。
先程も言ったが僕はこの才能を疎ましく思っている。
出来て当たり前を期待されて、出来なきゃ失望を顕わにされる。
……まぁ実際に、何でも当たり前に出来てしまうんだけどさ。
でも他人に好き勝手言われる筋合いはないだろう?
正直、愚痴ならチラシの裏にでも書いてろと言われたらぐうの音も出ないのだが。
コレは……そんな僕の苦悩を描いたお話だ。
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