4 幸せすぎる

 エルネストを追い返し、神殿に戻るか本庁舎へ行くかを迷う。ダンテが帰ったのだから、おさもだろう。神官の職に戻る挨拶をしなければならない。ラクに生きるための処世術として必要だ。


 それに、神官になった動機は不純だったが、今は結構気に入っている。


 空を見上げると見事な夕焼けで燃えるように赤く、魔界の空が思い起こされた。


「先輩!」

 元気なカロンの声がした。庁舎のほうからやって来る。

「そんなところでぼんやりして、どうしたんですか?」

「空がきれいだ」

 カロンが空を見上げ、それから俺を見た。

「先輩の瞳と一緒ですね」

 屈託のない笑顔。


 胸が締め付けられる。

 あやうく彼女は死ぬところだった。俺のせいで。だというのに真実を隠したままでいいのか? 


 疑問がむくむくと湧き上がる。


 彼女は真面目だ。魔王に体を乗っ取られたことを自分の責任だと思い、ずっと己を自分を責め続けるかもしれない。

 カロンを失いたくないからなんて自分勝手な欲望のために、彼女を苦しませていいのか?


 いや、ダメだ。

 腹をくくるときが来たんだ。




「……カロン」

「はい!」

 眩しいほどの笑顔だ。神官の俺を信頼しているんだろう。


「まだきちんと話していないことがある」

「なんですか?」

「どうして魔王がカロンを狙ったか、だ」

「私が先輩の世話係りだからですよね。あ、詩か。もしや魔王は他の女性と間違えたんですか? 私に似た名前のひとっていましたっけ」


 不思議そうにカロンが首をかしげる。

 俺は緊張のしすぎで口から心臓が飛び出しそうだ。   


「そうじゃない、カロン。魔王に標的にされた理由は、私がカロンを好きだからだ」

 カロンがゆっくりと瞬きをする。


「好きだ。恋愛対象として」

「……先輩が私を?」

 不思議そうにカロンがつぶやく。


「詩は書いた。一年も前に。魔王が言ったのはきっとそれだ」

「……私の詩があるのですか?」

「ある。だがカロンに見せられるような内容じゃない。だから嘘をついた」


 ああ、口の中がカラカラだ。こんなに緊張するのはいつぶりだ?


「真面目で敬虔なカロンに好きだなんて伝えたら、世話係りを辞められてしまう。それだけは絶対にイヤだったから気持ちを隠していた。カロンが狙われたのは私のせいだ。すまない」

「先輩……」

「なんだ」

「本物ですか? 魔王が入ってますか?」

「私だ! 魔王の声はしわがれているだろう!」

「そうでした。じゃあ本当に、先輩は私のこと……」


 カロンはぼろぼろと大粒の涙をこぼした。


「私、先輩が思うような真面目な見習いじゃありません」

「なにを言う!」

 カロンが首を左右に振る。

「先輩が愛人さんと会うのがイヤで、こっそりたくさん邪魔をしてました」

「え?」

 それはどういう意味だ?


「私は悪い人間なんです」カロンがエグエグ泣きながら、手の甲で涙を拭う。「最初は尊敬していただけなんです。でも気づいたら先輩のことが好きになっちゃって」


 唐突に色んなことが腑に落ちた。ダンテの思わせぶりな言葉の数々。魔王から戻すためのキス。カロンが俺を殺めることより自らの死を選んだこと。

 全部カロンが俺を好きだったからだ。


 彼女を抱き寄せ唇を重ねる。


 なんで気づかなかった。バカは俺だ。一年もやせ我慢をして表面を取り繕って。


 カロンがほしくてたまらなかったのに。








「――ジスラン。――ジスラン!!」


 ヒステリックに名前を呼ばれている。顔を上げると憤怒の表情の巫女長と、苦笑している長がいた。


「神官ともあろう者が、神殿の前でなにをしているのです!」

 叫ぶ巫女長。

「禁じられてはいないがな」と長。「常識で判断してくれ」

「長、彼に常識を期待するのが間違っています。とにかくカロンの体裁というものがありますからね」


 腕の中を見るとカロンは真っ赤でふにゃふにゃの顔をして俺にもたれかかっている。巫女長たちに気づいていない。


「始末書二十枚」と巫女長。「提出は明日の日の出までに」

「二十!? そんなの聞いたことがないですよ!」

「徹夜が必要でしょう」巫女長が自愛に満ちた笑顔を浮かべる。


 そうか、俺がカロンと夜を過ごすのを阻止する気か。


「カロン、行きますよ」と巫女長。

「今だけはお見過ごしをお願いします」

 長と巫女長が顔を見合わせる。それから長が、

「ティボテ隊長の望みは近いうちに叶うぞ。お前に覚悟があるならば、今だけは」と笑顔で言って踵を返した。

「長!」

 巫女長が慌てて後を追う。


「ジスランに甘いと、また責められますよ」

「個人宛のお布施は最高額だから、ということでな。それも先月限りになりそうだが」


 そんな声が聞こえ、大事なことに気づいた。


「カロン」

「……ふぁい……」

 トロンとした目で俺を見上げるカロン。可愛くてもう一度キスをしたくなるが、その前に――。


「これからはカロンだけを愛すると誓う」

 カロンが瞬いた。目に力が戻っている。

「……それって愛人さんたちとは」

「もう終わりだ」

「……いいんですか?」

「必要なのはカロンだけだ」


 カロンがまた大粒の涙をぼろぼろとこぼす。


「信じられない!」

「信じてくれ」


 彼女の目元にキスをする。


「死ななくてよかった!」

「もう二度とあんなことはしないでくれ」

「はい! ――先輩」


 カロンが最高に可愛く笑う。


「詩を読ませてください!」

「……いいぞ。私の部屋にある」

「嬉しい!」


 無邪気にカロンは喜んでいるが。わかっていないな、俺が今なにを考えているか。


「行こうか」

 腕をほどき、代わりにカロンと手をつなぐ。

 始末書は――。

 どうするかは明日考えればいい。見逃してくれたのは長たちだからな。




《おしまい》

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不良神官なのに、イケメン好きの女神に気に入られて勇者になってしまった俺の話 新 星緒 @nbtv

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