3 アホで見てられん

 神殿に帰る俺のために、王宮の庭には立派な馬車が用意されていた。

「歩いて帰れるが」

「乗ってけ乗ってけ」とダンテ。「俺は所用ができたからおさたちと帰る」

「え! 先輩とふたりきりですか!」カロンがワナワナと震えている。

 なんでだ。まさか俺を警戒しているのか。


「そう」うなずくダンテ。「だから馬車のほうが絶対にいい。熱心な信者たちがちょっかいを出せない」

「なるほどです。まさか本当に先輩に縄をつけるわけにはいきませんものね」


 そっちの心配か。


「私も乗っていくわぁ」

 背にピタリと女神が張り付く。胸の圧がすごい。

「離れてください。あなたのことはきっぱりお断りしましたよ」

「でも気が変わるかもしれないもの」

「先輩から離れてください! 嫌がっているでしょう?」

 カロンが女神を剥がしにかかる。


「やめてあげてくれませんかね」とダンテ。

「あなたもいい男よね」と女神。

「俺に乗り換えますか?」

「悪くないけどジスランがいいの」

「アマーレ様、ジスランなんかより俺と」と傍らにエルネストがひざまずいた。

「しつこいわねぇ」

「あなたもですよ」

 しっしと追い払う。俺がカロンを好きなことを知っているくせに、図々しい。


「手に入らないものより入るものを愛でたほうが楽しいわよぉ」

 俺の横に回ったアマーレが妖艶に笑って、胸の下で腕を組んでそれを強調する。


「――助けて・・・くださったことには心より感謝しています」

 女神がちらりとカロンに視線を走らせた。

「助けなければあなたが新しい魔王になったから。あとはついでってとこ」


 どうやらエルネストはおまけらしい。


「じゃ、感謝の気持ちを表してもらおうかしら」

 アマーレが俺の腕に胸を押し付ける。マントはまとっているが、一般女性よりだいぶダイレクトな感触だ。

「ダメっ! 先輩は神殿関係者にだけは手を出さないのが取り柄なんですよ!」


 おい待て。それが取り柄ってひどくないか? ダンテは吹き出しているし。どのみちカロンの前ではやめてほしい。



「エルネスト!」とアホを呼ぶ。目は合わせてやらないが。「女神をオトしたら許してやらないこともない」

「許されるつもりはないがな。最初からすべて覚悟の上だ」背後で声だけがする。

「脳筋むっつり騎士め!」

「だが女神様はほしい」

「頑張れ」

「勝手に決めないで――きゃっ!」


 アマーレが俺からベリッと剥がされる。


「ちょっと、おろして! おろしてってばぁ!」

 振り返ると、エルネストが荷物を担ぐかのように女神を肩に乗せて去っていくところだった。

 アマーレと目が合う。

「ジスラン、助けて!」

「あの担ぎ方」とダンテ。

「だから童貞なんだ」


 お偉い方が居並ぶ中で秘密を暴露されたエルネスト。

 ざまぁみろ、だ。


「女神様は大丈夫ですか?」優しいカロンが不安げな顔をする。

「あいつに手出しする気概はない。せいぜいが自宅に連れ帰って両親に紹介するぐらいだ」

「……気の毒に思えてきた」とダンテ。「ま、残念具合は一緒か。ほら帰れジスラン、カロン。ノロノロしてるとまたご婦人たちに囲まれるぞ」

「そうだった!」とカロンが馬車に飛び乗る。「先輩早く!」

「ああ」

 続いて乗り込むと、ダンテが顔を覗かせた。

「ジスラン。いい加減にしろよ」

「なんの――」


 言い終える前に扉がしまる。


「なんだあいつ?」

「さあ」向かいのカロンが首をかしげる。「あ、先輩はお疲れでしょう? 寝てていいですよ」

「――そうするかな」


 カロンには言いたいことも聞きたいこともたくさんある。 

 だが狭い馬車にふたりきりじゃ。脆くなっている俺の理性がもたないかもしれない。


「でも、先輩の祭服姿がまた見られて本当に嬉しいです」

 カロンが微笑む。謁見のあとに着替えたのだが、俺を見たカロンは涙ぐんでいた。神官である俺を相当待ち望んでいたらしい。彼女にとって俺は尊敬する神官だ。


 ありがとうと答えて脇にもたれかかり、目をつぶった。



 ◇◇



 祈りを終えて立ち上がり振り返ると、腕を組んだダンテが立っていた。

「敬虔な神官に見える」とヤツが笑う。

「無事に帰れたからな」

 拝殿最奥のアマーレ像を見上げた。本人に届いたかどうかは知らんが。直接祈りを捧げると面倒なことになりそうだからな。


「聞いたぞ。慰霊祭の副祭司に指名してくれたんだってな」

「借りを作ったままにしておくのは好きじゃない」

「ま、俺も大活躍したから当然だ」とダンテ。「ところでジスラン。帰りの馬車でお前、寝てたんだって?」

「そうだが?」

 ダンテがやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。


「あとな、客が外に来ている」

「シヴォリ夫人か?」

「エルネスト・ティボテ。神殿前にあの図体で立たれていると邪魔なんだ。早く行ってどかしてくれ」

「衛兵を呼べばいい」

「王宮騎士だぞ。理由なくつまみ出せるか」


 仕方なしに外に向かう。

 日が落ちかかった中、遠目にもわかるいかにも騎士という背格好。久しぶりに見る黒い制服。赤い隊服なんかより、こっちのほうがしっくりくる。

 アホは俺に気づいて安堵したように表情を緩めた。滅多にしない顔じゃないか。なんだそれは。俺はまだ許していないんだ。お前とてその覚悟で臨んだんだろうが。


「ジスラン!」

「さっさと帰れ。邪魔だとクレームが来た」

 やつを追い立て神殿から離れる。

「女神の口説き方を教えてくれ」

「知るか。騎士団の仲間に訊け」

「俺を導いてくれるのはいつだってジスランだろうが」

「いつの話をしているんだ」


「俺が死んだときだ。お前が戻って来いと言い続けてくれたから、生き返れた」


 足を止めた。エルネストが真顔で俺を見ている。


「お前はかろうじて生きていると主張したらしいが、本当は死んでいたんだろう? 助けてくれたんだよな。クロヴィスも俺は確実に死体だったと言っていた」

「……助けたのは女神だ。俺は治癒したにすぎない」

「同じだ。治癒がなければ死んでいたし、お前は助けてくれないと思っていた。――とにかくあの件の言い訳はしない。だがもう一度助けてくれ。口説き方がわからない」

「自分勝手だな! ――まあ、それがエルネストか」


 脳筋アホが厚顔にもうなずく。

 図々しいやつだ。なんで俺はこんな男と幼馴染なんだ。


「ちなみにアマーレを抱えてどこへ行ったんだ?」

「両親に紹介した」

「だと思った! アホ! 童貞! 恋愛経験ゼロ!」

 通りすがりの信者が振り返る。


「だからお前の力を――」

「帰りに花を買って、デートに誘え。変な場所に連れて行くなよ。そうだ、服かアクセサリーを買いに行け」

 わかった、とエルネストが素直にうなずく。

「感想を聞かれたら全力で褒めろ」

「さすがだなジスラン」

「普通のことしか言ってない」


 ふう、とため息が漏れる。これで二十五歳だぞ? 信じられるか?

 だが一歩前進とは言えないでもない。


「で?」とエルネスト。

「お前はまずはそれだけでいいだろ」

 アマーレは俺が好みらしいからな。次のステップはしっかりレクチャーしてからだ。

「いや、お前。カロンとはどうなった」


 すかさずやつの腹に拳を叩き込む。いつもながらにたいした効果はない。


「なんだまだ告白していないのか。理解できん」 


 もう一発入れる。


「そうだ、花はなにがいい?」

「自分で考えろ!」

 この脳筋バカめ!

 俺はいつまでお前の面倒を見ればいいんだよっ。 



 きっとどちらかが死ぬそのときまで、腐れ縁は続くのだろう。

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