2 そうきたか

 大広間の控えの部屋に入ると、俺以外の全員が揃っていた。ディディエ、マルセル、クレール。バルトロはいないが、あいつは事務官として参加すると聞いている。それと部屋の隅で仁王立ちしているエルネスト。その左頬は間抜けなほどに膨らんで、青くなっている。


 目があったが知らぬふりをしてヤツから一番離れた椅子にすわった。


 魔王を倒したあとに確認したエルネストの状態は、見られたものじゃなかった。ぼろぼろのぐしゃぐしゃ。体はには三つもの穴があき血まみれで、あちこちの骨が折れていた。よく立ち上がれたもんだ。さすが脳筋。


 明らかに死んでいたが、俺はかすかに息があると言い張って治癒の力を使った。ほどなくしてヤツは息を吹き返したから、やっぱり女神が助けてくれたんだろう。

 とはいえ状態はあまりにひどく、完全に治すのには長い時間がかかった。ディディエの回復スキルを何度受けたかもわからないぐらいだ。


 生き返ったエルネストはなにも言い訳をしなかった。

 が、そんなことはどうだっていい。

 俺はヤツの横っ面を全力で張り倒した。

 助けたのはそのためだ。

 手指の骨が折れたが俺には治癒の力がある。


 それ以降今まで、一言も口をきいていない。今後きくつもりもない。

 結果がよかろうが、エルネストは俺のカロンを刺し殺したのだ。


 もっともカロンは『あの人ならきっと、微塵も躊躇わないで私を殺すと思ったんです』と笑っていたが。

 だからといって許せるものじゃない。

 女神が助けてくれなければカロンは死んでいたんだ。



 ◇◇



 大広間で国王に労われ讃えられ、事務報告がひととおり済み、ようやく謁見が終了――と思ったら。


「勇者それぞれに褒美をつかわす。望みの品を言うがよい」と国王が言った。

 ずいぶん気前のいいことだ。


「はい!」すかさずクレールが手を挙げる。

 この速さ。あらかじめ考えていたのか?

「申してみよ」

「宮廷楽団全員の給与アップをお願いします」とクレール。「ご存知ですか? 今は民間より少ないんですよ? おかげで入団希望は減っているし、楽団員はみんな副業で楽器の教師をやっているんです。名誉だけじゃ生きていけません」


 王が宰相を見る。

「調整可能か?」

「倍にできます」

「ならば叶えよう」


 クレールが『やった!』と無邪気な笑顔を見せる。ひねくれたガキだと思っていたが、楽団に関しては違うらしい。案外可愛いヤツじゃないか。


 スッとマルセルが手を挙げた。

「マルセルはなんだね」

「オーバン公爵令嬢と結婚したいです」


 は?

 お前、フラれたからってそんな力技に出るのか?

 それでいいのか!?


「自分で求婚すればいいじゃないか」

 マルセルの父親である宰相が呆れたように言う。

「二回断られました」

「え……」

「却下!」居並ぶ貴族の中から声が上がり、オーバン公爵が出てきた。「ジョルジェットが望まないなら、認められん」


「では」とディディエが手を挙げる。「私の褒美も上乗せでお願いする。公爵、なぜジョルジェットがマルセルを拒むのかまるでわからない。あなたが認めれば彼女も納得するはずだ」

「イヤだから拒む以外になにがあります!?」


 ふたりの青少年とふたりの公爵が周囲そっちのけで、侃侃諤諤の議論を始めた。


「お前たちは?」と国王が俺とエルネストに顔を向けた。

 俺は権力によって与えてほしいものなんてない。必要なものは自分で手に入れられるし、そもそもラクに生きるのが信条だ。過ぎた地位や権力に興味はない。マルセルみたいに『カロン』をなんて望む気もないし。

 ――そうかカロンか。


「今回亡くなった騎士たちの慰霊祭を行うなら、主祭司を私に副祭司はダンテ・アペール、手伝いに見習いのカロン・スピーナをお願いします」

 国王がおさを見る。うなずく長。

「よかろう」と国王。


 死者が出た件にはカロンも関係がある。悪いのは魔王であり彼女じゃないが、そう割り切れるものじゃないだろうからな。

 ダンテにはこれで借りを少し返せる。王宮騎士団の慰霊祭なら当然国の重鎮が集まるから、顔を売るのにちょうどいい。




 脳裏にあの晩の惨状がよみがえる。




 後悔しても自分の不甲斐なさを責めても、事実は変わらない。


「エルネストは?」と国王が言う。

「私は」とエルネストが答える。「フーシュ教聖職者の結婚禁止の撤廃を望みます」

「は?」


 大広間中の人間の声が揃った。


「どうしてそんな?」と国王。

 エルネストは澄ました顔をしているが、絶対俺への嫌がらせだよな。ふざけんな。

「カロン・スピーナが魔王に体を取られたのは彼女に責任があることではありません。私の任務とはいえか弱い女性を剣で貫いた、その罪の償いです」

「結婚を可能にすることがか?」

「はい」


 いやいや嘘だろ。俺が神官になった理由を潰して、女たちと楽しめないようにしたいだけだろうが。




 ――まあ、しばらくはそれもいいか。


「実はここ二、三年ほど、それについて議論している」と長が衝撃発言をした。「神職希望者の減退は危機的状況でな。なんとか見習いを確保しても、その多くは辞めてしまう」


 それは知っている。だが、まさかここまで踏み込んだ対策をしているとはびっくりだ。


「とはいえ、なかなか議論がまとまらない。実現にはあと一、二年かかると見込んでいる」

「今すぐお願いします」とエルネスト。

 長が笑った。

「いいだろう。世界を救った勇者の願いだと言えば、反対意見も引っ込むに違いない」

 長が俺を見た。

「遊べなくなるからと辞めてはならぬぞ、ジスラン」

「騎士団に来るがいい」と騎士団長が口を挟む。


「申し訳ありませんが」団長に向かって頭を下げる。「騎士団向きの性格ではございません。私は神官です」


 《そうよぉ、ジスランを取っちゃダメ》


 アマーレの甘ったるい声がした。大広間にいる全員に聞こえたようで、みな不思議な顔をしてキョロキョロしている。


 《あ、やだ、落ちる……!》


 突然空中に女神が現れ、目の前にドスンと落ちた。


「いたたた……。お尻を打っちゃったわ」と女神。

「女神様!」

 国王が叫んで玉座から立ち上がる。

 ギャラリーからは『女神だと?』という声。


 腕と足は丸出しで横乳丸見えの女。

 女神に見えなくて当然だ。


「誰かまとうものを」宰相が言うと騎士団長が部下にマントを外させ、自ら女神に掛けた。鼻の下が伸びている。

 長はと見ると、床に両膝をつき頭を垂れていた。教会の面目があるからか、色気は無視できるらしい。


「この度は女神様のお力添えのおかげで――」

「そうなのよぉ」アマーレは長の言葉をぶったぎって盛大なため息をついた。「私、ちょぉっとばかり手助けしすぎちゃったのよね」女神が俺を見てウインクをする。「で、女神失格って叱られちゃった」


 そういえば彼女の声の聞こえ方が違う。


「修行し直しなさいって、人間界に落とされたの。しばらくこっちにいるからよろしくね」

「しばらくとはどのくらい?」

 エルネストが鼻を押さえながら尋ねる。

「三百年?」

「長っ」とクレールが抑えた声でツッコむ。

「そういうことで長、神殿で世話になるわね」

「光栄にございます」ますます頭を下げる長。


「あ、あとね」と女神が俺たち勇者五人を見渡した。「神力は取り上げられちゃったから、あなたたちの聖なる力もおしまい。もう普通のひとよ」

 マルセルがディディエに触れる。

「本当だ。スキルを使えない」

「でしょ?」


 そうか。力はなくなったか。

 俺にはそのほうが都合がいい。

 治癒の力を利用されるのは御免だったからな。

 これでようやく元の日常か――。


 エルネストが目前を突っ切る。と思ったら、女神の前でひざまずいた。

「人間界で過ごすなら、俺と結婚してください」

「はぁっ!?」

 思わず叫び声をあげる。


「うわぁ、乳に目がくらんだの? サイテイ」とクレール。

「ちょい待てエルネスト、コレットをふる気か!」隅に並んでいたクロヴィスが詰め寄ってくる。

「女神はみんなのものだ!」と国王。

「父上……」嘆息するディディエ。

「俺は強い女が好きなんだ」と臆することなくエルネストが同期の友人に主張する。「消滅を恐れず助けてくれる、これほど強い精神はないだろう!」

「詭弁」とクレールが呆れた顔になる。


「あなたの顔をは大好きよ」と女神が微笑む。「でも童貞は興味ないの。私はジスランがいいわ」


 広間中の視線が俺に集まった。

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