《 エピローグ 》
1 すべて終わった
身支度を終えて廊下に出ると、カロンとダンテが並んで待っていた。
おい。一緒にいすぎじゃないか?
「先輩、おはようございますっ」
カロンが素晴らしい笑顔を俺に向けてくれる。
可愛い。
「おはよう」
「私たちも王宮に泊まっちゃいました」
「いやぁ、最高の食事にベッド。神殿には帰りたくなくなるな」とダンテ。
こっちも腹が立つほどいい笑顔だ。
「なんで泊まったんだ?」
しかもふたり揃って。
「私の監視ですよ。魔王が隠れてないか」とカロン。
「俺は世話係ってとこ。ほら、勇者さまにカロンを頼まれているだろ?」と言ったダンテがプッと笑う。「不機嫌になるな」
「すみません、迷惑をかけてばかりで」
カロンがなにを誤解したのか眉を下げる。
「なにひとつ迷惑なんて被っていないぞ」
「先輩は優しいなぁ」とカロンが微笑む。
「カロン、体はどうだ? おかしなところはないか?」
彼女が剣に貫かれたのは昨日。丸一日経って不調が出てきたかもしれない。
「まったくないですよ。むしろ調子が良いくらいですってば」
「心配させとけ。カロンが巻き込まれて、こいつなりに罪悪感があるんだよ。な?」とダンテがしたり顔を向ける。
「もう二度とあんなことはするなよ、カロン」
「わかりましたよぉ。先輩てば会うたびに同じことを言ってます!」
「まだ三回くらいだ」
「十分多いです!」
魔王が死んだあと、俺たち勇者は新しい魔物の襲来に備えて結界を張りながら、今朝、空が明るくなるまで穴のそばに交代で控えていた。何度か飛行系魔物に結界を破られたけれどすぐに対処できたし、それも昨日の午後にはなくなった。女神の話じゃ俺たち全員のレベルが上がって、結界が強力になったかららしい。
今日の明け方に穴に蓋をして土砂を盛り、新しい碑を建てた。たまたま民間の施設にあった記念碑を流用したんだそうだ。前のものより小ぶりだが、ちゃんと呪文も彫り込んである。都中の石工やら彫刻家やらが動員されたらしい。
全員で聖なる力を込めたし、結界を何重にも張った。
女神は、碑を壊さない限り向こう百年以上は安泰と宣言してくれて、俺たちはようやく室内で休めることになったのだ。
そんなわけで俺はあれ以降、カロン(おまけにダンテ)に会えたのは二回ほど。ほんの短い時間でろくに話せていない。
とてもじゃないがカロンが足りない。
しかも一度手にいれたた彼女の感触は、俺を満足させるどころか余計に貪欲にしている。
ガチャリ、と音がして隣室からクレールが出てきた。
「話し声がすると思ったら、色情魔とお友達か。おはよう」
「おはようございます。よく眠れましたか」
クレールが嫌そうな顔をする。
「もういいよ、うさんくさいのは。僕の前では普通にしてよ」
「その表情を見るのも楽しいですよ」
「サイテイ。僕は先に行くよ、色情魔。遅れたら、見習いとしっぽりしてるって言っちゃうからね」
じゃあね、と去るクレール。
「しっぽりってなんですか?」とカロン。
「お前、色情魔って呼ばれてるのか?」と笑うダンテ。
「クセなんだよ。気に入った人間を変なあだ名で呼ぶのが」
背後から突然声をがした。
クロヴィスだった。
「起こしに来たんだが、必要なかったか」
クレールが振り返る。俺たちに向かって舌を出し、すぐにまた歩き出した。
「気を悪くしないでやってくれ。感性が独特なんだ」とクロヴィス。「あ、クレールは従弟でな」
「従弟? エルネストはなにも言っていませんでしたよ」
「あいつは興味のないことはすぐに忘れるからな」と苦笑するクロヴィス。「クレールは俺やエルネストみたいな無骨なタイプは嫌いだし」
へえ。自覚があるのか。
というか従弟なのに、俺やエルネストに『クレールを頼む』とは言わなかったのか。こいつも面倒くさい矜持の持ち主らしい。
「まあ、ちょうどよかった、ジスラン」とクロヴィスが真面目な顔で俺を見た。「『だからなんだ』と思うだろうが、陛下が彼女の」とカロンを目で示す。「討伐命令を出したとき、エルネストは最後まで反対していた。あんなのは初めてのことだ」
「『だからどうしました』? あいつは、結果はでなかったけれど努力の過程を褒めらられる、というのは大嫌いでしたよ」
「……なるほど」
頭を下げて、クロヴィスから離れる。
彼からだいぶ離れたところでカロンが、
「私なら大丈夫ですよ」と言った。「怖かったし痛かったけど」
「そんな軽いものじゃないだろう!」
「まあ一週間に二回も瀕死になるのは、そうそうない体験ですよね」とカロンが笑えば、
「体験手記でも書くか」とダンテが混ぜっ返す。
いや、瀕死は恐らく一回だ。二度目、彼女は死んでいた。
最初はぎりぎりで命が繋がっていたのだと思ったんだが、回復させるために聖なる力を送り込んだときに、それまでのどの状態とも違う感触があったのだ。たぶんだがアマーレが助けてくれたのだろう。
「でも本当に大丈夫なんです」とカロンが柔らかな笑みを見せる。「先輩を殺める存在になるほうが恐ろしかったから」
「カロン」
めちゃくちゃ抱きしめたいんだが!
いけるか?
今なら健気な後輩をねぎらう先輩として、許される範囲じゃないか?
ガチャ、とすぐそばの扉が開いた。
なんだってこんなタイミングで!
「あれ、ジスラン殿と神殿の方々。おはようございます」
爽やかに挨拶してきたのはマルセルだった。だが目の下のクマがひどい。怒る気が失せるレベルだ。
そういえば宮殿に戻ったらジョルジェットに再プロポーズをすると言っていたが、これは――
「あ、酷い顔ですよね。自覚はあります」とマルセル。「またジョルジェットにフラれてしまいまして」
やっぱりか。
「私がなにを考えているのかサッパリわからない、と。ジスラン殿。あとで相談にのっていただけますか」
「……わかりました。ジョルジェット嬢とも話をしてみましょう」
「助かります!」
マルセルが俺の両手を握りしめる。
と、別の扉が開きバルトロが出てきた。
「みなさん、おはようございます」とバルトロ。「マルセル殿、一緒に行きましょう」
バルトロが意味ありげに視線をカロンに移す。
「あ、そうか」とマルセル。「これは気がきかないで、失礼しました。寝不足だと頭が回らずダメですね。では先に行っています」
マルセルは小走りでバルトロに駆け寄り、ふたりは早足で去って行く。
カロンがなぜか満足そうな顔をしている。
「いい人たちですね。先輩は
「そうじゃない」とダンテが小声でツッコむ。「ま、同じようなものか」
「私たちはこれから謁見をしなくちゃいけないのだが、カロンたちは?」
「終わるのを待ってる。
「勇者から解放された先輩がふらふら遊びに行かないように、首に縄をつけておきなさいって言われました!」
「カロンがな」
「なんだそれは」
「女神が安全宣言を出したこと、正式発表はまだだが貴族たちには知れ渡っているみたいなんだ」とダンテ。「お前目当てのご婦人たちがわんさか待ち構えているんだよ」
「先輩、ダメですよ?」カロンが至近距離から俺の顔をのぞきこむ。「今日は神殿に帰ってくださいね。ようやく神官に戻れるんですから。私、祭服の先輩を見たいです!」
「もちろん帰るとも」
ほっとしたように微笑むカロン。
無防備に近づき、いつもどおりの振る舞い。
俺とキスをしたことは記憶にないのか。
それとも治療の一環程度の認識なのか。
あんなに俺の腕の中で可愛くしてたのに。
もうちょっと意識してくれたっていいんじゃないか?
はぁぁ、と。
なぜかダンテがそっぽを向いてため息をついた。
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