4・4 アホのくだらない矜持

 くるくると回転しながら飛んできたものが、目の前の地面にドスリと刺さった。エルネストの剣だった。


 それを挟んで獣になった魔王と目が合う。にたり、と笑ったように見えた。瞬間的に横に飛びのいた直後、俺がいた場所に黒い閃光が走った。

 視界の隅に、騎士に抱き起こされているマルセルが映る。まだ戦えそうではある。だけどエルネストは――。


 また閃光をすんでのところで避ける。

 魔王は俺を標的に選んだらしい。ディディエとクレールがほぼ同時に攻撃を放つ。どちらも当たるが跳ね返される。

 俺は新たな攻撃にとびのいて地面に転がる。


 マルセルがつぶてを浴びせるが、やはり跳ね返された。が、当たる直前に魔王の体を黒く鈍い光が包んだように見えた。

 あれはなんだ?

 防御の力か?


 どうすればあいつを倒せる?

 いつまでも逃げ惑っているだけにはいかない。

 俺の体力がもたないし、エルネストが――。


 と、ヤツの姿がないことに気がついた。駆けつけた騎士たちはいる。全員の視線が魔王に向けられている。なぜだ。


 横っ飛びして攻撃をよける。

 そのとき魔王の背後にエルネストがいるのが見えた。借り物らしき剣を杖にして老人のような体勢で立っている。どう見ても生きているのがやっとのはずなのに。


 なにしてんだあのバカ!


 そう思ったのは一瞬。

 ヤツが片手を上げた瞬間に意図がわかった。

 俺は地面に刺さったエルネストの剣に向けて走る。


 《グゥッッ! な、なんだ!?》


 うろたえた魔王の声。


 《動けぬっ!》


 エルネストのスキル魔物使役。

 魔王が新しく入った器は魔物だった。

 アホにしては上出来のアイディアだ。

 どれほど効果とアホの命が持つのかは未知数だが。

 アイツは剣を捨て、魔王の足に縋り付くような格好になっている。


 俺が剣を抜いている隙にディディエの破壊の渦が魔王の肩口に、マルセルの撃ち抜くつぶてが上半身に順に当たり青い血しぶきが上がる。


「土台にするぞっ!!」


 それだけを叫び駆ける。


 《グゥゥッ!!》

 叫びとともに魔王が体をかしげる。意志に反して動かされているに違いない。

 中腰になって魔王にしがみつくエルネスト。

 もう目と鼻の先だ。


 《来るなっ!!》

 クレールの飲み込む水流が魔王の腹に当たる。降り注ぐ青い血。


 エルネストと目が合う。ヤツの足元に血溜まりができている。

 バカめっ。

 脳筋バカめっ。


 重い剣を片手に飛び上がった。

「『命の煌き舞い踊る揺らめき』」

 エルネストの背中に片足がついたのと同時に蹴り、さらに飛び上がり魔王の曲げられた腕に乗る。すぐさま跳ね上がり、肩へ。

「『熱き宝石。其を操るは火の妖精サラマンダー』」


 《うおおおぉっ――!!》 


 魔王が雄叫びを上げ、全身を激しくよじった。

 反動でその頭上に吹っ飛ぶ俺。


 《死ねい、勇者!!》

 魔王と目が合う。

 俺はヤツの顔、真正面を落ちて行く。柄を両手で握り頭上に振り上げる。


「『燃える宝剣』!!」

 剣を振り下ろす。魔王の大きく開いた口の中に。

 確かな手応えがあった。炎があがる。


「熱っつ!」

 思わず剣から手を離す。落下。


 魔王の口から四方八方に光の筋が走る。

 数瞬後、ヤツの体は爆散した。


 《またか! またも我が負けるのか! けっして許しはせぬぞ、この恨み……》


 しわがれた声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 俺は地面にしたたかに体を打ち付けることを覚悟をしたが、そうはならなかった。なぜかクロヴィスが抱きとめてくれたのだ。


 丁寧に降ろされる。

「……騎士になったらどうだ?」

 そう言うクロヴィスの目には涙が浮かんでいる。

「……エルネストの真似をしただけですよ」


 当のアホは騎士たちに囲まれている。誰も手当をしようとしない。

「悔しいが……」とそれだけ言ってクロヴィスが口を閉じる。


「色情魔……」

 クレールたちがやって来る。

「エルネストには階級特進と褒章が与えられるだろう」とディディエが言う。

「殿下たち三人は結界の監視をお願いします。これで終わったとは限りません。魔物襲来を警戒してください」




 俺にはまだ大事な仕事が残っている。

 アホな幼馴染の横っ面を張り倒すという、最大のミッションがな。

 交わした約束は、守らないといけないだろう?

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