4・1 やらかした

「ジスラン!」

 背後からダンテの声がした。

 振り返ると下着姿のヤツと、だぼだぼの神官の祭服を着たカロンがいた。


「カロン!」彼女に駆け寄る。「大丈夫か!」

「……ごめんなさい、先輩」カロンが涙をこぼす。

 カロンだ! カロンの声、カロンの表情!

「迷惑をかけちゃって、私……」

「違う、カロンのせいじゃない!」

「そうそう、すべてジスランのせい」とダンテが軽い口調で言って、俺の二の腕を叩いた。「な?」


 俺を見るヤツの顔は、笑顔だ。ただし無理に作ったものとわかる。


「彼女を連れてきてくれて助かった。感謝する」

「やめろよ、お前らしくない。――ほら、カロン。こいつに言いたいことがあるんだろ?」

「言いたいこと? なんだ?」


 カロンを見ると、

「図々しいとは思うのですけど……」ともじもじし始めた。

 可愛い。

 どこからどう見ても、ただの女の子で魔王の要素なんてゼロだ。こんな彼女を討伐だなんて狂っている。


「先輩、あの」とカロン。


 できることならその頬に触れたい。触れて彼女は確かにカロンなのだと確かめたい。

 いや、できることならこの腕にかき抱いて――


「私の詩を読みたいです」

「……え?」


 告げられた言葉に我に返った。


「もう書いてくれたって聞いて」はにかむカロン。「さすが先輩、やることが早いです。まだ正巫女にはなれていないけど、今、読みたいんです。ダメですか?」


 ちょっと待て。詩? 確かに正巫女へのお祝いにと約束はした。だがまだ書いていない。完成作はあるが、あれは今回の件とは関係ない。


「聞いたって、誰にだ?」

「魔王です」

「は?」

「お前が」とダンテ。「カロンに捧げる詩を書いているのを見て、魔王は彼女に入ることにしたらしい」

「……あれ」と首をかしげるカロン。「よく考えると、先輩にお願いする前から私、おかしかったな。魔王はいつ私に入ったんだろう。私、知らないうちに森に行ったりしてるみたいで、それで怖くて、いつ死んでも悔いがないようにと思って詩を頼んだんですよね。あれ?」


 それって、一年前に書いた本気のやつのことか? 俺の気持ちを赤裸々に語ったあれ。

 心臓がバクバクと激しく動く。

 あんなものは到底カロンには見せられない。


「魔王の勘違いだろう。詩はまだない」

「……そうですか……」

 カロンの表情が悲しげなものに変わる。

「バカっ、お前!」なぜかダンテが俺を叩いた。


 と、同時に股間に激痛が走りくずおれる。


「大丈夫かっ!」


 彼女に蹴り上げられたらしい。痛みに悶絶する俺にカロンが馬乗りになり、首を締められる。苦しい。


「やめろ!」

 ダンテがカロンに掴みかかる。


「カ、ロン?」

「魔王だ!」とダンテ。「カロンは詩を読みたい一心で魔王を退けていたんだよ! なのにお前!」


 なんだそれは。

 カロンはそんなに楽しみにしていたのか?


「……俺の詩なんて美辞麗句を並べただけのものなのに……」

「そうじゃないだろ!」とダンテ。「彼女はお前が書いた自分だけの詩がほしいんだよ!」


 悪鬼の形相で俺を見下ろしているカロン。俺のカロンには似合わない表情だ。

 手を伸ばして彼女の頬にてのひらで触れる。


「すまない」


 回復の力を放とうとした瞬間、カロンが飛び退いた。急に喉が解放されたせいか、激しい咳が出る。


「ジスラン!」

 ダンテが助け起こしてくれるが咳は止まらない。視界の端に走り去っていくカロン。


「俺はいい、彼女を――」

「わかった」

 すべてを言う前のにダンテが了承し、駆けていく。


「なんの騒ぎですか!?」

 鋭くも野太い声。姿を確認する余裕はないが、きっと騎士だ。

「なんでも、ない」と咳き込みながら答える。

「あれ? ジスラン殿ですか? お休み中なのではありませんでしたか?」

 そばに声の主が膝をつく。やはり騎士だ。

「肩をお貸しするのとお運びするの、どちらがよろしいでしょうか」

「肩を――」




「結界が消えるぞ!!」




 唐突にエルネストの怒声が森に響き渡った。

「殿下は結界を! 他は攻撃の準備!」

 声は近い。

 騎士への合図であるラッパが高らかに鳴る。


 ダンテを追うつもりだったが、どうする。

 魔王になったカロンといるダンテ。絶対に危険だ。

 だが穴が魔界と繋がれば、魔王は向こう側へ行こうとやって来るかもしれない。


「失礼」

 なにが?と訊く間もなく、騎士に抱き上げられた。

「走ります、掴まっていてください」

「おい待て!」


 俺の制止を無視して騎士が走り出した。

 脳筋め!

 これだから騎士団が嫌いなんだよ!

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