3・2 くそくらえ
カロンが戻ってくるかもしれないと思うと天幕で休む気になれず、穴の前に椅子を運び座った。
彼女の中身――意識?が無事そうなのは良かったが、彼女が今どんなに不安を抱えているかと思うと、狂いそうになる。夜着姿のまま魔王がどこでなにをするかもわからない。
「ほら、色情魔」
いつの間にかそばに来ていたクレールが、パンを差し出している。
「騎士団長から。今のうちに腹ごしらえをしておけって。休まないならせめて食べておきなよ。そんなんじゃ肝心なときに戦えないよ」
受け取ったものの喋るのが億劫で、頭を下げるにとどめる。
「僕、あちこちのパーティーに演奏しに行くんだよ。そうするとご婦人方の噂話なんかもよく耳に入ってさ。有名な色情魔はどんな男なのかと思っていたんだよね。もし今後女性関係で揉めたら、まあ、フォローしてあげてもいいよ? 僕って人気者だから結構発信力があるんだ」
「……だったらティボテ隊長は、女神の半裸姿を見て鼻血を流していたとお願いします」
クレールがプッと吹き出す。
「いいよ、オッケー」
「ふざけるな、ジスラン」
大声が響き渡った。エルネストだ。大股でこっちにやって来る。
「どうだった!」
立ち上がりヤツを迎える。カロンを見守っていたダンテと巫女長の安否確認を頼んであるのだ。
「巫女長は無事が確認できた」
「ダンテは」
「不明だ。カロンは寝台の中から忽然と消えたらしいんだが数分後に突然姿を現して、ダンテ・アペールの腕を掴んで共に消えたそうだ」
「仲間……なのか?」離れたところにいたはずのディディエがいつ来たのかそばにいて、呟いた。
「人質の可能性のほうが高いでしょう」とエルネストが答える。
「ですね」とこれまた近くにいなかったはずのマルセルがうなずく。「魔王に仲間はいないと女神はおっしゃっていましたから」
「そうだった」
「女神が見つけてくれるといいんだけど」とクレール。
女神アマーレは、『これ以上は力になれない』と言って天上だかどこかに帰っていった。だがやたらとウインクをしていたから、ドジなフリをしてまた助けてくれるつもりではあるはずだ。
「人質にもジスランの関係者を連れて行ったんだ。魔王は強くお前に執着しているってことだ。いずれ必ずお前の前に現れる」
アホが気休めのつもりか、全然嬉しくないことを言う。いずれっていつだ。それまでカロンとダンテが無事な保証がどこにある。
「迷惑な話だ。絶命させたのは、このジスランではないのに」とディディエが言う。
エルネストが俺の肩を叩いた。
「報告は以上。ちょっと付き合え」
「イヤだね」
「ならばここで話すか? お前が俺の横っ面を張り倒したくなる内容だぞ?」
「黙れ、ムッツリ」
なにを言われるかの想像はつく。くそくらえだ。
◇◇
誰もいない天幕に入り、ヤツに背を向けて立つ。
「陛下に報告した」
「どうせカロンごと退治しろと命じられたんだろ」
「そうだ。納得できないだろうが、国王としては――」
「うるさい。説明されなくてもわかる」
「ジスラン」
「魔王が入ったのがディディエ殿下なら、そうは命じないだろうに」
「不敬だぞ!」
「カロンを殺したら俺が魔王になってやる。お前とて容赦しないからな」
「……魔王が弱体化しているのにカロンの体から離れないのは、きっとそうできないからだ」
そんなもん。俺だって考えてる。いくら復讐のためにカロンを利用したくたって、攻撃できないなら意味はない。
「カロンを助けるためには彼女を生かして、魔王だけ滅する方法が必要だぞ。案はあるのか」
「……使えそうな術がなかったか、思い返している」
とはいえ古文書で見たものの多くが攻撃や防御といったものだった。なにも良い手が思いつかない。
「俺はお前の幼馴染だが、陛下の騎士で魔王を倒すための部隊の長でもある」エルネストがわかりきったことを言う。「任務の遂行に迷いはないし、この身がどうなろうと構わん」
「……さすが、
「だが、ジスラン。俺はお前を殺めたくはない」
「知るか」
魔物退治に俺を散々利用して、だけど俺の大切なものは守ってくれない。お前の戴く王はそういう卑怯な人間だ。
そう言ってやりたいが、気力はない。
まんまと魔王の術中にはまっている気分だ。絶望する寸前。
だがそんな場合じゃない。
「勇者はやめる。じゃあな」
「は!? なにを言っているんだ」
天幕を出ようとしたが、叫んだエルネストに腕を捕まれ止められた。
「当然だろうが」
「意味がわからん!」
「俺はカロンを探す。どうせ捜索隊にもカロンごと討伐するよう命令がくだっているんだろ? 先にみつけないと」
「……無理だ。お前ひとりで先んじられるはずがない。今ここの守りを放棄したら罰せられるかもしれないぞ」
「だからどうした」
「ジスラン!」
「放せよ。お前、バカ力すぎるんだ」
「行かせるか!」
「聖なる力で攻撃するぞ」
「……わかった」
腕が開放される。俺をは天幕の入口に手を掛けた。
と、同時に首の付け根に衝撃が走る。
「……すまん」
遠くでエルネストの声がした。
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