1・4 なにを言っているんだ

「俺はなにもないが」

 エルネストに言い返す。こっちはまだ怒っているんだ。

 だいたいお前みたいな融通がきかない男の『最後』なんて言葉は重いんだよ。

 そっぽを向いてやる。


「騎士団に入らなかった理由は俺か」

「……は?」


 投げかけられた問に唖然として、腐れ縁の幼なじみを見る。いつもどおりの真顔で俺を見下ろしていて、なにを考えているのかわからない。


「知っているだろうが。今さらなにを言っているんだ」と答えた。

「『六股がバレて結婚から逃げるために神官を選んだ』」とエルネスト。

「そうだよ、お前もこの前そう詰ったばかりだろうが」

「よく考えると変だ」

「どこが」

「ジスランは子供のころから人付き合いも要領がよかった。たかが六人に迫られたぐらい、お前なら口八丁でかわせたはずだ」

「なんだよ、その信頼……」


 思わずため息がこぼれる。


「お前はほんっとうにどうしようもない女好きだが、揉め事になったことはないじゃないか」とエルネストが言う。

 こいつ、『本当』を強調しやがった。

「当時の俺は婚約を結ぶ適齢期だぞ? 女たちも必死だったんだ。俺の読みが浅かったのが失敗のもとだが、あの件がなくとも神官を選んだ」

「だが騎士になるため、鍛錬に励んでいたじゃないか」

「励んでいない」何度目かのため息をつく。「俺はお前の練習につきあわされていただけだぞ?」


 エルネストは十八で騎士団のテストに合格して入団したのだが、入団前はテストのために、入団後は同僚に友人がいなかったために、俺に鍛錬の相手をさせていた。こっちは渋々だったんだが、エルネストのアホはわかっていなかったのか。


「そうなのか……?」

 アホが珍しくうろたえている。

「何度も言ってる。汗臭くなるのはキライだ、って」

「騎士になるため鍛錬をしていたんじゃないのか」

「俺は騎士団は嫌いだ。男しかいないむさ苦しい集団だぞ? 女のいない職場なんて地獄だ」

「だが騎士団に入ればモテると言っていた」

「お前に女っ気がないから勧めたんだろうが。俺はそんなものに入らなくてもモテる」



「……ならば本当に女から逃げるために神官になったのか?」

「そうだよ。散々詰っていたくせに信じていなかったのかよ」

「いや。疑いを持ったのはここ最近だ」

「だいたい、入団しなかった理由がお前ってどういうことだ」

「……騎士団に入るまで気づかなかったんだが、俺はずっとお前にフォローされていた。剣術の習得も人間関係も」

 エルネストの意外な言葉に驚いた。


「わかっていたのか。俺は今でも気づいていないと思っていた」

「入団して苦労したからな。――だからお前はそれが嫌になって、女を口実に騎士を諦めたんだと思った」

「ついこの間も詰ってくれたよな?」

「怒らせれば口を割るかと思ったんだ。どうせ真正面から訊いてもお前は本心を明かさない。昔からそうじゃないか。肝心なことはいつもダンマリ」

 アホは不満げな顔をした。


「それなら今も俺を信じていないのか」

「半々だな」

 またしてもため息がこぼれる。


「バカじゃないのか。『二十年も腐れ縁だからわかる』と豪語したくせに、なにもわかってないな。俺は騎士団向きの性格じゃないんだよ。お前、その変な思い込みで俺を隊長にしようとしていたのか」

「それもある。実績を作っておけば入団したときに一目置かれるだろ?」

「お前ほんと、バカ。勝手に決めるな」


 こいつはこいつなりに責任を感じて解決策を考えたつもりなんだろう。

 当時面倒になってエルネストを避けていたのも、誤解に繋がったのかもしれない。


 俺は騎士団みたいな肉体労働をする気はさらさらなかった。だがエルネストがいたから入りたくなかったのも事実だ。いつだってコイツは俺を抜かして高みに行く。仕事でまでそんな思いをするのは真っ平御免だった。

 神官見習いを事後報告したのだって、意趣返しみたいなもんだ。


 俺はプライドを守りたいちっぽけな男だっただけなんだ。だがそれを打ち明けるつもりはないのだから、エルネストの言う『肝心なことはだんまり』は間違っていないと言えるな。


 視界のすみでなにやら動いていたバルトロがやって来て、エルネストと俺に葡萄酒をくれた。

「ジスランは本心が見えないと思っていましたが、幼なじみに対してもそうなんですねぇ」とバルトロが笑う。「殿下とクレール様は気をきかせて結界の確認に行ってしまいましたよ」

「申し訳ないことをしてしまった。これを飲んだら迎えついでに術の訓練をしてくる」

 とエルネスト。酒を一気に飲み干し立ち上がる。


「ジスラン」

「なんだ」

「勇者部隊の中で必要な治癒が重なったとき、俺は最後でいい」

「……隊長は最後まで指揮をするもんじゃないのか?」

「代わりはいる。俺はいまだ大技ひとつしかできない。」

「お前は大器晩成型だ」


 ハハッとエルネストが笑い声をあげた。嘘だろ。数年に一度しか見聞きできないレア現象だぞ。


「昔、お前によく言われたな。だが悠長に待つ時間はない。いいな? 戦略的に考え判断しろよ」

「……わかった」

 幼なじみの腐れ縁のバカが騎士らしく大股で狭い天幕内を横切って、外へ出ていく。





「あいつ、カッコつけすぎですよね」

 残された俺はバルトロに向かって話しかけた。

「そうですね。でも」と彼は微笑んだ。「お互い様じゃないんですか。いいコンビですよ」

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