1・3 狙われているのか

「騎士団が、昨晩北の森に入った巫女見習いがいないか探しに来ました」巫女長芽言う。「カロンは名乗り出ていません。彼女に一体なにが起こっているのか。――ジスラン。座りなさい。顔が真っ青です」


 巫女長に無理やり椅子に座らされる。


「なにか心当たりがあるのですね」

 カロンは穏やかな顔で眠っている。

 だが昨夜、森に来ていた。

 騎士の見間違いではなかった! 

 なんでだ。

 自分の意思だったのか、魔王に操られたのか。

 目的は?

 彼女が狙われたなら、なぜ無事だった。

 高熱は関係があるのか?


 ふと脳裏に穴ぼこだらけの地面と猿に似た魔物の姿がよみがえった。




「――ジスラン!」

 肩を掴まれ揺さぶられ、我に返る。見るとダンテだった。

「大丈夫か?」

 ヤツの後ろにおさがいる。となりにはまだ祭服を持った巫女長。

「カロンは落ち着いたようだな」と長。「だがジスラン。もしや彼女は巻き込まれているのか」


 ダンテが、飲め、と水を渡してくれる。受け取ろうとして手が震えていることに気づいた。拳を握りしめる。

 ピアニストじゃあるまいし、こんなのは俺らしくない。だがカロンが狙われるなんて、おかしいだろ。


「俺にできることはあるか」

 普段ひねくれたことばかり言うダンテがひざまずいて真剣な顔をしている。

 長、巫女長、ダンテは信頼できる。 

 三人にエルネストの予想を、肝心なところはぼかして、話すことにした。



◇◇



「――なるほどな。カロンはジスランの唯一の世話係。卑怯な作戦の標的にするには最適かもしれない」ダンテはそう言って俺を見る。「頼まれていたのに、森に行くのを止められなくてすまなかった」

「見張りを頼んだわけじゃない」

「だがそうなると昨晩は、どうして無事に帰ってこれたんだ?」


 目に浮かぶ、穴ぼこだらけの地面。


「神殿に来る前、魔物が出た。恐らく昨日結界が破れたときにこっちの世界に来て、地面に潜って隠れていた」

「それがど――」

 言葉を切ったダンテが息を呑む。


「あくまで可能性の話だな」と長。「とにかくカロンは王宮に移す。ジスランは戻らねばならないのだろう?」

 はいと答える。

「ならばカロンの体調変化にすぐに対応できるのは王宮だ。騎士の護衛もつければ魔王の襲来にもそうでないものにも対応ができる」


「王宮が許可するでしょうか」とダンテが尋ねる。

「許可させる」長は断言した。「ジスラン、お前の不安を消すことはできないが、万全のバックアップ体制はとることはできる。巫女長、あなたにはカロンの付き添いをお願いしたい」

「当然のこと」


 ダンテが片手を挙げた。

「交代要員は私が」

「おい」ヤツの腕を掴む。「わかっているか? 危険かもしれないんだぞ」

「仕方ないだろ。『カロンのことは全部任せろ』と俺が言っちまったんだ」とダンテが苦笑する。「俺はクズのお前と違って、軽い言葉は吐かないんだよ。あとお前、ここを出る前に顔をなんとかしろよ。陰湿神官どもが余裕綽々の笑みを浮かべていないお前を見たら、歓喜するぞ」

「……問題発言ですが」と巫女長。「今は見逃しましょう。すべて終わったら始末書を提出するように」

「うそでしょ! あいつらの陰口のほうが余程ひどいのに!」 


 ダンテのアホな抗議を聞きながら、両手で顔をもむ。コイツにノセられるのは不本意だが、確かに余裕がなくなっていた。そんなのは俺らしくない。魔王の思うツボじゃないか。


 第一どんなに不安だろうと、俺は情けない顔をカロンに見せたくない。



 ◇◇



 カロンのことはスムーズに進み、王宮の地階の一室を借りられ、警備の騎士もついた。巫女長、ダンテ、ときどきおさという三人体制で見守ってくれる。

 カロンが神殿を出てからまったく目を覚ましていないのが不安だが、不調は起きていないようだ。


 天幕に戻るとエルネストたち四人とバルトロに、顛末を説明した。もちろん俺の恋心については抜かして。



「あの」バルトロがおずおずと声を上げた。「ジスランの身近な方が狙われるということは、ほかの四人も危険なのでは?」

 マルセルがスクっと立ち上がった。

「城に行ってきます」

「念のために日が落ちる前に戻れよ」とディディエが言う。


 うなずき走り出て行くマルセル。間違いなくジョルジェットに会いに行った。それでも友人に過ぎないというのか?


「ほかの皆さんは?」どバルトロ。「もしなんでしたら私が確認に行きましょうか?」

「私は狙われて困るような相手はいない」と王子。

「あえて言うなら家族だが」と二十五歳童貞が言う。「確認の必要はない」

「僕もなぁ」とクレールが青い顔をしながらも、椅子の背にぽてんともたれる。「大事な人はたくさんいるよ。家族と楽団のみんな。でも多すぎて全員の確認というのはね。夜中までかかっちゃう」


 ふう、と天才ピアニストはため息をついた。


「あぁあ。決戦日前の――」

「明日だけで決するとは限らない」空気を読まないエルネスト。ほんと、お前ってヤツは。

 クレールはアホをひと睨みして、

「決戦日前の」ともう一度言った。「最後の晩餐が、まさか天幕で野戦食とはなぁ」

「あ、それは陛下のご厚情で、みなさんにご満足いただける内容となっています」とバルトロが言う。

「『最後』なんて言わないでくれ」とディディエ。

「殿下って意外に繊細なの?」



 エルネストが立ち上がった。

「ジスラン。俺も最後に確認したいことがある」

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