2・1 ついに来た

 真夜中まであと少し。パチパチと火がはぜる音がする。今夜はたくさんの篝火が森の中で焚かれいる。空に浮かぶ上弦の月はやけに赤く、気味が悪い。


 そんな中で魔界とつながる穴の周囲を勇者五人が囲む。 開けた草地にいるのは俺たちだけ。騎士たちは森の中だ。王宮騎士団だけじゃなく近隣から招集された騎士団もいて、幾重にも輪を作っている。彼らは俺たちが逃した魔物に対応してもらう予定だが、もちろんその必要がないに越したことはない。


 穴は、神殿で使っていた青銅の扉でフタをしてある。『石碑が間に合わないから代わりになるものを』と大臣たちが考え、大扉を利用することにしたらしい。結界呪文をぎっちり書き込んだ布で覆ってあるし、結界術もかけてある。フタをする前に穴に、大量の土砂を投入したが埋まる様子はなかったそうだ。



「どんな魔物が来るかなぁ」 

 クレールだ。

「最初に大型が出てくれればな」とはエルネスト。

 そのときはヤツがスキルで操り、後続を叩き潰す作戦をとることになっている。


「エルネストは突っ走るな」そう言ったのは俺ではなくディディエだ。「過去二回、特に初回が酷いな。報告書を読んだかぎり、騎士団の隊長らしくないやり方だった」

「お前もだぞ、ディディエ。慎重にな。王子に死なれたら私たちみんなが困る」マルセルが言う。

「そのときはレクイエムを捧げるよ。僕は死なないもん」

「クレールはまだレクイエムは発表したことがなかったな?」とディディエ。「最初の題材に選んでもらえるとは光栄だ」

「そうじゃないでしょ」とクレール自身がツッコみをいれる。それからこっちを見た。「ちょっと。色情魔の神官は大丈夫? 口数が少なくて不気味なんだけど」

「緊張にうち震えています」

「嘘つき」


 そのまま俺抜きで会話が進む。

 緊張をしているわけじゃない。どうしたってカロンのことが気にかかる。状態は落ち着いているものの、一度も目覚めていない。心配するなというほうがムリだ。


 マルセルの弱点、ジョルジェットのほうはおかしな兆候はなく元気にしているようだ。とはいえなにが起きるかわからないから、オーバン公爵が私兵をたくさん警護につけたという。




「――そろそろではないか」と王子が月を見上げて言う。

「ああ」うなずくマルセル。「これが終わったら、もう一度ジョルジェットに求婚をする。だからさっさと終わらせるんだ」

「やめてよ、マルセルさん。そういうセリフは死ぬキャラが言うのが定石なんだよ」とクレール。

 マルセルが『えっ』と息を呑む。

「公爵令息様は歌劇を見ないの? 芸術を――」



 ガタッという重い音と共に青銅の扉が上下に揺れた。


「全員警戒!」エルネストが叫ぶ。


 すぐに扉はガタガタと激しく揺れ始め、かと思ったら天高く吹き飛んだ。


「扉落下に注意!」またエルネストが叫び、まるでそれに呼応するかのように、穴から人間サイズはあろうかという狼に似た魔物が次々と飛び出してきた。


「スキル静止!」

 クレールが両手を突き出し叫ぶ。魔物たちは動きを止め、中には宙に浮いているのもいる。

 クレールのスキルは時間の静止だ。手より前にある一定空間内の時間を止めることができる。ただし三十秒だけ。一度使うと次に使えるまで三百秒かかる。


 落下する地点にいたディディエが逃げる。そこへ扉が落ち、ずずんと地面が揺れた。一方でマルセルが礫の呪文を唱える。


 静止が解け魔物が動き出した数瞬後、石の礫が魔物を貫く。だが穴を飛び出してきた新たな翼を持つ魔物が数匹空に舞い上がった。

「ジスラン!」エルネストの声。

 言われなくともわかってるわ!


「『回り回る巡り巡る、黒き雲が遣わす螺旋の猛獣。其を操るは風の精霊よ。シルフ、そのお力を我に貸したまえ。猛る竜巻!』」

 狙いを定めて聖なる力を放出する。飛ぶ魔物の中心に渦が生まれ、すぐに竜巻が起きる。魔物はすべて巻き込まれて為す術もない。


 けれどその間に穴から次々と新しい魔物が出てくる。

 退治、出現、退治、出現、退治を繰り返す。

 呪文を唱えなければならない俺たちは、五人フル稼働でギリギリ退治が間に合うかという状況になってきた。


「穴が広がっていないか!」

 ディディエが叫ぶ。

「くそっ、逃した!」マルセルがらしくない悪態をつく。俺たちの攻撃をかわした小型魔物が三匹、森に入る。

「これ、いつまで続くのさ!」クレールが引きつった声を上げる。「うわっ! きもっ!」


 穴いっぱいサイズの巨大な蛇のようなものが出てきて、鎌首をもたげている。初めて出現した牛頭より大きい。


『炎が来る!』


 頭の中に女神の声が響いた。

 クレールと俺はすぐさま水流の呪文を唱え始める。魔物の背後からディディエが風の攻撃を当てるが、ぐらりとかしいだだけ。ヤツがこちらを見てクワッと口を開く。凄まじい大きさの炎が吹き出た。俺たちの元に届く前にミズヘビのような水流が二筋出現して炎を押し戻す。マルセルが放った礫が魔物を打つ。すべて跳ね返されたようだが、体はさらに傾いだ。


 エルネストが走り出ていくつもの魔物の死体を踏み台に飛び上がり、蛇型の背にある棘のような突起を掴んでよじ登っていく。


 あのバカ!

 スキルを使えばいいのに、忘れているのか!


「水流が消えたらスキルを発動するから、色情魔!」とクレールが叫ぶ。

 その隙に俺がもう一度水流をということだ。

「わかった」と答え、エルネストに『使役しろ』と叫ぼうとしたらヤツはもう魔物の脳天に立っていた。

 どんな運動神経をしているんだよ!


「『命の煌き舞い踊る揺らめき』」アホが呪文を唱えている

「バカ、落ちるぞ!」

「『熱き宝石。其を操るは火の妖精サラマンダー。燃える宝剣!』」

 エルネストが剣を突き刺す。青い血が吹き出し、魔物が炎を吹くのをやめて身をくねらせる。アホは刺さったままの剣に必死にしがみついて振り落とされないようにしている。


 移動魔法か。照準を定めて呪文を唱えようとしたとき、突如魔物が穴に落ちた。

 エルネストが間一髪のところで剣を引き抜き、飛び降りる。


「うわぉ、ギリギリ」とクレール。

 だが――。


 穴の縁際で立ち上がったエルネストの足元が崩れた。


「エルネスト!」

 思わず走り出す。態勢を直して駆けようとしているヤツの体が沈む。

「バカ、来るな!」

 バカはお前だろうが、この脳筋め!

 地を蹴り手を伸ばし、エルネストの手首を掴む。


 やった、と思ったのは一瞬。


 俺とエルネストは土砂と共に穴の中に落ちていった。

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