3・3 お前なんてキライだ
は? なんでだ? どうしてエルネストが俺の秘密を知っている。誰にも話したことはないんだぞ?
「……ジスランがそこまで動揺するのなんて初めて見るな」とエルネストが言う。
「いくら俺が恋愛に疎くても、お前との付き合いは二十年以上だぞ。誰に対しても悠然と接しているお前が余裕をなくすのは、カロンに対してだけじゃないか。昔からぺらぺら喋るくせに肝心なことはだんまりだし、総合すれば、よっぽど彼女が大切なんだろうと俺でも察せる」
……まずい。吐き気がしてきた。口を手で覆う。
エルネストだろうが誰だろうが、他人に踏みにじられたくなかったのに。
「……悪い。そんなに俺に知られるのが嫌だったか」
肩に伸ばされた手を振り払う。
そうだよ。カロンに伝えられないことを、ほかのヤツに知らせたいはずがないだろ? 誰かに打ち明けるなら絶対に彼女が最初なんだ。それなのに。
「だが聞いてくれ」とエルネストが言う。「部下に確認をさせたが、巫女、見習いとも昨晩森に行ったものはいなかった。神殿の門番にも確認は取れている。だが抜け道がいくつもあるそうじゃないか」
「……」
「魔王の最大の目的は勇者への復讐」とエルネストが話を変えた。俺が感じているそこはかとない不安がさらに広がる。「あくまで可能性の話だが、絶命に導いたイェレミアスを一番憎んでいるかもしれない。それに戦略的にも、最も力のあるヤツを最初に潰しておくのは定石だ。
で、『死よりも辛い絶望』だ。俺にはよくわからないが、大切な女を奪われたら絶望するんだろ? ならば俺が魔王だったなら、カロンを殺す。お前に直接手をくださずに戦力外になってくれるうえに復讐ができる。万々歳だ」
エルネストが手紙を俺に押付ける。
「だが俺の予測に過ぎん。それにお前はカロンに惚れていることを知られたくないんだろ? だからこれを。会って確認してこい。騎士の見間違いだったとなったら、安心できる」
「……誰にもカロンのことは話していない」
「魔王にどんな能力があるのかわからないんだぞ。それに俺が気づいたのは、彼女が死にかけたときだ。アレを見られて悟られた可能性もある。お前が安心してくれれば俺も安心なんだ」
なんだよ、それは。お前なんていつも好き勝手にやっているだろうが。
胸に当てられている手紙を見下ろす。上質な紙で爽やかな香水の香りがする。エルネストの好きな匂いだ。きっと手紙の主はクロヴィスに訊いて選んだのだろう。
「だとしても、これは利用できない。だいたいお前はこういう
「士気が下がる。みなお前を支持しているからな」
「そこまで知るか」
エルネストから離れ数歩行き、ヤツを見た。
「もし魔王がそんなことをしたら、俺は戦力外になんてならない。この手で八つ裂きにする。だからお前のは杞憂だ」
そうに決まっている。
「それとな、エルネスト。ひとの大事な部分に土足で踏み込みやがって。全部終わったらお前の横っ面を張り倒してやるから、覚悟しておけ」
「……わかった」
わかっただ? 素直すぎて不気味だ。
でも胃がムカムカしているし、顔を見ているだけで腹が立つ。
再び足を踏み出そうとしたとき――
《勇者のみなさぁん! 天幕に集合してくださぁい》
突然、甘ったるい女の声が響いた。
なんだ今の?
まわりを見渡す。エルネストと俺しかいない。
「知った声か?」とエルネスト。
「いや。ていうか頭の中で聞こえたような気がするんだが」
「俺もだ」
《女神アマーレよ。お話があるから早くねぇ。特にそこの白黒コンビ》
「白黒……」とエルネストがつぶやく。
「俺たち、だろうな」
「本当に女神か? あまりに口調がアホっぽい」
《天罰を与えちゃうぞ》
エルネストじゃないが本当に女神か? 魔王の幻術じゃないだろうな?
◇◇
天幕にもどると残りの三人はそろって戸惑い顔だった。そりゃそうだ。俺だってわけがわからない。
《揃ったわね。じゃ、そこに半円形に並んでちょうだいな》
言われたとおりに移動する。端からエルネスト、俺、ディディエ、マルセル、クレールの順。
《よし、行くわよ。降臨っ!!》
声の終わりと同時に目の前に女が現れた。とんでもない美人。金の髪をゆるくアップして、ほつれた髪が首筋にかかっている。まるで風呂上がりのような色気……
《あなたがたを招集した女神アマーレよ。よろしくね。魂が近い人間を探すのに手間取っちゃった。ギリギリセーフってことで、許してね。でね、――って、ちょっと。聞いてる?》
右手を見る。ディディエ、マルセルは真っ赤な顔で女神の胸元を凝視。そりゃそうだ。青少年には刺激が強い。
女神アマーレは古代人が着ていた貫頭衣を着用しているのだが、それがあまりに露出が多いのだ。
まず袖がないから腕は丸出し。
前身ごろが左右で分かれていてうまく重ねて着るのだろうが、めちゃくちゃ開いている。たわわな胸が正面からも脇からもこぼれ落ちそう……というか脇乳が見えている。
下も同様で両脇が太もも部分からあらわに。今の時代、女性の生足なんて寝室でしか見られない貴重品だっていうのに。
「女神様。お召し物を今風にしていただけませんか」と頼んでみる。
《ムリよぉ。神コスチュームはこれって決まっているの》
「痴女じゃない」辛辣な声がした。クレールだ。彼は冷めた顔をしている。「娼婦だってそんなハレンチな格好はしないよ」
おい待て。十四歳でなんでそんなことを知っている。
クレールがこっちを見る。
「誤解しないでね。作曲上のリサーチで娼館に行っただけだから。ていうか隊長さん、大丈夫? 鼻血出てるけど」
「なにっ!?」
慌てて振り返る。と、茹でたタコのように真っ赤になった二十五歳童貞が、確かに一筋の鼻血を垂らしていた。
「これだからむっつりは!」
ハンカチを取り出し、顔面に押し当てる。ようやく正気を取り戻したらしいエルネストが、アセアセと血を拭う。
女神は、
《今代の勇者たちは純情ねえ》
と言い、コロコロとした笑い声が天幕に広がった。
なんなんだよこの女神。思っていたのと全然違う。神ってのはもっと高貴な居ずまいじゃないのか?
それに魔界とこちらが通じるのは明日だよな?
唐突にこんなアホな状況になって、大丈夫なのか、俺たち?
《ラストメンバー編・おわり》
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