《 決戦編 》
1・1 思っていたのと違う
女神に頼み込んでマントで体をくるんでもらった。隊長及び王子と公爵令息の名誉を保たなきゃいけないからな。マントの提供は王宮騎士団員だ。近くにいてくれてこれほど助かったことはない。でなければアホと高貴なふたりの青年が色気に当てられて、不名誉なことになるところだった。
もっとも三人の青少年は残念そうな顔をしていた。上品な王子と令息といえど、相応の欲はあるらしい。エルネストはただのむっつり。
ちなみにクレールは、隠してあることにエロスを感じる派だそうだ。一枚一枚剥いでいくのがいいんだと。本当に十四歳か? 天才芸術家の感性は一般と違うらしい。
《動きにくいわぁ》
マントをぴっちり巻いた女神が口をとがらせる。
「そのくらいガマンしなよ。話を聞いてほしいんでしょ? 牛みたいな乳を揺らしていたら僕以外誰も集中できないよ?」
「待ってください。私まで青少年側に含めないでくれませんか」辛辣な天才に文句をつける。
「色情魔なんでしょ?」
「だからこそ見慣れています」
「サイテー」
軽口を叩きながらエルネストたちの様子を見る。まだ顔が赤い。女神がマントをまとおうと、たわわなアレがしっかり脳裏に焼き付いているのだろう。参ったな。もうほうっておくか。そのうち正気に戻るだろ。
俺は女神の話をさっさと聞いて、神殿に行きたいんだ。
「アマーレ様。話を進めてください」
《いいけど、ジスラン。奉納の舞をやってくれるかしら。あなたのアレ、好きなのよ》
「あとにして」ぴしゃりとクレール。「早く話を聞いて、僕は休みたいの」
《あなた、わかってる? 私は女神よ?》
「生き延びたら、あなたを讃える曲をつくるよ」
《あら素敵》
女神が相好を崩す。
チョロっ。
《生き延びるかは五分五分だから、がんばってねっ》
女神から見て、五分五分なのか。クレールだけでなくディディエ、マルセルも顔がこわばっている。ショックな話に理性を取り戻したらしい。
「魔王との戦いにあなたのお力をお借りすることはできないのですか」
エルネストが尋ねる。コイツも平静になったか。
《人間に力を貸すことはできるけど、程度が決まっているのよ。禁を犯すと私が消滅しちゃうわ。で、このケースで私にできるのは五人に力を授けることだけ。多少の情報も与えられるけど、そもそも魔王・魔物は私たちとは別の世界に属する存在だから、わからないことだらけなのよね》
なるほど。だから勇者は五人で、聖なる力にも限度があるのか。
《のどが乾いちゃった。お神酒をちょうだいな》
女神様はワガママかよ。
立ち上がり、サイドボードに置かれた葡萄酒を瓶からグラスに注ぐ。お神酒と言ったなと思い出し、簡単に祈りを捧げてから女神に渡した。
《ありがと》マントの隙間から手を出し受け取った女神がにっこりとする。《ジスラン。あなたを気に入っているのよ。長になってほしいわ。ただあなた、もうちょっと女遊びを控えてくれないとぉ、そのうち刺されると思うのよね》
「やっぱり!」とエルネストが言う。
《あら、あなたもよぉ。冷淡すぎて逆恨みを買うタイプ》
「だと思った」と笑ってやる。
《私だってみんなに生きてほしいのよ。でもそこまでの手助けはできないの。ごめんなさいねえ。人間の生死を操るのも禁忌だから》
「禁忌だらけの中で精一杯助けてくれているなら、感謝せねばならないな」とディディエが言う。
《でしょう?》
「それでわかっている敵情はどんなものですか?」エルネストが唐突に話を変える。
女神相手でも空気の読まなささは同じらしい。さすがエルネスト。
《ええとねぇ。『なにもわからなくなった』ということがわかったところ》
「は!?」
俺たち全員の声が揃った。そりゃそうだろ。一体どういうことだ。
《私が察知した魔界とこちらが繋がる日は明日よ。明日は向こうで百年に一度の赤い月が堕ちる日で、世界に満ちた魔力が最大に高まるの。それで結界が破れるはずだったのに、四日も早まったでしょ? アレの原因がわからないのよね》と女神が初めてお気楽ではない表情になった。
「碑が倒れたからではないのですか?」
《それがイレギュラーなのよぉ。私が察知したことと違うことが起きたの》
なるほど。
《昨晩結界が破れたのもイレギュラーだし、原因はわからないわ。魔の力が働いているからだろうけど、どこからどうやっているかは察知できていないのよ。それになんで向こうが予定を変えたか、もね》
「向こうにとってもイレギュラーが起きたという可能性はありますか」と尋ねる。
《ないとは言い切れないわ》
「昨日はともかく、前回は魔物一頭しか現れなかった」とエルネストに言う。
「そうだな。準備をしていなかったことになるな」
《魔王の復活も確かなんだけど、やっぱりよくわからないのよねぇ。気配を感じるけど、すぐに消えたゃうの。こっちにいるのか魔界にいるのかも不明》
「もう存在しているのですか」マルセルが声をあげた。
《形として存在しているかはわからないわぁ。明日、魔界の魔力を得て復活――と三日前までは思っていたのよぉ。今はなぁんにも予測できない》
「ほんと、わからないことだらけじゃない」
小生意気なはずのクレールが、弱い口調だ。顔もこわばっている。
「明日、結界が破られない可能性は?」
そう尋ねたのはエルネスト。
《低いわねぇ。明日は赤い月の堕ちる日だし、ジスランひとりが張った結界だもの。全員がフルパワーでやれば防げるだろうけど、まだムリでしょ? それに魔王が出てきたら、一発破壊》
女神がグッと拳を握る。
「魔王はそんなに強いのですか」エルネストが言う。
《そうよぉ。だから一生懸命に人間を手助けしているの》
「魔の力を使えるのは魔王だけなんですよね」とマルセル。
《たぶん》
「たぶん!?」
《昔は他にもいたの。恐らく今の魔王が王になったときにすべて粛清したのよね。隠れて生き延びていたなら魔王不在の間に新魔王になっただろうから、いないと思う。だけど絶対とは言い切れないわ》
「相当に残酷なヤツだな……」ディディエがつぶやく。
《そうよぉ。他を蹂躙するのが大好き。だけどそういうヤツだから仲間はいない。魔物は人間を食べるために魔王を利用はするけど、ただそれだけ》
「なるほど。五対一で戦えるのだな」とエルネスト。
《そこが救いよね》女神がにっこりする。《私の情報はこれだけ。もう行くわね。魔王を探ってくるわ》
「待った!」急いで呼び止め、口調がぞんざいなことに気づく。「『死よりも辛い絶望』がなにか、おわかりになりますか」
《死に際の捨てゼリフね。なにを企んでいるのかは私も知りたいのよ》
「ではアレを夢で見せたのは、あなたですか」
《なんのことぉ》
女神がこてんと首をかしげる。
「魔王の絶命の瞬間を夢で見たのですが」
《全員?》
「私だけです」
《私はやっていないわ。忙しかったもの。わからないけどイェレミアスからの警告かもねぇ。彼が一番恨まれているから。ジスラン、用心なさいね。それじゃ、またね》
唐突に女神が消え、マントがパサリと地面に落ちた。
「……ほんと、なにもわからないってことがわかっただけじゃない……」
クレールがつぶやき、盛大なため息をついた。
「……つまり、どうすればいいんだ?」
天幕にディディエの戸惑いがちな声が響く。
「粛々と戦うだけです」とバカの一つ覚えのエルネスト。
「対策の立てようもなさそうですしね」マルセルが諦めたような声音で言う。
「僕は寝るよ。疲れた」
クレールが寝台に向かう。
「私は……」
「失礼しますっ」俺が言いかけたときに外から声がした。タイミング悪いヤツ。「こちらにジスラン殿はいらっしゃいますか」
俺?
「おりますよ」と答えて出入り口に向かう。
天幕がまくり上げられ、騎士が手紙を差し出した。
「こちら、大至急とのことで」
受け取るとダンテの名前がある。
急いでその場で破って開封する。
「どうした」エルネストがやってくる。
「……カロンが倒れて高熱を出している。医者を呼んだが原因不明らしい……」
手紙にはそれだけが簡潔に書かれていた。
「行ってきてください」マルセルが言う。「あの巫女見習いでしょう? ジスラン殿なら治せるかもしれない」
ディディエがうなずく。
「もしこちらでなにか起きても、四人いれば対処できる」
「魔王じゃなかったらだけどね」とクレール。「ま、天才の僕がいるから、なんとかなるんじゃない?」
エルネストが騎士を見た。
「すぐに彼を神殿に送れ。大至急だ」
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