3・2 どうして知ってる
魔物退治はほどなく終わった。騎士団に怪我人が出たがクレール、ディディエ、マルセル、俺はかすり傷すらなし。唯一剣で戦っていたエルネストが左腿にひとつ切り傷を負っていた。仕方ないので治してやったが、隊長としての面目が丸潰れだ。もっとも本人は気にしてない。
魔物は監視していた騎士によると、穴の周辺の土中からそれぞれに出てきたらしい。あくまで推測だが昨晩結界が破れたときにこちらに来て、今まで隠れていたと考えられる。騎士がほかの場所に出現していないかを確認し、俺たちは天幕に戻ることになった。
だけど棒立ちの天才ピアニストが蒼白な顔で、強くにぎりしめている手を凝視している。あれはたぶん、手が震えている。緊張がとけて恐怖がやってきたのかもしれない。
仕方ないから歩み寄り、拳に手を重ねた。
「……色情魔は美少年も範疇なの?」
「慈悲深い神官の皮を被っているだけですよ」
クレールは鼻を鳴らしたが、それだけだった。しばらく経ってから、
「もう平気」
と小さな声が聞こえた。手を離す。
「先に戻っています」
と声をかけて振り返ると、エルネストが立っていた。
「なんだ?」
「来てくれ」とエルネストが言う。
さっき、天幕で休息と自分が指示を出したのに。まあ、いい。並んで歩きながら、
「クロヴィスは非番だっていうのになんの用だったんだ?」と尋ねる。「告白か?」
エルネストがうなずく。
「っ! 本当か!」
冗談のつもりだったんだが。だがクロヴィスか。あいつもエリート騎士団員で独身。浮いた噂もない。真面目同士でちょうどいいのか? エルネストのタイプ『強い』にも合致している。
「うん、まあ、俺のオススメは女だが、ようやく来た春だ。祝ってやる」
ひょい、と目の前に封書を差し出された。
「あいつの従妹から、らしい」
「従妹?」
「何度か顔を合わせたことはある。可愛い娘だが、俺の好みじゃない」
手紙を受け取る。コレットとの署名。なんだ。クロヴィスは橋渡し役か。それならそうと最初に言え。
「恋文とともにフーシュ教の護符も入ってた」
「ありがたいじゃないか」
「見知らぬ人間から貰っても困る。不必要になった護符は神殿でお焚き上げしてくれるんだろ? 頼む」
「は!?」本気かコイツ?「地獄に堕ちろ! 何度か会っているんだよな? クロヴィスの従妹なんだろ?」
「だがよく知らない」
「だとしても、だ。お前の無事を祈ってくれているんだぞ! せめてすべてが終わるまで待つべきだろうが」
「俺にはよくわからん」
「もうお前は一生童貞でいろ」
手紙を無理やり突き返す。さすがに呆れた。マルセルといいエルネストといい、情緒がどこか壊れているんじゃないか?
「お前のマネをしたんだが」とエルネストが言う。
「俺はそんな冷酷なことはしない」
「違う。バルトロに両親への手紙をわざと運ばせて、妻子に合う時間をとってやったんだろ?」
エルネストは手の中の手紙を見て、
「依怙贔屓に繋がる発言はしたくないんだが」と言い、また俺を見た。
「カロンに会ってこいと言っているんだ」
「……なんでだ?」
コイツが気を利かせるなんて百年に一度もない
いや、違うか。エルネストは彼女が俺の特別だとは知らない。昨晩のことを尋ねてこいということだな。
「なんでって」とエルネスト。「お前が彼女に惚れてるからだ」
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