3・1 やったぜ即戦力

 天使クレール・フィヨンは俺と同じタイプだった。俺よりはほんのちょっとだけ手間取ったが、数度試しただけで水系攻撃を三種マスターしたのだ。

 俺の習得が早かったのは《かなめ》だったせいかと納得していたのだが、結局は要領の良さだったらしい。感覚型ってやつだな。あとの三人は努力型。


 クレールには本当ならもっと多くの術を覚えてもらいたいとこだが、明日は昨晩以上に大変な事態かもしれない、ということで早々に訓練終了となった。


 いつの間にか天幕は大きなものに変わり、中には簡易寝床が五つ運びこまれ、今は勇者部隊全員が横たわり休息している。王命で全員ここで待機することになったのだ。

 ちなみにマルセルはジョルジェットにフラレた。左頬にはくっきりと手の跡がある。なにがどうしてそうなったのかはわからない。ディディエに尋ねてみたが彼も聞いてないという。もう俺の手には負えん。


 ――ていうか俺は眠れそうにないし、ちょっと出てこよう。

 カロンが気になる。ダンテからなんの連絡もないから大丈夫だと思いたいが、あいつだって四六時中カロンを見ているわけじゃない。正直なところエルネストの話も引っかかっているし、会って話して安心したい。


 こっそり抜け出し、神殿に行く。

 俺にとっては魔物退治なんかより、カロンのほうが重要なのだ。


 よし、と決意しほかの四人が眠っているのか探ろうと耳をすます。


 しばらくして外から野太い悲鳴が聞こえた。

 ほぼ同時にエルネストが跳ね起きる。素早く傍らの剣を装着。


 俺が半身を起こすと、

「起きていたか」とエルネストがいう。

「ああ。悲鳴だよな。騎士か?」

 うなずくエルネスト。

「近い。騎士はそうそう悲鳴なんてあげないから――」


 高らかなラッパの音が鳴り響く。魔物が出た合図だ。エルネストが決め、状況により吹き方が違う。鳴ったのは騎士が応戦可能な魔物、というものだ。一応、退避という選択肢もあるが騎士はきっとそれを選ばない。


「僕も行く?」

 幼い声に振り返るとクレールも起きていた。


「ここで待機を」と俺。

「来い。実践で力を試せ」とエルネスト。「状況によるがジスラン、彼の援護を」

「……わかったよ」

「なんかあなたって、いけ好かないなあ」天使がエルネストを見ながら言う。「なんでそんなに偉そうなの? 隊長だから仲間は無視していいとでも思っているの?」

「残念なことに生まれながらにこうなんですよ」

 長靴をはきなつつクレールに教える。当の本人は靴を履いたまま寝ていたらしく、『先に行く』と天幕を走り出ていった。


 ワンテンポ遅れて起き上がったマルセルとディディエに状況を説明をし、クレールと共に天幕を出ようとしたら、

「待って!」とマルセルが靴下のままで走り寄ってきた。

「強化できます」

 マルセルがクレールの胸に手を置く。

 どうやらスキルを身につけたらしい。マルセルのものは身体を強固にして、物理的な攻撃から受けるダメージを減らすものだ。


 ――ていうか、ディディエにしろマルセルにしろこの方法は相手が女性だったら最高だな。役得すぎる。


 しばらくしてマルセルが手をおろした。

「色々あって報告しそびれてしまったんですが」と頬に手形のある公爵令息が言う。「強化ができるようになったんです。ただ長くはもたないし、どこまで防御できるかもまだ不明で」

「だとしても心強い」

 マルセルが俺に向けて手を伸ばす。


「結構です。あなたがどの程度消耗するかも、まだわかっていないのでしょう? 私には状況を見てからにしましょう」

 そう伝えてクレールと天幕を出る。結界があるほうが騒がしい。戦闘になっている気配がする。『行きましょう』と促して走り出す。


「『慈悲深い神官の皮を被った色情魔』」となりを駆けるクレールが言った。「社交界ではそう噂されてるけど?」

「知っています」

「否定しないの?」

「概ね正解です」 

「ふうん」


 すぐに目の前が開ける。人間の1.5倍ほどの猿のような魔物が十体ほどいた。形はシンプルだが動きが早いうえに跳躍力がとんでもなく、騎士たちは苦戦している。その中心にはきらめく結界。破られていない。代わりに地面にいくつかの穴。

 エルネストは剣で戦っている。スキルは魔物使役だが、半径三メートル以内に入ったものを一頭だけという縛りがあるらしい。この魔物なら物理のほうが効率がいいと判断したんだろう。


「素早いな」とクレールがつぶやき両手を重ね、照準を定めようとしている。「でも降りてから跳ねるまでに一定のリズムある」


 確かにそうだ。


「『水の精霊よ、力を貸したまえ』」

 クレールが呪文を唱えながら慎重にタイミングを見計らっている。

 手の先に照準を定めた魔物。その動きに合わせ、

「『天の涙!』」と叫ぶ。

 と、今まさに地面に足をついた魔物の上体に矢じり型の水が当たる。吹き出す青い血。


「威力がいまいち」とクレール。

「素晴らしいコントロール力だ!」称賛したのは追いついたディディエだ。

「当たり前。僕が天才なのはピアノだけじゃないですよ」


 ディディエ、マルセルが分かれて魔物に向かう。

「『渇きを癒やし世界を潤す』」クレールは同じ魔物に手を向けながら、大技の呪文を唱える。これはコントロールがもっと難しい。「『優雅な雫ほとばしる激流、其を操るは水の精霊よ。ウンディーネ、そのお力を我に貸したまえ。飲み込む水流!』」


 ピアニストの手の先からミズヘビのような水流が噴出し、魔物を飲み込み天に上る。そして錐揉きりもみ状態で落下、魔物を地面に叩きつけた。恐らく骨は粉々だろう。


「……騎士に当たらなくてよかった」

「僕はそんなマヌケなミスはしないし、彼らはエリートでしょ。ノロマはいないよ」

 フンッと顎を上げるクレール。こいつこそ天使の皮を被った暴君じゃないか。

「あなたのフォローは必要ないよ」と天使。

「そのようですね」


 彼から離れ、魔物に向かう。一応視界の隅に新勇者の姿をとらえながら。



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