2・2 また相談されるのかよ

 おさと宰相はクレールを連れて、帰った。天使のような美少年は腹をくくると強いらしい。死んだときに備えて作曲途中の曲を仕上げてしまいたいから、午前中だけ時間がほしいと主張したのだ。しかも逃げない証として勇者部隊の制服を来て行く、と。


「勇者にならなくてもケガをする可能性があるなら、戦うに決まっているでしょ」とピアニストは言っていた。

 身につけた制服は最小サイズでもブカブカで、袖と裾をまくり上げた姿は可愛くもあり悲壮でもあった。


 それでもって悲壮なのは、残った俺たちもだ。エルネストを除いてはだが。

 長たちの話によって、魔王が死に際に吐いた呪いの言葉は勇者に向けてだったとわかったわけだ。俺たちは『死よりも辛い絶望』とはなんだと、恐怖した。当然だろ? 誰だって辛い思いなんてしたくない。それを望むのはマゾっ気のあるヤツだけ。


 だがマゾより変態的な堅物童貞は、またも、

「戦うだけのこと」

 と空気を読まない発言をして、俺たちの話し合いをぶった切った。アイツは本当に他人の気持ちを考慮しない。


 微妙な雰囲気の中で解散し、徹夜のエルネストは仮眠、バルトロは騎士団と打ち合わせ、マルセルとディディエは散歩(きっと語り合うんだな)、俺は訓練再開となった。



 水系の小技のいくつかと大技を習得して――というより呪文を暗記し終え、次は土系にいくかと考えていたところにマルセルが現れた。ひとりだ。

 これはまた相談だぞ。面倒くさい。


「時間がないなか、邪魔をしてすみません」

「構いません。時間が足りないのは私だけではありませんからね」

 なぜかマルセルが笑った。

「ジスラン殿はおさ様に『目に余る不埒で軽薄な言動』と言われてましたね」

「自覚はありますよ」

「だけど外面は完璧だ。相談にも真摯にのってくれる」

「世渡りはうまく」にこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべる。「貴族社会を生き抜くのにも必要です」

「あなたを手本にしますよ。生き延びれたなら。――そうだ、女性へのスマートな対応も教えてくれるのでしたね」

「それが一番の大得意ですからね」


 ハハッと声をあげてマルセルは笑った。昨日俺の部屋でうなだれていたときとは全然違う。善良な神官ぶった効果があったとみた。


「ディディエと腹を割って話しました」とマルセル。すっきりした笑顔だ。「もう思うところはありません。ジスラン殿のおかげです」

「お布施の際は『ジスランの功徳へ』とおっしゃってください」

「あなたの評価が上がる?」

「そのとおり」

「私は生涯ジスラン派になると約束しましょう」

「それは心強い」

「だからその」マルセルの頬が赤らむ。「訊いてもいいですか」

「どうぞ」

 これはジョルジェット関連とみた。


「その……ジョルジェットは幼なじみで、一番大切な異性の友人です」

 おい! 嘘だろ、まだそこの段階なのかよ!

「ただ、あなたに言われるまで私たちのどちらかが結婚しても、関係は変わらないと思っていました。彼女に縁を切られるなんて想像したこともなくて。だから私なりに色々と考えました」


 なるほど。


「恋情というのは、胸がドキドキするのですよね?」

「……」

「ジョルジェットにはしないのです。共にいることに安心感を抱くだけです。となるとやはり彼女は友人だ。でも失いたくないから結婚を申し込もうかと考えているのですが、そのような理由では不誠実でしょうか」


 思わずため息がこぼれた。善良ぶるのも、無自覚お坊っちゃまの相手も疲れる。


「ツッコミどころが多々ありますが」

「え。そうですか?」

 心底驚いているマルセル。

「不誠実かどうか決めるのはジョルジェット嬢です」

「なるほど」

「ちなみに彼女が私に抱かれたら――」

「冗談でもそんな失礼なことは口にしないでいただきたい!」

「ほら、わかりませんか? 恋情どうこうの前に、あなたの執着は友人のそれを超えていますよ」


 マルセルの怒り顔から毒気が抜ける。


「……そうですか?」

「ええ。求婚するなら急ぎなさい。彼女は連日詰られどおしで、すでにあなたに愛想をつかしているかもしれません」


 愕然とするマルセル。本当に彼女に見捨てられる可能性を考えたことがなかったんだな。幸せなヤツだ。


「……城に行ってきてもよいでしょうか」

「私は隊長ではありませんからね。ここで待機していろなんて命じはしませんよ」

「失礼しますっ」

 踵を返してマルセルは慌ただしく走っていく。



「ああ、いいことをした」ひとり、つぶやく。「見返りがなくちゃやってられん。ふんだくってやる」

「お前に『不誠実』かどうか訊くなんて間違っているな」馴染みがありすぎる声がして、木の陰からエルネストが出てきた。「誠実の対極にいる男だ」

「バカを言うな。俺ほど誠実な男はいないぞ。相手が多いだけで」


 エルネストが鼻を鳴らす。


「仮眠はどうした」

「寝られん。――俺よりマルセル殿たちに休んでもらいたいんだが」アホが令息が去ったほうを見る。「今はなにを置いても体力を温存すべきだ」

「恋愛しろ。むっつり童貞。いつまでも他人に疎いと隊長どまりだぞ」

「だから見逃しただろ。お前に叱られたから」


 エルネストがジトリとした目を向けてくる。

 そう。寄り集まって不安を口にしていた俺たちをぶった切ったコイツに、俺はこっそり説教した。お前の言動で士気が下がる、と。


「正論を言えばいいってもんじゃない」

「さっき聞いた」不満げなエルネスト。

「で? 文句を言いに来たのか? 俺に時間がないと言ったのはお前だぞ?」


 実際六日も無駄にしたわけだから、悪いのは俺なんだが。


「『絶望』のことなんだが」

「なんだ。お前も気になるのか」

「いや。どういうケースがあると思う?」

「だからお前はアホなんだよ。目の前で見ただろ? ピアニストがピアノを弾けなくなったとき」

「なるほど」

「求婚しようとしていた幼なじみを俺にとられたとき」

「とるなよ?」

「とるか。宰相家を敵に回すようなバカじゃない」

「お前の下半身には信用がおけん」

「未使用のお前よりはマシだね」


「神官のセリフか?」

 エルネストじゃない声がした。騎士団のクロヴィスだ。

「なにかあったか。お前は非番だろう」むっつり童貞は一瞬で騎士団隊長の顔になる。


「いや、たいしたことじゃないんだか」とクロヴィス。「エルネスト。時間があるなら顔を貸してくれないか」

「行ってこい。俺は訓練をしたいんだ」

「……わかった」

「そのあとは、ちゃんと寝ろよ。お前には殿下と公爵令息とピアニストと立派な幼なじみを守ってもらわなくちゃいけないんだ」


 エルネストがなにか言いたげな顔をしている。

 だが構わず訓練を始めると、クロヴィスと一緒に去っていった。



 そういえばすっかり忘れていたがバルトロが、エルネストが俺を騎士にしたがっていると言っていたな、と思い出す。

 振り返ってみたが、もうヤツの姿は見えなかった。

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