3・4 逃げ出したい
結界を張り終えてから間もなく、新たに騎士団の一個隊が駆けつけた。結界も保たれている。マルセルは穴を中心にすべての方角に
俺は重症者の治癒にまわることにした。
最初の負傷者はどこかで見た顔だと思ったら、昨日の朝、神殿に迎えにきた若い騎士だった。地面に横たわった姿は死んでいるかのようだったが、薄目を開け俺を見ると消え入りそうな声で、
「非常事態だなんて言ってすみませんでした……」と謝った。右の二の腕から先がない。「……俺、怖くて……」
「誰でも怖いでしょう」
俺だって今、めちゃくちゃ怖い。
「これ、こいつの腕!」
脇から騎士が、ちぎれたそれを地面に置く。
治せるのか? こんな酷いのを。
カロンを思い出す。
最初は血が吹き出した。
だが躊躇っている間にこいつは――こいつもほかの騎士も死んでしまう。
腕をつなぐように両の手で包み目をつぶると、声に出さずにアマーレを讃える祈りを唱える。
ひたすらに治ってくれと念じる。
どれほど経ったか、まわりで歓声か上がった。
目を開くと腕はつながり、騎士の顔から死相が消えていた。瞬きを繰り返しながら、右腕を顔の前にかざしている。
ほっとして次の負傷者にうつる。こっちは首をざっくりとやられたばかりらしい。すごい勢いで血が吹き出している。が、腕をつなぐよりは、きっとマシ。
両手を当てる。大量の血が指の間から流れ落ちる。
気持ち悪い。
だが俺しかできないんだ。
くそっ。なんで俺にこんなスキルがあるんだ。
血が止まる感触に手を離す。傷がふさがっている。
次、だ。
血まみれの手を騎士から差し出された濡れた布で拭い立ち上がると、ふらりと体が揺れた。
まだふたりしか、みていないのに。
「ジスラン」
名前を呼ばれ声の主を見ると、それは王子だった。左袖が破れ、腕から血が流れているようだ。
「……すみません。重傷者を優先します」
「当然だ」と王子。「だが少し待て」
ディディエは右腕を伸ばし、手を俺の胸に当て目をつむった。
体の奥底からなにかが湧き上がる。
彼が手を離したとき、俺は自分が聖なる力に満たされていることに気がついた。今までにない感覚だ。
「どうだ? 先ほどマルセルでは成功したのだが」とディディエが尋ねる。
「力を感じます」
「良かった、ジスランにも通じたか。聖なる力の回復が私のスキルらしい」
「これならまだまだ治せます!」
ずらりと地面に横たわっている重傷者の数々。
「ああ。共に頑張ろう」ディディエが力強くうなずく。
「ジスラン」横から青い血にまみれたエルネストがやって来る。「お前はいつも一番大事なことを口にしない。カロンから考えると治癒ふたりで限界なはずだ。殿下のスキルがあるとはいえ、無理をするな」
「するか」
エルネストをかわして、次の負傷者の傍らにひざをつく。胸に斜めに深い傷がある。呼吸がかすかだ。
「ジスランの能力には限界がある! みるのは重体者だけだ!」エルネストが勝手なことを叫んでいる。
傷に手をのせる。
◇◇
何人を治したのか。
数えていないからわからない。
「終了だ」とエルネストが肩をたたく。「あとは医師が診られる負傷者だけだ。ご苦労だった」
首を巡らせると、横たわり、だが俺がまだみていない騎士がいる。
「勲章ものだぞ。お前の評判が一変するな」
「……結界は?」
「問題ない。だが破られた理由は不明だ。前兆なく突然消えたらしい。監視体制を見直さなければならない」
エルネストが、魔物はすべて倒せたとか、森の外に出てはいないようだとか、ディディエが回復術の使いすぎで疲れ切っているとか、そんなことを淡々と言う。
立ち上がり、遺体のもとへ行く。
「ジスラン?」とエルネスト。「彼らはもう――」
「死者に安寧の祈りをしなくちゃならないだろうが」
「王宮騎士団の一員としてはありがたい。だがあとで神官を呼ぶ。お前は体力を温存しろ」
腕をすくうように掴まれる。
「休むんだ、ジスラン」
「だが知らぬふりはできないだろうが」
「休め!」エルネストが叫んだ。顔が歪んでいる。「死んだのは仲間だ、俺だって今祈りを捧げてほしい! お前にこれ以上力を使わせたくもない! だが俺は勇者部隊の隊長で、また結界が破られた場合に備えなきゃいけないんだ。お前がぶっ倒れようがなんだろうが、やらせなきゃいけないんだよ! 優先順位は結界なんだ」エルネストがアホのくせに泣きそうな顔をしている。「――俺が使い物にならないのは、すまん」
「ジスラン殿、これを」いつの間にそばに来たのか、マルセルが水筒を差し出した。「葡萄酒だそうです。疲れたでしょう。喉をうるおしたほうがいい」
「先にディディエ殿下に」と答える。
「彼にも渡しました」
それなら。ありがたくいただこうと手を伸ばしたところで視界が傾いた。
なんだ?
どうしたんだ?
胸が苦しい気がする。
息がうまく吸えない。
俺の名を呼ぶエルネストの声が、遠くに聞こえた。
《新メンバー加入編・おわり》
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