3・3 地獄かよ……

 どからともなく不気味な咆哮が聞こえる暗い森の中を騎士の馬に同乗し、疾走する。

 魔物は結界を張ってあった穴から出てきたらしい。前回と違って小型で騎士でも退治できるようだ。だが数えきれないほどの頭数だという。


 俺たちの前には単身で自分の馬に乗るエルネスト。赤い制服が夜暗でも目立つ。偶然の産物とはいえベストな色だ。俺も寝巻きに着替えていなくて良かった。マルセルとディディエは帯剣はしているが室内着だ。


 だが、なぜ結界が破れた。夕方に張り直したばかりだし、今までの経験から明日の朝礼拝の時間までは余裕で持つはずだった。想定外のことが起きているってことだ。


 非常事態に備えて待機していた騎士団の一隊がすでに出発しているから、現場には監視の隊と合わせて二隊。

 聖なる力の発動が安定しないディディエはそれを理由に後方に配置だ。剣を扱えるから、魔法は使わせない。エルネストも、小型魔物が大量となれば大技の術を使うより、物理的に戦ったほうが効率がいいだろう。それでまずは――


 碑の跡地に近づくにつれ異様な気配が強まってはいたが、その場に到着した俺たちは言葉を失った。開けた空から月の光に照らされたそこは、予想していたより遥かに凄まじい状況だったのだ。


 確かに魔物は前回より小型だった。何種類もいるが、どれも大きくても人間くらい。だが動きが俊敏で獰猛な形態は人間をやすやすと傷つける。それが何十頭、いや百を越しているかもしれない。倒れ伏している騎士、腕を失っている騎士。

 戦場だった。

 生臭い臭いが立ち込めている。

 騎士側が劣勢なうえ、穴から新しい魔物が出て来る。


「「まず結界だ!」」


 エルネストと俺の叫びが重なった。目を見てうなずきあう。


「ディディエ殿下とマルセル殿はこちらで個々を潰してください」とエルネスト。

「いや」と俺。「それじゃ間に合わない。騎士が全滅しかねないぞ」

 騎士団の一隊はエルネストの同期、クロヴィスの隊だ。


「だがこれだけ騎士と魔物が入り乱れているんだ、一気にかたをつける魔法はないぞ」

 言いながらエルネストが剣を抜き、飛びかかってきた魔物を斬り殺す。

 俺たちを送ってくれた騎士たちが周りで必死に魔物と戦っている。


「マルセル殿」と彼を見る。「つぶての術を頼みます。俺とともに中央へ行って」

「無理だ! アレは完璧にできたことはない。ご存知で――」

 ガッとその腕を掴む。

「さっき私の部屋で、あなたは枷をすべて流しきった。誰もができることじゃない。私はきっとあなたは来ないと思っていた。でもあなたは勇気を持って自分自身に向き合った!」

 マルセルの目が大きく見開く。

「今のあなたならできる!」

「ジスランが言い切るなら間違いない」とエルネスト。「俺は二十五年間、ずっとそうだった」


 なんとかマルセルがうなずく。


「エルネストは彼の援護を」と俺。「ディディエ殿下は――」

「エルネストはジスランと穴を頼む。マルセルは私が。剣ならば戦える」と王子が落ち着いた声音で言う。

 一瞬の迷い。

「……ならばお願いします。エルネスト、騎士たちに合図で地面に伏すように伝えろ」


 四人一丸になって、碑の立っていた穴に走って向かう。襲ってくる魔物をエルネストは剣で薙ぎ払い、俺は風の術で攻撃をする。


「エルネスト! なんとかしてくれ! キリがない!」

 どこからかクロヴィスの叫び声がする。

「あと少し耐えてくれ!」とエルネスト。

「死にさえしなければ全員助けられる!」俺も叫ぶ。


 たぶん、だが。カロンひとりで俺は力を使い果たした。

 でもここで戦っているのはみな、エルネストの仲間なんだ。


 穴の元にたどり着く。ずるり、と新しい魔物が這い出てきたところをエルネストが脳天をかち割る。碑は見当たらない。弾き飛ばされたのか、下に落ちたのか。

 マルセルと背中合わせに立ち、俺は結界の呪文を、彼は《礫》の呪文を唱える。


「『生きとし生けるものを包み込む』」背後から聞こえてくるマルセルの声。力強い。よし、自信を持って唱えられている。「『もたらす恵み荒ぶる災厄、其を操るは大地の精霊よ。ノーム、そのお力を我に貸したまえ』」

「南側、伏せろ!」エルネストが叫ぶ。

「『撃ち抜く礫!』」

 マルセルの最後の一言と同時に、凄まじい力が生じるのを感じた。


 ビュッと礫が空を切る音、命中する音、魔物の咆哮。

 成功だ。マルセル、よくやった!


「次、東っ」またもエルネストの声。

 俺の右手側の視界にマルセルとディディエが入る。もう心配はない。自分の呪文に集中する。


 突き出し重ねた掌からからキラキラとした光が流れ出し穴を中心に円形に広がる。今まさに這い出でようとしていた魔物がギャンっと叫んで落ちていった。

 唱える呪文のリズムに合わせて光は生き物のように動き、やがて魔法陣を形作るとより一層輝きを放った。


「張れたか!?」

 すかさずエルネストの問が飛んでくる。

「ああ。問題は破られないかだが」

 すぐさま俺も魔物攻撃に転じる。地面に倒れ、ピクリともしないのがいる一方で、礫を受けなかったらしき魔物、受けてもダメージが少なかった魔物もいる。


「穴は塞いだ!」エルネストが叫ぶ。「今いるヤツラを倒せば終わりだ!」

 うおぉぉお、と地鳴りのような鬨の声があがった。

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