2・4 古文書係グッジョブ
訓練は、俺が新勇者ふたりの指導という形に収まっている。なにしろエルネストが昨日の大技ひとつしか使えないのだ。ほかの術はからきしダメ。他人を指導している場合じゃない。俺だって自分の訓練をしたいが、仕方ない。なんでこんなに苦労しなくちゃならないんだ。
それでも太陽が真上に来るころには、マルセルが土系の簡単な術をいくつか使えるようになった。おかげで訓練場の地面が悲惨な状況だが……彼がもっと上達すれば直せるだろう。
ディディエには俺たちとのバランスを考えて水系の術を中心に試させているが、いまいちうまく発動しない。
エルネストは、言うまでもない。
これ、大丈夫なのか?
魔物が大群でやってきたら、あっという間にやられておしまいじゃないか?
「昼食の用意ができました!」
鍛練場に隣接する建物から出てきたバルトロが叫ぶ。王宮に戻る時間を省くために、昨日からそこに食事が運ばれている。
「食後に殿下とマルセル殿は仮眠を取りましょう」と提案する。
「疲れてなんていない」と王子。
「いったん精神をリセットするためです。――いいな、隊長?」
「構わないが、だからお前が隊長を――」
諦めの悪い幼なじみの脇腹に一発拳を入れる。本職騎士のアホにはまったく効かない。余計に腹が立つ。
彼らから離れると、建物に沿って置かれているベンチから荷物を取る。シヴォリ夫人、タラマンカ令嬢、侍女たちその他からの差し入れだ。さすがに今日は誰も来ず、人を介して届けられた。
「節操のない男ですが」背後でエルネストの声がする。「女性の扱いがうまいのは事実です。信者の相談事にもよくのっているようですし。彼ならオーバン公爵令嬢を辞めさせられるかもしれません」
どアホが。
俺がそれをマルセルに持ちかけたのは、本気じゃない。煽っただけだ。彼女を説得する気はないし、たとえその気があっても不可能だろう。それこそマルセルがひざまずいて、『愛しているから危険な城にいてほしくない』とでも言わない限り。
「いや……自分で話します」とマルセルの力のない声。
まったく。幼い恋愛ごっこは別の機会にやってほしい。
と、石畳をやってくる足音がした。外に繋がる通路のほうだ。見ると昨日配属になった雑用係の青年だった。手に丸めた書類を持っている。古文書係から預かってきたという。
「ジスラン様の夢と同じ記述がみつかったそうで、その訳です」と雑用係。
エルネストが開いたそれをみんなでのぞきこむ。
「『四人の勇者の活躍のもと、勇者イェレミアスの一撃が魔王に致命傷を与えた』」
とエルネストが読み上げる。
「イェレミアスは初代国王だ」とディディエが呟く。
「『人ならざるその体からは硫黄の臭いがする煙が立ち昇り、魔王は激しく苦しみ断末魔の叫びを上げた』」とエルネストが続きを読む。「『憤怒と怨嗟に駆られた魔王は最期のとき、呪いの言葉を吐いた。《許すまじ。我は滅びぬ。復活した暁には死よりも辛い絶望を味あわせてくれようよ》 そうして魔王の体は粉々に弾け飛んだ』」
エルネスト、新勇者たち、バルトロが俺を見る。
「見た夢とほぼ同じです」と俺。
「ということは……どういうことでしょう?」バルトロが首をかしげる。「ジスランに前世の記憶が蘇った?」
「だが俺たちは顔で選ばれた。過去の勇者とは関係がないはずだ」とエルネスト。
「アマーレ神がジスラン殿に見せたのかもしれませんが、意図がわかりませんね」とはマルセル。
「『死よりも辛い絶望』というのが気になっていたのですが、その解説はないようですね」
「確かに、嫌な言葉ですね」とマルセル。
「誰に対してなのかも気にかかるな」とディディエ。「勇者たちに向けて言ってるかのように受け取れる」
そうなんだよな。夢を見たとき、俺も同じように感じた。だが勇者はとうに死んでいるし、ディディエを除いて俺たちは彼らとつながりはないはずだ。
「気にする必要はないでしょう」とエルネスト。「人間すべてへの言葉ですよ、きっと。それよりもう一枚ある」彼が紙をめくる。「碑文についてだ!」
それによると、倒れた碑文の全面に結界術の呪文が刻まれていたという。一面につき百十一回ぶん。そこに聖なる力をこめたことにより碑自体が結界の効果を発揮していたらしい。
「だいぶ摩滅してヒビもはいっていたから、効果がなくなったのだな」とエルネスト。俺を見る。「穴に碑を渡したのは正解だったな。さすがジスラン、よく気が回る」
「まあな。だが古文書係に感謝だ」
夢と同じ場面をみつけたのはジョルジェットだと、書類のすみに書いてある。
マルセルが苦虫をつぶしたようかのような表情をしていた。
◇◇
空が茜色に染まるころには、マルセルが毎回術に成功するようになった。一方でディディエのほうはあまり進展がなく、風、火、土と全ジャンルを試したりと試行錯誤しているが成果は芳しくない。俺以外はスキルも判明していない。前回の勇者のときとは、得意分野とスキルの組み合わせが違うようだから、ひとつひとつ試しているのだが、誰もなにも結果を出せていないのだ。
救いは、魔界と繋がる穴に変化がないことぐらいだ。だがいまだ結界を張れるのは俺ひとりだけ。
そろそろ今日最後の結界張りに行こうか、と考えていると鍛練場にカロンが現れた。
普段の笑顔でのんきに、
「先輩!」
と手を振っている。
「カロン! なぜ来た! 城には二度と来るなと言っただろう!」
「すみません」と首をすくめるカロン。「ダンテ神官が先輩はしばらく神殿に帰れないと言うから、これをと思って」
おずおずと差し出されたカゴ。受け取り中を確かめると、礼拝で使う香炉一式が入っていた。
「朝は急いでお出かけになったから、お持ちになっていないですよね。あ、ちゃんと持ち出しの許可は取ってますよ」
「……ありがとう。助かるよ」
へにゃら、とカロンは嬉しそうな顔をする。
「それ、勇者の制服ですか? めちゃくちゃ似あってます!」
「そうだろう? 私はなんでも着こなせる」
「カッコいいです! 一番は祭服ですから、二番目にですけどね。瞳の色とお揃いというのがポイント高いです」
「そのとおり。だがカロン。こんな夕刻に女の子がひとりで出歩いてはダメだ」
「ダンテ神官が一緒です」
「……あいつがいるのか」
ほっと胸をなでおろす。
「はい。外で騎士団の人に捕まってます。祝福してくれって。みんな、魔物が怖いんですね。神殿のほうも今日はそんな依頼がたくさんで、大賑わいですよ」
「そうか。では用が済んだなら、早く帰りなさい」
「帰りますけど。先輩、大丈夫ですか? ひとりでがんばっていませんか?」
カロンの視線が一瞬、エルネストに向く。
「私は大丈夫だから。カロンはゆっくり休んで正巫女昇段に備えなさい」
「休みすぎて退屈です」
カロンが口をアヒルのようにとがらせる。
「早く先輩のお手伝いをしたいです。先輩は神官ですからね」
「今は勇者を優先だ」空気を読まないエルネストがぶっきらぼうに言う。「部外者は早く帰れ。殿下の御前だ」
カロンはむっとした顔をしたものの、王子に向かってペコリと頭を下げると、
「お邪魔しました」
と言って素直に背を向けた。
「ダンテの元まで送ってくる」
エルネストに告げる。
「え、大丈夫ですよ、先輩。すぐ外にいます」
「……あいつに話もある」
「なるほどです」
そんなものはないが。
俺の頭の中にはいつも、腹に穴を開け死にかけていた彼女の姿がちらついている。
マルセルと目が合った。
――俺だって本当は、ジョルジェットよりマルセルの肩を持ちたいのだ。
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