2・3 赤ん坊レベルなのか
着替え終えた俺たちは本部を出て、王宮騎士団の鍛練場に向かった。持ち主たちの訓練は庭園ですることになっている。北の森への距離はどちらからも同じくらい。だが鍛練場は建物で人目が遮られている。王子を好奇の視線から守ることができる。
もっとも時間に余裕がある暇人たちは、もう王宮には来ないだろう。中にはすでに都を離れたヤツもいるはずだ。
逃げられるヤツはそうしたほうがいい。バルトロは家族を妻の実家に帰したという。でも自分は昨日は王宮に泊まって家族に会っていないというから、俺の両親宛ての手紙を託した。届けるついでに妻子に会えばいい。まったく世話が焼ける。本来なら隊長たるエルネストが配慮すべきなのに、大切な相手がいないからわからないのだ。アホ童貞め。いい加減恋愛をしろ。
しかし――当面の問題は不機嫌な顔のマルセルだ。優秀だと聞いていたが、女性への対応は赤子レベルらしい。そういえば女性が苦手という噂があったかもしれない。
ディディエはエルネストと話している。建物の外に出て、ひとけがなくなったところでマルセルに話しかけるか。俺のモットーは気楽に生きるだが、表向きは博愛精神を掲げているから放っておく訳にはいかないんだよな。本当は男の恋愛相談なんてのりたくないんだが、仕方ない。
そう考えていたが、俺より先にマルセルが声をかけてきた。
「先ほどは引きましたが、私は彼女を辞めさせます」
おいおい。令息様は希望じゃなくて断言かよ。
「大切な女性を案ずるお気持ちは理解できますが」
「それ」とマルセル。顔が赤い。「ジョルジェットはただの幼なじみ――というより家族です。私は彼女の他に親しい異性の友人がいないので、よく誤解されてしまうのです。彼女も困っていましてね」
「……そうですか」
「とにかくですね、昔から彼女は負けず嫌いで私と張り合いたがるのですよ。なにかというと首をつっこんできて。今回もきっと私が勇者に選ばれたのが悔しくて、古文書係に立候補したのでしょう」
「なるほど」
恋愛も赤子レベルなのか。どう見たって彼女はこいつが好きで役立とうとしているっていうのに。
「理由がどのようなものであったとしても、人手不足は事実なのですから私はありがたいと思います」
マルセルが首を横に振る。
「ジョルジェットは聡明ですが、古語は教養で習った程度です。重大な訳し間違いをして周囲に迷惑をかける前に辞めるべきなのです」
「マルセル殿のお考えはわかりました。あなたが彼女の説得に成功することはないでしょう」
優秀どころか、エルネスト並みのアホだ。
「どうしてもというのなら、彼女の身が心配で勇者の訓練に身が入らないから、とお伝えなさい」
「……嘘は良くありません」
十八にもなって、まさかの無自覚!
「では諦めたほうがよろしいですね」
「だが!」
「マルセル殿が今すべきことは聖なる力を使いこなすことです」
「それは、もちろん」
公爵家の坊っちゃんは気まずそうに視線を下げた。昨日一日訓練をして、マルセルは力を多少発動できるようになった。だが完璧じゃない。ディディエのほうはもっとできていない。
聖なる力の攻撃系は四種にわかれる。俺が使う風、エルネストの火。あとは土と水。勇者ひとりにつきひとつの得意分野となる。だがひとりだけ全種類を自在に使えるようだ。前回はその勇者が《
だから今回の《
なんでなんだ。俺は簡単にできたのに。勇者を選んだ女神、アマーレに仕える神官だから優遇されているのか?
とにかくこいつらには早く一人前になってもらわなくちゃならないんだ。こんな幼稚な恋愛でうじうじされていてはかなわない。
「勇者に選ばれたあなたが、まだなにもできないとオーバン公爵令嬢が知ったなら――」
カッとマルセルの顔が赤くなる。
「言わないでください!」
「彼女には言いませんが、進捗状況は陛下に報告されています」
「……どうすれば早く力を使えるようになるでしょう」
「さっぱりですね。私は最初からできたので」
わざとらしくマルセルに笑みを見せる。
「あとでオーバン公爵令嬢と話してみます。マルセル殿は訓練に集中してください」
「……ええ……いや」歯切れの悪いマルセル。「……結構です。私が話しますから」
「ご遠慮なさらずに。女性の説得は大得意です」
「ジスラン!」前を歩いていたエルネストが振り返った。「彼女に手を出すんじゃない! さすがにオーバン公爵の令嬢はまずいぞ、首が飛びかねない」
「バカを言うな。こっちから手を出したことも口説いたこともない。向こうから寄ってくるんだ」
強張った顔をしているマルセルを見る。
「どういうわけか女性たちは、私に好意を抱きやすいようです。ですが彼女は意志が強そうでしたから大丈夫でしょう。説得しますよ」
「結構だ!」
「そうですか」
青ざめている公爵令息。前からは、
「どうしてそんなにモテるんだ」
という王子の呟きが聞こえてきた。
そういえばこのふたり、いまだ婚約者がいないし浮いた噂もない。どちらも奥手か。入れ食い状態だろうにもったいない。
「すべてが終わったら、女性へのスマートな対応についてお話しましょう。本部でのおふたりは酷かった。文書係たちも困っていたでしょう?」
うっと言葉につまる王子。対して公爵令息は、口を開いたもののなにも言わずに閉じてしまった。
顔が、さっきまでとは違った陰鬱なものになっている。
いったいなにを考えているのやら。
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