1・2 新勇者は誰なんだ
カロン、タラマンカ伯爵令嬢、俺の三人はそれぞれ騎士の馬に同乗し、城への道を戻った。真面目で敬虔な巫女であるカロンは、見知らぬ男の背にしがみつかなければならないことに抵抗があるようだ。だが我慢してもらったた。
森の出口に着くとそこには、今まさに出発しようとしている隊と、城側を警備する隊とがいた。その合間に不安げに佇むシヴォリ侯爵夫人。それから地面に跪き手を組み、一心に祈りを捧げているダンテ。
「ジスラン様! ご無事で良かったわ!」
夫人が俺に気づいて声を上げ、下馬したところに駆け寄ってくる。と、その声が耳に入ったらしいダンテが顔を上げた。ヤツらしくもない、強張った表情だ。
「ご心配おかけしました。このとおり、汚れておりますからご挨拶は後ほど」
夫人に向けてにこりと笑みを浮かべれば彼女も笑顔でうなずいて、ようやく目覚めたタラマンカ伯爵令嬢の元へ行った。
カロンが騎士の手を借りて馬から降りたのを確認し、立ち上がったダンテの元へ行く。
「こんなところで何をしているんだ?」
「喰われなかったのか。残念だ」そう言いながらもヤツが浮かべた笑みはいびつだ。「ちょっと所用で城に来たんだがな」
ダンテが俺の肩をぽんぽんと叩く。何度も、何度も。
「……ま……良かったよ」
「全然良くない。血まみれだぞ。生臭いし」
「男前度が上がったじゃないか」
ようやくダンテの表情が緩む。
こいつがこんなに俺を心配してくれるとは。仕方ない、いつか可愛い令嬢をひとりかふたり、いや、三人くらいは紹介してやるか。
「カロンもすごい格好だな」とダンテが言う。
「タラマンカ伯爵令嬢を助けようとして巻き込まれたんだ」
「先輩が私を助けてくれたんですよ」とカロンが笑顔で答える。
「さすが勇者。俺が巻き込まれたときも頼むぞ」
「男は守らないと言っただろ?」
「クズめ」
笑うダンテ。
と、俺を馬に乗せてくれた騎士と目があった。必要な諸事が終わったらしい。
「お待たせしました、ジスラン殿。陛下に報告に参りましょう」
「その前に、彼女の入浴を手配してくれませんか。こんな状態で街中を歩かせられないし、神殿にも帰せません」
「今、お願いしましたわ」そう声を上げたのはシヴォリ侯爵夫人だった。「巫女のお嬢さん。いらっしゃいな。一緒に行きましょう」
そうだ、タラマンカ伯爵令嬢も血まみれだった。
「ありがとうございます。では彼女をよろしくお願いします」
気が回る夫人に礼を言い、カロンを送り出す。
「ダンテ」
「ジスラン」
お互いの声が重なった。
「お前が先に」と言うダンテが真顔になっている。
なんだ? 真面目な話か?
とはいえ俺も急ぎだ。
「カロンを頼む。そうは見えないだろうが、死にかけた。
「了解した」
質問も詮索もせずにダンテがうなずく。
「ジスラン殿」と騎士が呼ぶ。
ダンテがそちらをチラリと見る。
「俺の話はカロンのことだ」
「カロン?」
「休ませるのは丁度いいと思う。なんなら明日も」
「具合が悪いのか?」
「いや、疲れだろうが……。時間がないんだろ? 詳しくはまた後で。様子は見ておくし、なにかあったら連絡する」
「分かった。助かる」
「カロンはお前の唯一の世話係りだからな。――じゃ」
と言って踵を返したダンテは、数歩で止まり振り向いた。
「ジスラン。大切なことを忘れていた」
「なんだ」
「人食い魔物とやらを倒してくれたんだろ? 容姿自慢のお前がそんな格好にまでなって。ありがとな」
ダンテは真面目な面持ちでそう言うと、さっと背を向け去っていった。
俺を呼んでいた騎士と目があう。ヤツはにわかに焦燥じみた顔になった。
「……そ、そうでした。お疲れ様でした」
いつもなら。愛想のいい笑みを浮かべて綺麗事を口にするところなのだが。
重すぎる体とダンテの唐突な誠意とカロンのことで考えることが面倒で、俺は何も答えずに首肯だけ返したのだった。
◇◇
魔物の血にまみれた俺は、濡れタオルで顔を拭っただけの姿で玉座の間に連れて行かれた。到底王の御前に出る姿じゃないと思ったけれど、構わないらしい。
援護部隊の対応は早かったし、国王・宰相・
昨日、エルネストの実情を伝えたことも危機感を煽れて良かったんだろう。
ひとり跪く俺に対して国王の周囲には大臣高官王宮騎士が、これでもかというくらいに集まっている。みな一様に青い血がべったりとついた俺を見て呆然としていたが、長だけが『ケガは?』と尋ねてくれた。
さすが、俺を神官として取り立ててくれているだけのことはある。俺目当てのお布施を失いたくないだけという可能性も高いがそれはそれ。他人からクズと言われる俺の交友が制限されないのは、長のおかかげだならな。
倒れそうなくらいに疲れているが、なんとか畏まって魔物が現れた経緯(余計な人間が多すぎるからタラマンカ伯爵令嬢が碑を倒したことは抜かして)から、魔物の状態、戦闘方法などを報告した。詳細でありながらも分かりやすさを重視して。
大臣連中から『節操なしの神官は顔だけじゃなかったのか』という言葉が聞こえてきた。バカめ。ラクに生きるためにはアタマだって必要なんだ。
しかし――
そっと目だけ動かし、玉座の間の面々を見る。この中に勇者に選ばれたらしき人間がいない。副隊長は聞き間違ったのか、なんなのか。
国王が一応の労いの言葉を口にする。そんなものより休憩がほしい。風呂に入って気持ちの悪い血と汗を流し、柔らかくて良い匂いの女性たちに囲まれて癒やされたい。
だがその前に、ダンテだ。
「それから」と国王。話を変えるようだが、いささか顔が引きつっている。「女神が新たな勇者を選んだ」
副隊長の話は本当だったか。良かった。あんな魔物がぞろぞろ出てきたら、エルネストと俺だけじゃ対処しきれない。そしてあの表情ということは――
「選ばれたのは第一王子ディディエとダルシアク公爵の長男マルセルだ」
やっぱりか。選定基準が顔ならば、絶対に入ると思っていたふたりだ。
「最後のひとりは、まだ見つかっていないという。それまでは四人での対処となる」
『承知しました』と国王に深く頭を下げる。神官になったはずなのに、まるで騎士みたいだ。
しかし、当のふたりはどうしたんだ?
「ディディエとマルセルは」と国王。「王宮騎士団の鍛練場で聖なる力を試している。ジスランはこのあとそちらに向かい、指導をするように」
は? 嘘だろ? 俺、結構ギリギリのとこで踏ん張っているんだぞ?
だというのにまだ休めないのかよ……
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