《 新メンバー加入編 》

1・1 さすがに疲れた

 魔物が出てきた穴に張った結界をしばらく見張っていたが、なにかが起きる様子はなかった。お互いの世界が繋がったことに気づいていないのかもしれない。ということで、城に戻ることにした。


 祭服が破れてしまったカロンにエルネストの上着を着せる。俺の祭服は――カロンのもだが――上下一体型だから、脱いだらセクシーな格好になってしまう。危惧したとおりにけがしてしまったし、早いところ制服がほしい。


 三人で横一列に並んで歩きながら、

「別にお腹くらい見られても平気ですよ」とカロンが言って、借り物の上着をつまむ。「……これも血まみれだし」

 確かにエルネストの服は魔物の青い血でぐっしょりしている。気持ち悪いだろう。たが――

「ガマンしなさい。女の子が肌をむやみに晒してはいけない」

「……よく知らない男の人の上着を着るほうが、ちょっと……」

 カロンが小声で私にささやく。


「知らない?」といまだ気絶しているタラマンカ伯爵令嬢を荷物のように肩に担いだエルネストが不満げな声をあげた。耳ざといヤツめ。「ジスランとは赤ん坊のころからの腐れ縁だぞ?」

「それは知っていますけど……」カロンは言葉を濁し、心持ちエルネストから逃げるかのように俺に寄った。


「カロンは真面目な巫女だからな。俗世の男の服は嫌なのだな」

「ふざけるな。一番の俗物はお前だろうが」エルネストがまたも不満そうに言う。

「先輩は神官としては立派です!」抗議するカロン。

 元気な声には、先ほど死にかけていた痕跡は微塵もない。


 あれは思い出すだけで――


 ぐらり、と頭が揺れた。眼の前が暗くなり、歩みが止まる。

「先輩っ!?」

 足を踏ん張り、なんとか姿勢を保つ。

「大丈夫か、ジスラン。大きな怪我でもしていたか?」エルネストの声。「――そういえば、力を使うと体力をかなり消費すると言っていたな」

「そうなんですか! 先輩、私に掴まってください!」

 声だけが聞こえる。返事をする余裕がない。




 けれどじっとしていたら、不調はなんとか引いていった。

 徐々に晴れてきた視界にカロンの心配げな顔見える。キスできそうなほどに近い。


 息を深く吐き、そっと彼女から離れた。

「大丈夫だ、少しめまいがしただけだから」

「彼女の怪我を治したのが負担が大きかったんじゃないか?」とエルネストが言う。 


 バカかっ。この考えなしめ! そんなことを言ったら―――


「ええっ! すみません、先輩!」

 ほら、カロンが泣きそうになってしまったではないか。

「違う、そこの脳筋がひとりで突っ走ったから苦労しただけだ」気づかいのできないアホを睨みつける。ついでに、「お前、仮にも騎士団の隊長だろうが。普段からあんな猪突猛進なのか?」と非難もしておく。

「そんなはずないだろう」とエリート騎士は心外そうだ。「お前となら連携が取れると分かっているからだ」

「勝手にわかるな。迷惑だ。俺はお前の部下じゃないぞ」


 ふう、とまた吐息する。やっぱりしんどい。ツラさを自覚したら急激に体が重くなった。


「……歩けるか?」エルネストが訊いてくる。「さすがにふたりは担げない」

 ここから城まで三十分はかかる。かといって歩かない訳にはいかない。

「私、先に行って誰かを呼んできます! 先輩は休んでいてください!」


 そう言ってカロンが走り出そうとするのを、慌てて肩を掴んで止めた。


「大丈夫だ! ひとりで行動するな!」

「そうだな」とエルネスト。「魔物が別の場所から出てこないとは限らない」

「そう」うなずいて、彼女の肩から手を離す。「それにシヴォリ侯爵夫人たちが先に戻っている。応援部隊が来てくれるかもしれない」

「でも……」

「ん?」とエルネストが顎を上げて遠くを見遣る。「ひづめの音だ」

 耳を澄ます。かすかに城方向から聞こえるようだ。


「夫人たちが伝えたにしては早いな」

 エルネストの言葉にうなずく。彼女たちに走れとは言ったが、どんなに必死になったとしても数分しか体力がもたなかったはずだ。今頃はようやく城にたどり着いたか、というぐらいではないだろうか。


「別件か?」と俺。

「だとしても一個隊はいる。ここで待とう。お前たちを送るくらいはしてもらえるだろう」


 良かった。歩かなくてすむ。さすがの俺も疲労困憊だ。


「先輩、座ってください!」とカロンが言う。「あ、横になったほうがいいですか?」

「べつに――」

「ひ、膝枕とかしましょうか?」

 必死な様子のカロン。彼女がこんなことまで言うなんて。さっきのエルネストの言葉を気にしているのだろう。真面目だから。


「私は大丈夫だから、カロンこそ座っていなさい」

 疲れているとか弱っているだなんて姿を他人に見せるのは、好きじゃない。



 ◇◇



 それほど待たずして、蹄の音の主たちが現れた。エルネストが隊長を務める王宮騎士団だった。

 なんと女神が国王の前に顕現して、予定よりも早くに魔物が出現したことを知らせたのだそうだ。折よく訓練中だった彼らが援護第一弾として出発したという。確かに騎士の中には、普段は儀礼式でしか見ない槍斧を携えているヤツもいる。


 エルネストは経緯を伝え、これからの指示を出す。そうしている姿は頼もしく、隊長としての貫禄がある。




「あの方、結構ちゃんとしているんですね」カロンがエルネストを見ながら俺に囁く。「ポンコツな人かと思ってました」

「どうしてだ?」

「だって先輩によくフォローされているじゃないですか。しかも本人は気づいてなさそうだし」


 案外カロンは観察眼が鋭いらしい。

『そうでもない』と誤魔化そうと思ったが、やめにする。

「私のフォローはいつもカロンだな。感謝している」

 さらり、と。日頃の礼を伝える。

「先輩は素晴らしい神官だし、見習いとして当然のことをしているだけですが」カロンの顔がにへらっと崩れる。「そう言っていただけるのは嬉しいです」


「ジスラン」エルネストだ。「お前たちとこの令嬢は」タラマンカ伯爵令嬢はヤツの部下の馬に乗っている。あいも変わらず意識はないようだ。「先に帰ってくれ。俺は現場に戻って監視体制の指示をしてくる」

「了解」

「陛下への報告を頼みたいのだが」

「分かった」

「行けるか? 具合は?」

「死にそうだ。口頭は引き受けるが、書面はお前がやれよ。隊長はエルネストなんだから」

「……全員揃うまでの仮だ」


「あ」と副隊長が声を上げた。

「どうした」とエルネストが尋ねる。

「出発前に耳にしたのですが、残りの勇者様が決まったようです。どなたかまでは聞き及んでいませんが」 


 エルネストと俺は顔を見合わせた。

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