3・3 とりあえず
魔物の腕を離し、カロンに駆け寄る。
「カロン! しっかりしろ!」
彼女の目が薄く開く。
「……すみません、先輩。愛人さんたちが先輩に会いたいって毎日来るから面倒で……森に行けばいいって言っちゃったんです……すみません……」
「分かった、悪かった、カロン」
彼女の腹から大量に血が流れている。
「ジスラン、後ろ!」
エルネストの声。はっとして振り返ったところに飛び込んできた脳筋が剣を振る。飛んで行く魔物の腕。だがすぐに別の腕で弾き飛ばされる。
「『風の精霊、力を貸したまえ。大地の息吹き!』」
俺の攻撃が魔物の胸に当たり、たたらを踏む。
続けてもう一度。
その隙にエルネストが背後から斬りかかる。青い血しぶきが上がる。
「エルネスト! 術を使え! これじゃ時間がかかる! カロンが!」
「くそっ! ――『命の煌き舞い踊るゆ、ゆ……』」
「『揺らめき』」
「『揺らめき熱き宝石。其を操るは火の妖精サラマンダー。燃える宝剣!』」
駆け出したエルネストは飛び上がり魔物の胸に剣を突き立てた。そこから炎が上がる。次の瞬間、魔物の体が爆発した。
「カロン!」
彼女を見る。目を閉じ顔は真っ白だ。呼び掛けに応じない。
「済まない。触れるぞ」
そっと血が流れる腹部に手を当てる。カロンに触れるのは初めてだ。こんな大ケガをちゃんと治せるのか、不安で手が震えている。
治れと念じる。
が、ドクドクッと勢いよく血が吹き出し、カロンが悲鳴を上げる。
「カロン!」
「落ち着け、ジスラン!」
エルネストの手が肩に置かれる。カロンが薄目を開けた。
「……先輩?…… 」
「カロン。治す。このケガは私が絶対に治すからな」
「はい」と彼女が微笑む。
もう一度。
頼む。治れ。
念じる。念じ続ける。カロンしか、俺の手伝いを快くやってくれる見習いはいないんだ。治ってくれないと、俺は──。
「ジスラン。もう大丈夫だぞ」
エルネストの声に、いつの間にか自分が目をつむっていたことに気がついた。目を開くと、確かに血が止まっている。ケガの箇所も分からない。
「……カロン。どうだ?」
「はい」と瞬くカロン。「痛くないです」と起き上がる。「全然平気です。先輩、なにをしたんですか? 凄い!」
起き上がった彼女は服に開いた穴から腹を見ている。というか俺にも見えているぞ。血まみれだが。
肩をぽんと叩かれる。エルネストだ。見ると青い血だらけだ。
「ひどい姿だな」
「お前こそ」
はっとして祭服を見ると、すっかり青色になっていた。
「俺の服!」
「私が洗いますよ」とカロンが微笑む。
「こんな気色悪いものはカロンはやらなくていい」
「大丈夫ですよ」
「……というか、のんびりしている場合じゃないか。魔界と繋がったのなら」
立ち上がり、エルネストと共に穴を覗く。今のところは次の魔物が出てくる様子はない。
俺はちょっと考えて。
それから覚えたばかりの移動魔法を使い、ふたつに別れた碑を穴にぶっ刺してみた。
効果があるかは分からないが。
それからこれまた覚えたての結界を穴の周囲に張る。魔法陣が輝いている。これで多少の時間稼ぎになるだろう。
「すごいな。いつの間に習得したんだ」
「エルネストが苦戦している間にな。そうだお前、技が成功したな」
「ああ。ようやくだ」
「お前の呪文を覚えていた俺に感謝しろよ。お前が全然できないせいで代わりに覚えてしまったんだが、まさか役に立つとは」
「結局は俺の努力の賜物だな」
「あ、タラマンカ伯爵令嬢!」カロンがぴょこんと立ち上がる。
「忘れてた……」と俺。
辺りを見回すと、元いた場所で白目をむいて気絶していた。魔物の血だらけだがケガはなさそうだ。
「とりあえず魔物退治、成功だな」と嬉しそうなエルネスト。
「俺はダメだ。トラウマになりそう。もう戦いたくない」
「お前がそんな繊細なはずがないだろ」
「くそっ。早く残りの勇者!!」
俺が叫ぶとカロンがにへらとした。
「でも先輩、カッコ良かったですよ!」
「そうか。やっぱりな」
「でもでも、絶対にケガをしないで下さいね」
「カロンも二度と森に入るな。いいな?」
「……分かりました」
エルネストが俺をじっと見ている。
「何だ?」
「別に」
「ふうん?」
しかし予想外の前倒し。このまま魔物がぞろぞろ襲来するのか。それとも四日後までは大丈夫なのか。
とりあえず、風呂に入りたい。
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