3・2 四日も早いじゃないか
城方向に走った俺とエルネストは、すぐに悲鳴が上がった現場を見つけた。例の碑がある場所だ。
開けた場所に、シヴォリ侯爵夫人たちと先ほど逃げた令嬢の六人が立ち尽くしていた。
そして碑が。
腰くらいの高さで折れ、上部は地面に転がっている。
「なにがあった!」
エルネストが叫ぶ。
「あ、あの……」とタラマンカ令嬢。
シヴォリ侯爵夫人がその背をさすりながら口を開いた。
「みんなでそれを見ていたのです。そうしたら急に彼女が」と逃げた令嬢を見る。「勢いよく現れたから、私たち全員は驚いてしまって。タラマンカ令嬢がよろめいて碑にぶつかってしまったのです」
タラマンカ令嬢は涙を浮かべている。
「大丈夫よ、わざとではないもの。夫にも口添えしてもらうわ」と彼女を慰めるシヴォリ夫人。
碑がどんなものか分かっていないのかもしれない。
逃げた令嬢はしきりに『ごめんなさい』と謝っていて、夫人は彼女もなだめている。
「経緯は分かりました。みなさんは速やかに城に戻って下さい」
「ジスラン、彼女たちを送れ。念のため」
そう言うエルネストの目が、騎士のそれになっている。碑を警戒しているのだろう。女神の告げた日まで四日あるが、用心するに越したことはない。
「分かった」
答えて碑の残った根元を見る。恐らく、先日見つけたヒビから折れた。きっと劣化していたのだ。
と、ズズンと地面が揺れた。女性たちがまた悲鳴を上げる。
「碑から離れろ!」
とっさに叫ぶ。なにか考えた訳ではない。だが叫んだ直後、残骸が吹き飛んだ。慌てて逃げまどう女性たち。碑があった場所に穴がある。それが徐々に広がって行く。
まさか。
「城へ逃げろ! 早く!」
エルネストが叫び剣を構える。
「死ぬ気で走れ! 止まるな!」
俺も叫び、穴に対峙する。
足元からイヤな気配が立ち上ってくる。
「来るぞ!」とエルネスト。
それに呼応するかのように穴から、ずるり、となにかが出て来た。
牛のような頭に、三つのギョロりとした目。裂けた口には鋭い牙が並んでいる。二本足で立っているが手は六本。しかも長い。とかげのような尾には鋭いトゲがある。そしてなにより身の丈が俺たちの三倍はある。重量にしたら騎士一個隊分ぐらいかもしれない。
フーフーと荒い息をし口からはヨダレが垂れている。
なんだよ、これ。
今すぐ逃げ出したい。
俺は神官。騎士じゃない。
だが、どう見てもエルネストひとりでは太刀打ちできない。まだヤツは聖なる力を使いこなせない。
魔物の目が別個に動いている。視野が広いかもしれない。
「くそっ」
落ち着け。とっさに思い出したのは、初めて使った簡単な術だ。とりあえず魔物の頭部に手を向ける。
「『風の精霊よ、力を貸したまえ。大地の息吹き!』」
体の中をなにかが駆け巡り、掌から飛び出して行く。虹色の光が走り、次の瞬間魔物の目玉のひとつに当たった。青い液体が飛び散り魔物が咆哮する。
「ジスラン、聖なる力はお前に任せる!」
エルネストが叫び、魔物に突進する。
「おい、バカ!」
もう一度同じ呪文を唱える。が、当たらない。
エルネストはうねうねと向かってくる丸太のように太い腕を巧みによけながら、その中の一本に剣を振り下ろした。
切断された腕が飛んで行く。
だが次の瞬間、別の腕に捕まるエルネスト。
手を動く腕に向ける。三たび、同じ呪文を唱える。絶対に外せない。虹色の光がエルネストを掴んでいる腕の付け根に当たり、青い血が飛び散り脳筋は手から逃れた。
だがこれじゃ倒せない。もっと強力な術だ。
自由になったエルネストが二本目に腕を切り落とす。
「『葉を揺らし香りを運び雲を流す。優しい囁き唸る轟音見えない奔流、其を操るは風の精霊よ。シルフ、そのお力を我に貸したまえ。破壊の渦!』」
手から放たれた光が魔物の鼻っ柱に当たり渦を巻く。それから爆散。
血をぶちまけながら、よろけ唸る魔物。すかさずその胸に飛び込み切りつけるエルネスト。
もう一度、呪文だ。
「さあ、早く立って」
聞こえた声に耳を疑う。
振り返るとすぐ後ろにカロンがいた。涙でぐしゃぐしゃの顔をしたタラマンカに肩を貸して立たせようとしている。
「ジスラン、前!」
エルネストの叫びに顔を戻す。目前に魔物の腕。
「先輩!」
カロンの叫び声。
とっさによけ、逆に腕にしがみつく。
「逃げろ、カロン!」
魔物は怒っているのか叫びながら暴れまわる。その尾もブンブンと振り回されている。
「カロン!」
距離を取れ。そう叫ぼうとした時、魔物のトゲだらけの尾がカロンを直撃した。はね飛ばされ、地面に叩きつけられる。その腹からは赤い血が流れ出した。
「カロン――!!」
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