1・4 あと一週間なんだぞ

 エルネストと俺が勇者部隊という新組織に入ったことは、あっという間に広まったようだ。

 夕方に本部となった文書だらけの部屋を出ると、シヴォリ侯爵夫人とタラマンカ伯爵令嬢をはじめとした女性たちが待ち構えていたのだ。


 彼女たちは白い目をするエルネストと興味深げな顔をするバルトロをものともしない。魔王という脅威については実感がないからか、はたまた作り事と思っているのか、気に掛けていないようだった。


しなだれかかる夫人の腰を抱き、令嬢の手を取り、今日のキャンセルを詫びる。


「ジスラン」

 それぞれに俺を誘う女性群のはるか後方から、幼馴染が声を掛けてきた。

「夕飯はうちで取らないか」堅物騎士はいまだに実家暮らしだ。「ご両親にも任命されたことを報告したほうがいいだろう」

「いや、神殿に帰る。祭祀の担当替えをしないとならない」

「そうか」


 エルネストのほうは副隊長が代理を務めると話が済んでいるからいいが、こっちはそうもいかないのだ。


「うちの親にはお前から話しておいてくれ」

「構わないが、ちゃんと顔を見せに行けよ」

「分かった分かった」


『親を大切にするのはいいが、そんなんだからまだ童貞なんだ。バカめ。いい加減、真っ先に報告したい相手を作れ。25だろ?』

 本当はそう言ってやりたいが、女性陣の前でヤツの秘密を暴露するのは可哀想だから黙っておく。


 真面目で堅物のエルネスト。予想どおりに聖なる力の扱いに苦戦した。

 昼間に一度、外で試してみたのだ。書き写した呪文を持って行き、簡単なものから順に。俺は造作もなくできた。だがあいつは。古語を読むのにつっかえるわ、上手く発動しないわで散々だった。


 だがエルネストのことだ、コツを掴めばすぐに俺より上手くやるはずだ。


 それに文書によれば勇者それぞれに得意分野とスキルがあるらしく、俺がケガを治せたのはスキルだった。他のヤツらは出来ないらしい。エルネストのスキルはまだ分からない。



 ◇◇



 ご婦人たちと名残惜しい別れの挨拶を濃厚にしてから、神殿に入る。すぐに周囲の神官たちが寄ってきた。今回のことにおさも関わっているから、ご婦人たちよりは事態を深刻に捉えているようだ。


 と、奥からカロンがパタパタと走り出てきた。彼女は俺の帰着はほぼ分かるらしい。女性のざわめきがしたら絶対に俺が中心にいるからだそうだ。

「お帰りなさい、先輩! 夕刻のお祈りをしますか」

「ああ」

「すぐに準備します」

 カロンが奥に戻って行く。


 神殿では決まった時間に礼拝をする。出られなかった者は別個で祈りを捧げてもいい。言い換えれば、やらなくても構わない。だが俺は可能な限り、祈る。これもラクに生きるためには必要なこと。

 やることをやっているから、プライベートのことを(強くは)追及されない。

 それに俺のおかげで、熱心にお布施をする信者が増えた。ほぼ女性だが。


 囲んでいたヤツらから抜け出すと、同期の神官ダンテだけがついてきた。

「カロンもよくやるよな。もう見習いは終わりだろ」

「まだ後一ヶ月ある」

「ふうん」


 神官・巫女とも最初の二年は見習い期間で、正規の祭司たちの手伝いをしながら教義や神殿でのことを学ぶ。カロンは一ヶ月後には正巫女になる。


「なんで彼女はお前の世話を焼くんだか」

「決まってる、尊敬してるからだ」

「神官としては、な。プライベートはクズなのに」

「プライベートがクズでも、神官の俺にはそれを上回るカリスマがある」

「それはそうだが、自分で言うな」

「事実だ」

「カロンがいなくなったら、ジスランを手伝う見習いはいないぞ」

「構わない。自分でやればいい」


 ダンテは肩をすくめると、離れて行った。

 同僚に俺の味方は少ない。上部は俺の才を認めているが、それが凡夫たちは気に食わないのだ。そんな中でダンテは数少ない友人だ。


 ひとり奥に行けばカロンが寄ってきて、準備を終えた香炉を渡してくれた。幸い主神アマーレ像の前に人の姿はない。そこに進み出て、香炉を上下左右に動かしフーシュ教の印を描く。

 個人的に祈るときは香炉はなくても構わないのだが、カロンが必ず用意してくれる。


 跪き香炉を床に置き、夕刻の祈りの言葉を唱える。重なるカロンの声。いつもどおりに左後にいる。

 彼女の実家スピーナ家は数多くの高位神官や巫女を輩出している名家だ。だからカロンは、巫女になるように育てられたようだ。教義についての知識は幅広く、当然のこと信心深い。

 そんな彼女から見て俺は最高に尊敬できる神官らしい。

 もちろんプライベートは別だが、それでもよく手助けをしてくれている。


 だけど俺はしばらくの間、神官としての仕事はできそうにない。



 ◇◇



 祈りを終え神殿を出る。すぐ隣にフーシュ教会の本庁舎。だがそちらには向かわず庭園に足を向ける。

「先輩? どこへ?」

 カロンは不思議そうに尋ねながらも、きちんとついてくる。


 人気ひとけがなくなったところで足を止めてカロンと向き合う。薄暮の中、むせ返るような花の薫りが漂っている。共にいるのがシヴォリ侯爵夫人だったら、色っぽいことをするのにちょうどいい雰囲気なのに。残念だ。


「カロン。私はしばらくの間、勇者部隊にかかりきるになる。担当している祭祀全てから外してもらわなければならない」

「そんな!」

「カロンは私の手伝いがなくなるんだぞ。良い機会だろ? 一度実家に顔を出しに行ってきなさい」


 彼女の実家があるのは、都から離れた地方都市だ。片道二週間かかる。往復で一ヶ月。遠すぎるため、カロンはこの三年一度も帰省していない。


「護衛は私が雇う。直ぐに休暇申請を……」

「イヤです!」

 カロンが叫んだ。俺の言葉を遮って。滅多にないことだ。

「私は帰りません」

「どうしてだ。正巫女になったら数年間はひと月の休暇は難しいぞ。今のうちに帰るべきだ」

「元より二度と家族に合わない覚悟ですから。我が家での出家は、そういうものなんです」


 嘘だろ。どれだけ信仰に厚いんだ。


「それに戦っている先輩を置いて帰るなんて、できません」

「私は問題ない。事務官がついたから部隊での雑務は彼がやる」

「だとしても、です。でもお気遣いはありがとうございます。……光栄です」


 カロンはぺこりと頭を下げると、走り去っていった。





 だけど一週間もすれば、この都には魔物が現れる。時間はないんだ。

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