2・1 過信されても

 朝の礼拝は普段以上に厳粛だった。

 昨晩の夜礼でおさが魔王の復活について正式に話したのだ。そして今後の礼拝では毎回、平和と国家の安寧、それから勇者の生還についての祈りも捧げるとことになった。


 夕方には『なんでジスランが勇者なんだ』とやっかんでいたヤツらが『自分が選ばれなくて良かった』と胸を撫で下ろしている。あいつらはまとめて魔物に喰われればいい。


「よ、ジスラン。夕方ぶり」

 礼拝が終わったとたんに後ろから肩を叩かれた。ダンテだ。

「しっかり祈っておいてやったぞ、生還を」

「エルネストのをか?」

 笑みを浮かべたダンテがまた俺の肩を叩く。

「心配するな。お前がくたばったら愛人たちの面倒は俺が見てやる」

「違うぞ。『熱心な信者たち』だ」

「言い換える意味があるのですか。みなさんご存知なのに」


 ツッコミが入った。カロンだ。庭園で俺の前から走り去った彼女だったが、その後はいつも通りの振る舞いだった。でも俺が長期休暇の話をしようとすると、目を吊り上げて無理やり話題を変える。真面目すぎるカロンは、長期休暇は悪だと思っているらしい。


「今日も一日王宮か?」とダンテ。

「ああ。時間が足りない。おかげでご婦人たちの相談にも乗れない」

 俺の大事な癒しタイムなのに。

「堅物エルネストが一緒だと、彼女たちを呼ぶこともできないか」

「あいつはどうでもいいが訓練は危険だからな」

「ふうん。順調なのか」

「私は」

「なるほど」

「あいつはコツを掴むまでが時間が掛かる」

「さすが幼馴染。だから一緒に選ばれたのか」


 確かに。今のエルネストしか知らないヤツだと、あいつの苦戦具合に驚いただろう。不安になったかもしれない。

 逆もまた然り。


「でも選抜の理由はくだらないぞ。顔だ。女神様はイケメン好きらしい」

「そんな理由で!」

 カロンが小さいながらも怒りを滲ませた声を上げる。

「まあまあ」とダンテが彼女の肩に手を乗せる。「ジスランは女神の寵愛を受けているということだ。こいつならへらへら笑っているうちに魔王を倒してしまうよ」

「……そうですけど……」

「へらへら、か。では実際にそうなのか確認する係にダンテを任じてやる。戦うときは同行してくれ」

「構わないが全力で俺を守れよ」

「男を守るのは楽しくない」

「クズが」

 ダンテは笑顔で悪口を吐き捨てる。まったく、ろくでもない同僚だ。



 ◇◇



 新しい職場、魔王退治課本部に出勤すると、既にエルネストとバルトロが来ていた。堅物騎士は眉を寄せて文書を読んでいる。

「どうだ。少しは慣れたか」

「全くだ」

「暗記もするんだぞ。カンペ読みながらは攻撃できないんだからな」

「分かってる」


 前回の魔王討伐のときも騎士がいたらしい。剣を媒介に聖なる力を使う術もあった。エルネストにはそれらを習得してもらう。となるとカンペに頼っていては、剣を思うように扱えない。

 魔物の出現まであと六日。


 今朝方に長に確認したが、女神からの新しいお告げはなかったそうだ。早いところ勇者の残り三人を寄越してほしいのだが。


「ではお二人が揃ったところで」とバルトロが傍らの紙を手にした。「まず訓練場所ですが、陛下より王宮の北の森を好きに使って良いとのお言葉をたまわりました」

「森を?」

 エルネストと顔を見合わせる。

「はい。樹木のことは気にしなくて構わないそうです。むしろ対象物があるほうが訓練しやすかろうとのお心遣いをいただきました」


 昨日の訓練は騎士団の鍛練場を借りた。

 だがずっと借り続けることはできないから、他に場所を欲しいとは思っていたのだが、まさか森とは。


 昨日の玉座の間で聞いた話では、魔界と地上を繋ぐ出入り口は北の森にあったらしい。そしてそこで魔王を倒した。

 だからその場所に碑を立て、常に監視できるようすぐそばに王宮を築いたという。


 森を荒らすのは気が進まないが、どのみち魔物が出現したら、そうも言っていられない。今回も繋がる場所は森と目されると女神が告げているらしい。ならば今のうちに慣れておくほうがいいのかもしれない。


 バルトロはその後、昨日決定した魔王並びに魔物対策について説明をした。結果分かったのは、国王以下権力者たちは女神に選ばれた俺たちが全てを解決すると信じている、ということだった。

 戦いについて全くの素人だっているのに。しかもやる気はゼロだ。

 エルネストは命に代えてでも、魔王を倒そうとするだろうけど。バカ真面目だから。




 扉を控えめに叩く音がした。

「どうぞ」

 と声を掛けると、扉を開き中に入ってきたのは王宮に務める侍女ふたりだった。


「どうかしましたか」とバルトロ。

 だがどう見ても彼女たちの目的は俺だ。視線が俺から外れない。

 立ち上がりふたりの元へ行く。


「お邪魔してすみません。大変なお勤めのお供になれば、と」

 彼女たちが差し出したのは菓子の詰まったバスケットだった。

「侍女有志からです」

「そうですか。ありがとうございます」

 にこりと微笑んでやれば、彼女たちの頬が朱に染まる。今でなければ楽しいことに誘うのに。


 ふたりの手を取り、

「いずれ、じっくりお返しをいたします」と言う。

「いずれなんて言わずに……」と侍女。

 ごほんと咳払い。勿論エルネストだ。アホ騎士の鋭い視線に、彼女たちは慌てて『失礼しました』と逃げ帰ってしまった。


「エルネスト。お前はそんなだからモテないんだ」

「モテてはいる!」

「なら、さっさと恋人のひとりでも作れ。万が一魔物に殺されたら卒業できないままだぞ、童貞」

「え!」とバルトロ。

「お前みたいに軽い付き合いをするくらいなら、それで構わないね」

「え!」とまたバルトロ。

 俺にもの問いたげな顔を向ける。

「信じられないだろう? こいつは堅物を拗らせすぎなんだよ」

「なるほど」バルトロはしたり顔で大きく頷いた。「だいたいあなた方が分かってきましたよ。ふたりを足して二等分すると、ちょうど普通の人になるんですね。女神様もよく考えて選んでらっしゃる」


 そうなのか?

 確かに俺たちは両極端だが、女神にそんな深慮があるならそもそも俺を選ばないと思うんだが。

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