ラップド狐と狸

@Bub_and_peace

にのたち(高校二年同クラ捏造)



「騙された……というかこーいうの、狐に包まれた感じって言うんだな……」


振り返った二宮は

"こいつ馬鹿だなぁ〜"とでも言いたげな顔で

こちらを見る。いつもの顔だ。

___________________


 文化祭の打ち上げの日

太刀川が距離を測り損なった事で

以降二宮とは前にも増して溝が深まってしばらく経つ。

以前からなので本人達以外には感じ取れない程ではあるが

今では互いにいがみ合う事も無くなっていた。


-最後に焼きついた二宮の顔は、馬鹿な俺にも分かるくらい

絶対クラスの誰にも、家族でさえ見せたことない表情だったと確信してる。


そんな己に一抹の寒気やら感じつつ、

普段 後悔などとは無縁の太刀川はモヤモヤした時を過ごす羽目になっていた。


初秋の昼休み、

生徒たちの浮かれた声色の中、太刀川は若干の曇り顔で加古を剣道部の部室に呼び出していた。

あの日の事実をうっすら聞く為に。


「なぁ、あの 文化祭の打ち上げ終わりに言ってたあれって、嘘なんだろ? 」

太刀川は癖で髪をくしゃっと掻いた


「う〜んそうねぇ、……わたし、なんて言ったかしら? 」


「俺とアイツがキスしてたっ て……やつ」


「アイツじゃわからないわ?」


教室に帰れば後で周りの女子に茶化されるのも

男子にヤッたか聞かれるのも想像に容易い。ボーダー隊員は目立つのだ。

これが既に面倒臭い状況であり

この際 加古にあれこれ勘づかれる面倒臭さが増えたところで

太刀川には大差無いような気がしてきた。


「……に の み" ゃ」


いつもの白々しい加古の振る舞いに脱力しながらも曲がった口元で太刀川はそう答えた。


「あぁ そんな話したわね。えぇ うそよ 面白いと思って言っただけだもの。そんな前の事聞きにわざわざ呼び出したってことはなにか…」


ここで予鈴の音に救い出された太刀川は

加古を教室へ戻すよう丁重に促すと

自分はカバンも取りに戻らずにその足で

この町で1番大きな建物に向かうバスへと乗り込んだ。

エスケープである。


___________________


「はぁーーーーーーーーー〜〜。」


既に5人から得点を奪った太刀川が

それでも己の雑念を取り払えず大きなため息をついた。


静まり返った個人ブースの中はモニターの明かりだけが煌々と主張している。

天板にべったり突っ伏す太刀川のまつ毛の影が頬に落ちて、瞬きの度その長さを変えているだけ。


どれくらいそうしていたか、もう帰ろうかとカバンを手に取り電源を落とすつもりでモニターに目をやると、新規でブースに入って来た隊員の羅列がポツポツこの瞬間も更新されており

自分の部屋番号は徐々にフレームアウトしそうなところまで来ていた。


ふいにぽこっと現れたその隊員の得点と

セットトリガーを見落とすことはなかった。


このモヤモヤは自身には毒であると、言い訳がましい事を頭が言い出すよりも前に手が対戦のリクエストのボタンを押していた。


太刀川にしてみれば画面が更新されるまでの

たった5秒間程がもどかしくてならなかったが

相手もそうだと言えるだろう。


転送された先、褐色ジャージのポケットに両手を入れて 瞼を少し伏せた二宮が目の前にあった。

トリオン体で構築されたそれは本物にどこまでも忠実で、

うっかり胸が狭くなる感覚に陥ったのは

しばらくこの人間を取り上げられていたからか、久しぶりに好敵と対峙した事から来る戦闘本能か、そのどちらもか。


「よぅ……二宮ぁ、珍しいじゃぁん」


「……断んねーんだ? 」


___________________


 「キス……はした……でも、してなかった……」

太刀川は加古と別れたあとボーダー本部終点のバスに揺られていた。

どこまでも続く瓦礫の山を見るともなしに見ながら、かろうじて声になっているような独り言を繰り返す。


-俺が馬鹿なのとお前が昼食べ損ねたのは

関係ねぇし

俺が馬鹿なのと回って来たプリントが俺の分で終わったのも関係ねぇし

模擬店が逆転メイド執事喫茶に決まった事も関係ねぇし


つい最近まであった二宮の理不尽な絡みに対して太刀川が思って来た事を反芻する。


『俺は嫌いとかじゃ無いけどアイツが俺のことすきじゃないんだろ。』何回そう答えたか。


どうして同じボーダーなのに仲良くないのかと、聞きやすそうな太刀川の方には良く問われることがあったが太刀川自身もしらない。


-そう、嫌いじゃない。むしろ強い奴好きの俺としては滅多にいない人材だし仲良くしておけば対戦相手には困らなかったはず。

あれ……?何で仲良くなれなかったんだっけ?

いつもあいつが先に俺の事見てて

睨んだり小言を言ってきて……て……

俺にだけ……


眉の少し上を指でなぞりながら半分だけ顔を覆い、普段染まらないそこが少し赤くなっていく。


-あいつが昼食べ損ねたのは、頼んでもないのに俺の委員の仕事待っててくれたからだ。


-無くなったプリントの時は、代わりに後ろの奴に冗談でハグしたら自覚しろとかアホとかうるさかったけど……ボーダー隊員としての自覚だと……思うだろ


-模擬店のときは、一番反対してたくせに当日一番やる気で売上も一位だった、……それも全部かよ……


___________________


 少し離れて並ぶのは、真新しいのに前方側面がやけに擦れたスケートシューズと、きっちり手入れされたローファー。


太刀川と二宮はエアコンの効いた最終バスの後方で、カバンひとつ分離れてはいない距離にいた。

模擬店の売り上げ上位者数名で打ち上げが行われた帰り、

太刀川はバスの重く鈍い走行音にかき消されない程度の声で伺った。

「なあ、二宮さっきの加古のアレ…そうなの…?」

サラッと聞くつもりが気が滅入ってか少しもたつく。


「お前はウイスキーボンボン食い散らかして寝てたから気楽なもんだな、弱いにも程があるだろうバカが。」

乗ってからほぼ外の瓦礫ばかりを目で追ってる二宮はいつもと変わらない口調だ。


「大貧民はずっとビンボーなんだぞ、あんな罰ゲーム俺だけ不利じゃん!お前だって同じようなもんだったろーが」


そう二宮もまた貧民で、大貧民と貧民は数こそ差があるもののしばらくの間ウイスキーボンボンを口に運ばれていた。

そのあと酔っ払い気味に寝てしまっていた2人は、仲良く隅に追いやられていたのである。


しばらく経って後ろに目をやると2人はキスをしていたのだと加古は言う。


「で、お前、なんでそんなことしたんだよ」

「俺がする訳ないだろう」と太刀川の質問に食い気味で答える二宮。

「じゃあ俺が? ん? ならお前避ければ良かっただろ……! 」


痛いところを突かれ瞳を丸めた二宮は

まさか自分も覚えていないなどとは言えずに

慌てて変な事を口走った

「避けずにいてやっただけだ…」


「はぁーーーー!?」意外過ぎる返しに面食らって思わず声を荒げると運転手がチラと様子を伺う姿がルームミラーに映り込む。


大規模侵攻後、バスの利用客も本数も激減し

こちらの方面は殆どボーダー関係者くらいしか利用してはいなかった。今の乗客は二名。

とは言え太刀川は少しばかりトーンを落とす。


「酔った俺がキス、しようとして?シラフのお前が?じっと待ってたって事?」


「……なんだよそれ」


「いや……多少俺からも……行ったからな」

もうめちゃくちゃである。


"待ってた"と思われるのだけは不名誉だったのだ。二宮の頭の中は"しまった"の文字で埋め尽くされて益々瓦礫を追うことしか出来なくなった瞳が落ち着かない。


実際はキスした事実など無いのだ。

無い事実でここまでヒートアップできるというのは、これまでお互いダラダラと意識して来た成果かもしれない。


気重なオーラを纏った二宮の背中にそれは投げかけられた。

「……じゃぁ、その時の再現してみろょ

おれ、どんなだったよ……?」

急にトーンの下がったその疑い混じりの挑発に、二宮は今日初めて太刀川を正面から見る事となる。


ふつん。


瞼を半分伏せて目は若干泳ぎ、胸の辺りは大きく上下している。


それを見た二宮の頭の中では理性の結び目が解ける音がした。これまで不覚にも太刀川にだけ何度もほどかれては結んできたそれ。

太刀川から目が離せないまま、年齢にしては無骨なその左手をゆっくり動かして、こちらをじっと見ている太刀川の肩の所までもち上げて行く。

そこからさらに身体伝いに掌をすべらせ、だらし無く開いたままのカッターのカラーごと鎖骨を覆った。

エアコンの中だというのに汗が滴る。


二宮はそろりと呼吸を完了させ体を少し前に倒していく。車内の降車ボタンの赤が頬に反射していた。


___________________


 イヤホンのコードが床まで垂れ下がり、その脇でスケートシューズとローファーは先程とは違い鼻先を突き合わせていた。


それを真似するかのように

持ち主の唇にもう一つの唇がゆっくりと近づきふにと当てられて暖かな呼吸が混ざる。


つばを飲み込んだであろう喉の動きが

二宮の手には伝わって来て胸が高鳴った。


一度ふにゃりと潰れてしまった太刀川の唇に弾力が戻り、意志を持って触れ返す。

これは明らかな受け入れで続けても文句はないと言うこと。

一度顔を離して表情の見える所まで戻ると

太刀川は真っ直ぐ二宮の瞳を見ていた。

ヘラヘラもしていない、ポヤッともしていない普段見ない真剣な太刀川の表情が 今の異様さを

くっきりとあらわしていて

言いようも無い背徳感が鳥肌となって二宮を駆け上がる。


「俺からも行ったと、言ったんだが……」

数分前の自分の嘘にあやかる二宮。


二宮は唇に視線を落としてから、さっきよりはっきりとそこへ触れた。

そしてもう一歩だけ前へ力を加え自身の唇を小さく開くとそれに勝手について来る太刀川の唇が少し開かれる形で止まった。


それから間を置いてやるとさっきの言葉を聞いてか、おずおずと太刀川の舌が誘き出される形で顔を覗かせた。


何かを探しているそれを放っておくと

少し困惑した様子を見せ始める。

ひと呼吸置いて温かな舌先でトンと押してやると、太刀川の身体が少し跳ね 仰け反り唇は離れてしまった。


重々しく減速するバス

揺れる度にキュッキュと鳴く広告のパネル越しに嵐山がこちらをキリリと覗いていた。

『ボーダー隊員募集!!!』


間髪入れず、自動アナウンスが太刀川の目的地を知らせて さあ降りろと言わんばかりに大口を開け始める。


顔を真っ赤にし焦った太刀川はここで距離を測り間違えたのだ。


___________________


 キスの後、そそくさと鞄を掴んで逃げるように降りてきてしまった太刀川が一度だけ振り返った時、二宮は半分立ち上がりそうに、少し心許ない表情をしていた事が何度も思い出される。


-何か言えば良かった、

明日学校でな、なり誰にも言うな、なり。

何をどう言うべきだったのか俺にはわからん……俺たち話すキッカケっていつもどうしてたっけ?


などとダラダラやっていた2ヶ月間だった。

___________________


 後方の扉が勝手に開けられて怪訝な顔でそちらへ向き直る二宮。背後の画面には上下同数の○印と、△がずらりと並び、

先程までギャラリーを沸かせた戦いはドローという煮え切らない形で終了していた。少なくとも本人達以外には。


「にのみや…!」走って来たのか太刀川は言い放った後普段より大きく呼吸した


「お前…………。嘘ばっか! 」


___________________


 先程までのランク戦とは打って変わって

苦々しく澱んだ顔をした2人が黙っていたのは5分かそれ以上か。


「騙された……というかこーいうの、狐に包まれた感じって言うんだな……」そして沈黙は破られた。

振り返った二宮は

"こいつ馬鹿だなぁ〜"とでも言いたげな顔で

こちらを見る。いつもの顔だ。


「え、今の使い所おかしかったか…?」


「包まれるじゃなくて つままれるだアホ。」


「……はぁーー。頭痛がする。俺は帰るからな。」


「いや待て待て、待てよ!」

二宮の腕を掴むとその本当に帰るつもりの力に引かれてその勢いで2人は雪崩れ転んだ。

「お前といると碌なことがない……! 」


また"あの顔"をしてる



と思ったら


かっこいい顔をしてた。

-べつに昨日今日顔が変わったわけじゃないんだから、変わったのは俺か……

太刀川は癖で髪をくしゃっと掻いた。


「お前って、案外騙されやすいの? 加古のあーいうのは付き合い長いお前の方がよく分かってても良くねぇ? 」


「……それともそうかもしんねぇって

思っちゃった理由があんの……? 」

冷やかしに聞こえないようにマジメに聞いてみる。

体制は快適ではないはずなのに起き直らないでいる。2人にとって鼓動よりうるさいものはここには無かった。


「…とうとう したんだと、思った」


「したいと思ったことが、何度かあったからな」


「!二宮ッッ!? 」

-それって、まんま告白じゃん、分かってんのかなこいつ……


こんな時まで偉そうな態度の二宮の口からは

パーソナルスペースをお互いに犯している故か、意外すぎる言葉達が並べられた。

普段はしない素直な物言いに逆に隙がない。

二宮は今までの中でいちばんかっこよかった。


「……俺も……だったのかも…… 」

今回の一件で意識するのならきっと放っておいても同じ結果になっただろうと太刀川は楽観的に受け止めることにした。


恋愛に興味の薄そうな太刀川にここまで言わせたのだ、二宮の忍耐勝ちと言っていいだろう。 


目が合えばあの日の続きが始まってしまいそうで、わざと外していたふたりの視線が

若さに委ね自由に交わっていく。


___________________


 こういう時、目を瞑るのが暗黙の了解なのだが、お互いの動向が気になる2人はゆるく開いた瞼から 結ばれたくちびるの辺りををぼうっと眺めていた。


-やわらかい あったかい いつ終わるのが正解…?


お互いの唇は割り開かれて口角の隙間から

どちらのものとも言えない唾液がキラキラと光っている。


「俺…この体制つかれた」

先に唇を外したのは太刀川だった。


少々熱った顔の二宮は不服そうに見下ろして

太刀川を引っ張って行き壁にもたれさせ

さらに絡めた手を壁に押し当てて続きを遂行する。

「お前、こんな事平気で俺にしちゃう訳!?恥ずくて気が散るんだけど…… 」


「俺はお前に恥じらいがあった事に安心しているが」

太刀川とは違い普段乱れることのない衣服や髪が、今はほんの少し乱れ 思った以上の色気に腰がひけた。


「もういいって、ギブギブ!また今度! 」

二宮は二宮で普段見ない太刀川のギャップを浴びるほど堪能して、さらに今後の約束までとりつけたとあって有頂天な顔を見せた。


___________________


「ねーねーまさたかくんはさ〜

俺のどこがそんなに好きなわけ〜?」

太刀川はニヤニヤツンツンしながら雑に聞いてくる

しかも日曜本部の廊下で。


「シャツを引っ張るな…アホ川!」


「チッ… だから言いたくなかったんだ」

ボソッと嫌味を口にしながら二宮は

太刀川とは取り合わない姿勢をつらぬくと決め


前方がやけに擦れたスケートシューズと

きっちり手入れされたローファーは

『新規隊長 初顔合わせ会議』に向かって行った。

___________________

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラップド狐と狸 @Bub_and_peace

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る