男の心で男を愛すなら、それは紛れもなくゲイ!

 翌日の正午、ゲイケメンの4人は大学構内にある学生会館の一室に集合していた。臨時のミーティングである。

 臨時の場合、当局から弁当は支給されないので、各自パンとかおにぎりとかリブロースステーキ重(肉2倍)などを持参して食べている。言うまでもなくその内のひとつはすでに空だ。


「今、確認した。やはり頑として身元を明かさないそうだ」

「そう、困ったわね」


 1号と2号の表情が暗い。4号の表情はさらに暗い。今回の厄介事の張本人だからだ。


「すみません。ボクのせいでこんなことになっちゃって」

「謝る必要はないわよ。4号にとっても災難だったんだから」


 昨晩、ナイフ女が逃げ去って10分もしないうちに2号が現場に到着した。ケガの治療のために2号が大学病院内に設置された「ゲイゲメン専用医療病棟」へ少年を運び、4号はそのまま帰寮した。当然夕食には間に合わずカップ麺で空腹を満たした。


「私が何者かは言えません。名前も住所も電話番号も秘密です。あっ、年は教えてあげますよ。18才です」


 2号が訊いても医者が訊いても特別に出張してきた政府の風紀委員会のおっさんが訊いても、少年の返事は同じだった。そして必ず「ゲイケメンになって悪女を懲らしめてやりたい」と言うのである。


「警察の行方不明者リストに載ってないんですか」

「それは最初に調べたのよ。該当する人物はなかったそうよ」

「そうですか……あの、ちょっとボクの意見を聞いてもらってもいいですか」


 いきなり4号が立ち上がった。いつもとは別人のような積極的態度である。


「構わんぞ、言ってみろ」

「あの少年は絶対にゲイケメンに入れるべきです。だって剣一本でナイフ女を撃退したんですよ。ボクなんかよりずっとゲイケメンに相応ふさわしい人物です」

「まあ、それに関しては否定しないわ。そもそもどうしてあんたみたいな女性恐怖症がゲイケメンに推薦されたのか、今もって謎なのよね」

「うっ、ボクってそんな風に思われてたんだ」


 この一言で先ほどの積極性はいっぺんに吹っ飛んでしまった。力なく着席しようとする4号。


「2号、横から口を挟むな。4号続けろ」

「あっ、はい」


 4号は気を取り直して再び話を始めた。


「昨日の手紙、覚えているでしょう。5号は自分を脱退させて新しいメンバーを入れることを望んでいました。その手紙が到着したまさにその日に、あの少年が現れたんです。なんだか運命的なものを感じませんか。きっと神様がボクらのために遣わしてくれたんですよ。あの少年はいわば神様からの贈り物です。有難く受け取るべきだと思うんです」

「あんた、ファンタジーの読み過ぎね。そんなのただの偶然よ」

「うっ……」


 2号の辛辣な言葉を受けて4号のヤル気はだだ下がりしてしまった。無言で着席すると机に「の」の字を書き始めた。


「2号、そんな言い方はよせ。いじけちゃったじゃないか。それにそれほどの実力の持ち主なら、ゲイケメンとして立派にやっていけると俺も思う」

「えっ、じゃあリーダーは賛成なんですね」

「そうは言ってない。4号、ひとつ忘れていないか。ゲイケメンは大学に所属する団体だ。そのメンバーは大学の関係者でなくてはならない、という決まりがあるだろう」

「あっ……」


 4号は完全に忘れていた。ゲイケメンにしてもイケレディにしても、そのメンバーはほとんど大学生だ。ごくまれに助手や教授がメンバーになることもあるが、いずれにしても大学関係者であることに変わりはない。


「わかっただろう。どんなに剣の才能があろうとその少年はゲイケメンにはなれない」


 4号は完全に撃沈した。もはや「の」の字を書く元気すらないようだ。


「まあ、そう気を落とすな。取り敢えず今日の夕方、少年と俺たちと医者と風紀委員会のおっさんで会合を持つことになった。そこで少年の処遇を決定する予定だ。さあ、これで臨時ミーティングは終わりだ。また夕方会おう」

「お疲れ~」


 1号と2号が扉を開けて部屋を出ていった。ドローンは窓を開けて外へ飛び去った。4号は椅子に座ったまま「行きたくないなあ~」とぼやいた。


 * * *


 その日の夕方、ゲイケメン専用医療病棟内にある会議室に7名が集まった。その中の1名はドローンなので置かれている弁当は6個である。さらにその中の1個はすでに空になっているので、弁当と呼べるのは5個だけである。


「諸君、御足労感謝する。さっそく話し合いを始めたいところだが、その前に報告がある」


 司会は風紀委員会のおっさんだ。一同を見回すとおもむろに喋り始めた。


「少年の処遇が決まった。今日同席してくれている医師の助手として、この医療病棟で働いてもらう。これは決定事項である」

「な、なんと!」


 ゲイケメンの3人と少年は驚きの声を上げた。一方、医師はにっこりと笑みを浮かべている。当然事前に知っていたのだ。1号が挙手して意見を述べる。


「ちょっと確認させてください。今日は少年の処遇を話し合うために集まったんですよね」

「そうだ」

「少年の処遇が決まったのなら、もう話し合うことはないじゃないですか」

「そうなるな。解散しても構わないぞ」


 あまりにもあっけない会合であった。弁当を食べる前に終わってしまうとは。しかしここで4号が挙手した。


「病院で働くってことは、つまりこの少年は大学の関係者ってことになりますよね」

「そうだ」

「それならばゲイケメンのメンバーになれる資格を持っているってことですよね」

「そうなるな。ただし当局からは推薦しないことが決定している。メンバーにするには現メンバーの過半数の賛成が必要だ」

「やったー!」


 4号は立ち上がって喜んだ。これほど話がうまく進むのだから、この少年の出現は間違いなく運命の為せるわざ、神様からの贈り物なのだ、そう思わずにはいられなかった。


「お待ちください。その前にゲイケメンの皆さんにお知らせしたいことがあります」


 先ほどまでにこやかだった医師の顔から笑みが消えている。どうやらこちらも重大なお知らせのようだ。


「何だろう。もしかして少年が悪い病気にかかっているとか?」

「いいえ、健康そのものです。実はそこにいる少年は少年ではないのです。少女です。性別は男ではなく女なのです」

「えっ、えええー!」


 出席しているゲイゲメンの3人はもちろん、滅多なことでは驚かない3号の声までドローンから聞こえてきた。


「あり得ない。男女接近センサー が、反応、していない」

「そうですよ。昨晩だって女性恐怖症のボクが平気で会話できたし、傷口の血を拭くために直接肌に触れても少しも嫌じゃなかったし、今だって隣同士で座っているのに心臓がバクバクしないんですよ。女性のはずがありません」

「あたしだって信じられないわ。どんなに男の振りをしても絶対見破れるあたしの眼力を欺くなんて。何かの間違いじゃないの」


 口々に疑問と文句と主張を言い立てる3号、4号、2号。しかし1号はリーダーだけあって冷静だった。穏やかな声で元少年に訊ねる。


「今の話、本当なのか。君は女性なのか」

「はい。私の性別は女です。でも別に皆さんを騙そうとしたわけではありません。私は一度も自分が男だとは言っていないのですから」

「そ、そんな……」


 ガックリとうなだれる4号。2号もショックを隠せない。だが3号の疑問はまだ解消されていない。


「いや、待て。それならなぜ、センサーが感知、しない。性別ステルスデバイスを、所有して、いるのか」

「それに関しては私が説明しましょう」


 医師は会議室のスクリーンを指差した。元少年の検査結果が表示されている。


「身体的特徴も染色体もテストステロン値も全ての検査において性別は女であると判定されました。しかしながら電子センサーの反応は全て男性、もしくは不明という結果しか得られないのです。世界に10台しかない超精密性別判定センサーを用いても、やはり女性という結果は出ませんでした。その原因は今のところ不明です」

「なるほど。やっと飲み込めた」


 食後のお茶を飲みながら説明を聞いていた1号は、挑むような顔を風紀委員会のおっさんに向けた。


「元少年を医師の助手にした理由、それはセンサーが働かない原因を突き止めたいから。そうでしょう」

「君は物分かりがいいな。その通りだ。他に質問は?」

「ない」

「では会合は終わりにしよう。解散してくれ」

「ま、待ってください」


 4号が慌てて引き留めた。こちらはまだ話し足りないことがあるようだ。


「何だね」

「元少年をゲイケメンのメンバーにすることは可能ですか」

「先ほども言った通りだ。現メンバーの過半数が賛成すれば可能である」

「ちょ、あんた何を言っているのよ」


 たまらず2号が口を差し挟んだ。4号が正常な思考をしているとは到底思えなかった。


「元少年は女なのよ。メンバーにできるはずないじゃない」

「でもセンサーには反応しないし、一緒にいても全然平気だし、それになにより元少年がそれを希望しているんですよ」

「4号さん、ありがとうございます。皆さん、私からもお願いします。ゲイケメンに加えてください」


 元少年は立ち上がると深々と頭を下げた。その殊勝な姿に一同心を打たれたが2号だけは違っていた。


「無理だって言っているでしょう。あんたは女なのよ。そんなに悪と戦いたいのならイケレディになればいいじゃない」

「できません。体は女でも私の心は男だからです。思考も嗜好も志向も体以外の何もかもが私は男なのです。この強烈な精神から発せられる男の魂がセンサーを狂わせて、私を女と認知できないのではないかと思っています」

「体が女で心が男……」


 確かにそのような人間は存在する。体と心の性別が一致していないのだ。それは認めるとしてもゲイケメンのメンバーにすることは認められない、2号はあくまでもその考えに固執していた。


「そう。でもだからどうだって言うの。心が男でも体が女であることに変わりはない。ゲイケメンの資格を満たしていないわ」

「いや、それは違うと思うぞ、2号」


 1号から思ってもみなかった言葉が投げ掛けられた。白目を剥いて食って掛かる2号。


「何が違うって言うの。あたしたちはゲイでイケメンな戦闘集団。女を加えることなんて絶対不可能でしょう」

「ゲイという条件は確かにある。だが『女に資格はない』という条件はなかったはずだ。そうですよね、風紀委員会の方」


 1号に問われた風紀委員会のおっさんはゲイケメンの資格条件をスクリーンに映し出した。


『悪を滅ぼす強い信念と卓越した戦闘技術を持つ、ゲイで容姿端麗な指定大学関係者』


「なっ、女はダメだとは書かれていない」

「ゲイって書いてあるじゃない。女のゲイなんて聞いたことないわ」

「いいえ。ゲイとは男を愛する男のこと。私は男を愛しています。だから立派なゲイです」

「どうしてそうなるのよ。あんた女でしょ。あんたが男を愛するってことは女が男を愛すること、つまり異性愛じゃない。ゲイじゃないわ」

「違います。女が女の心で男を愛するのなら確かに異性愛です。でも私は男の心で男を愛しているんです。ですから同性愛です」

「そうは言ったって心の性別なんか見えないじゃない。傍目には女が男を愛しているようにしか見えないんだから異性愛よ」

「2号、もうよせ。俺には元少年の気持ちがなんとなくわかってきた」


 2号の背中を優しく叩く1号。2号の興奮はようやく収まった。


「確かに元少年は女。男を愛する姿は異性愛にしか見えない。その点について異論はない。ところでおまえはどうなんだ。現代においてもスカートを着用するのはほとんど女だ。傍から見ればスカートをはいているおまえの姿は女にしか見えない。その状態で男を愛せばそれは異性愛にしか見えないだろう。でもおまえは立派なゲイだ。人は体ではなく心で人を愛すからだ。元少年もそれと同じなんじゃないかな。女の服をまとっていても男の心で男を愛すおまえがゲイなら、女の体をまとっていても男の心で男を愛す元少年も立派なゲイだ。俺はそう思う」

「1号さん……ありがとう。そこまで私を理解してくれるなんて」


 元少年の目尻がキラリと光った。2号はもう何も言えなくなった。まさか自分のスカート姿を引き合いにして反論されるとは思いもよらなかったのだ。


「わかったわ。元少年がゲイケメンの資格を持つと認めるわよ」

「やったー!」


 4号が歓喜の雄叫びを上げた。後は決を採るだけだ。3名が賛成すれば元少年はゲイケメンのメンバーになれる。


「今、この場で決めるつもり?」

「そうしましょう。善は急げです」

「私は、棄権、する。決定には、素直に、従う」


 3号はまったく興味がないようだ。現メンバーともほとんど顔を合わすことがないのでメンバーの顔触れなどどうでもいいと思っているのだろう。


「5号は手紙の内容から考えて賛成とみなしていいですね」


 2号と1号が頷く。


「ボクはもちろん賛成です。これで賛成が2票。2号は?」

「反対」

「リーダーは?」


 4号は確信していた。あれだけ頑固に反論していた2号を言いくるめたのだ。賛成に決まっている。これで賛成が3票。元少年のゲイケメン入りが確定だ。すでに万歳三唱の準備はできている。わくわくしながら1号の返事を待つ。


「俺は……反対だ」

「ウ、ウソでしょ」


 膝から崩れ落ちる4号。2号がにんまりと笑う。


「残念。過半数に届かなかったわね」

「どうしてですかリーダー、どうして」

「すまないな4号。俺はまだ5号をメンバーに残しておきたいんだ。ゲイケメンのメンバー数は最大5。元少年を加えるためには5号を外さなければならない。手紙にはあんなことを書いていたが、放校処分になる前に戻ってきてくれるような気がしてならないんだ。だから5号はメンバーとして残しておきたい。わかってくれ」

「……仕方ないですね。諦めます。ああ、残念だなあ。元少年と一緒に出動したかったのに」

「いや、それはやってもらうつもりだ。おまえはまだまだ半人前だからな。元少年とペアを組んでくれれば心強い」


 4号は1号が何を言っているのか理解できなかった。たった今、メンバーに加えないと言ったのに。


「まだわからないのか。ゲイケメンには補欠システムがある。本メンバーが急病やケガで長期間活動不能になった時、代わりに役目を担うメンバーだ。元少年にはその任に就いてもらおうと思っている」

「そ、そうか。その手があったか!」


 小躍りして喜ぶ4号。1号は元少年の両肩に手を置くと熱を帯びた目で見つめた。


「補欠メンバーは正式なゲイケメンではない。身分証は発行されないし出動手当もない。弁当は自腹だしお好み焼き屋で飲み食いしても経費で落とせない。にもかかわらず危険度と疲労度は本メンバーとほとんど同じだ。5号が行方不明になってから100人近い大学生に声を掛けたが、誰一人引き受けてくれなかった、そんな劣悪な役回りだ。それでも君は引き受けてくれるか」

「はい、喜んで!」


 拍手が沸き起こった。まるで土砂降りのような拍手だ。ただ2号だけは人差し指だけで叩いている。今でも快く思っていないようだ。


「では今日から君は俺たちの仲間だ。よろしくゲイケメン仮5号」

「よろしくお願いします。ばんざい!」


 仮5号は満面の笑みを浮かべて万歳をした。


 新しいメンバーを加えてついに5人そろったゲイケメン。

 目には目を。歯には歯を。穴には穴を。棒には棒を。

 頑張れゲイケメン。戦えゲイケメン。

 世界に永遠の平和が訪れる、その時まで。

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