謎の美少年
月曜正午、ゲイケメンの4人は大学構内にある学生会館の一室に集合していた。週一のミーティングだ。
出席しているメンバーは先週と同じく3人とドローン1台。置かれている弁当は先週と同じく3個で、ひとつはすでに空である。
「ではミーティングを始める。この1週間は風紀委員会からの出動要請もなく、皆も平穏な日々を過ごせたと思う。しかし油断は禁物だ。電動キックボードは常にフル充電の状態を維持してほしい」
「はーい!」
元気に返事をする4号。弁当を食べながら無言で頷く2号。ドローンからは特に反応はない
「よし。では次に悲しいお知らせだ」
1号は短パンの尻ポケットから1通の封筒を取り出した。
「あら、それ手紙? 珍しいわね」
2号がそう思うのも無理はない。今の時代、郵便制度はほとんど
「そうだな手紙は珍しい。そして差出人も珍しい。聞いて驚くな、5号からだ」
「ウ、ウソでしょ!」
2号は箸を握ったまま立ち上がった。
忘れもしない、あれはゲイケメンのメンバーとなって初めてこの部屋に来た時のことだ。ひとりの学生がふらりと起立すると、
「私は5号、4年生です。訳あって旅に出ます。探さないでください」
そう言って部屋を出たまま戻ってこなかったのだ。
それから3年間、5号は完全に消息を絶っていた。もう戻って来る気はないのではないか、最悪どこかで野垂れ死んでいるのではないか、そんな憶測さえ飛び交い始めているこの状況で、突然5号から手紙が来たのだ。驚くなと言う方が無理な話である。
「それで、何て書いてあるの」
「うむ、読むぞ」
1号の読んだ内容は次の通りである。
前略
ゲイケメンの皆さん、お久しぶりです。5号です。
私はまだ旅の途上にいます。そう言えばどうして旅に出たのか、その理由をお話していませんでしたね。
全世界の人々が等しく文明の恩恵に
でも私は思うのです。本当に全てなのでしょうか。もしかしてこの流れに乗り遅れた人々が、連合政府に知られることなくひっそりと昔の生活を営んではいないでしょうか。そして彼らの恋愛観もまた昔のままなのではないでしょうか。
私はそれを確かめたくて旅に出たのです。この3年間あらゆる場所を巡りました。山の上、海の中、大木の根元、洞窟の奥深く、人が住んでいそうにない場所ばかりを巡り歩き、彼らを探しました。
残念ながら今に至るまで私の望みは叶えられていません。今はもう、命尽きるまで探し回っても叶えられないような気がしています。私はそれでも構わないと思っています。
しかしゲイケメンの皆さんは困るでしょう。ゲイケメンのメンバーは5人以下と決められています。この3年間、私のせいで新メンバーを補充できず戦力の低下を招いたことは本当に申し訳なく思っています。
そこでお願いです。この手紙を読み終わったら、私の5号としての身分をはく奪してほしいのです。大学に在学できるのは最長8年間。残り1年を切りました。来年の3月になれば卒業できなくても放校という形で私は大学を追い出されるでしょう。
私たちのゲイケメンはあくまでも大学関係者のみによる組織。放校と同時に5号の身分ははく奪されます。それならばいっそのこと1年後ではなく、たった今、私を5号から外し、新しいメンバーを新5号として迎え入れた方がほうがあなたたちにとっても有益なのではないでしょうか。
ゲイケメン脱退願を同封しました。私の署名はしてありますのであとは4名の署名をして提出するだけです。よろしくお願いします。 草々
「以上だ。正直、俺も驚いている。そして迷っている。いかに5号の頼みとは言え、そのまま受け入れてしまってもいいのだろうか、と」
部屋の中はお通夜のように静まり返ってしまった。迷っていたのは1号だけではない。他の3人もまた最良の選択がわからず意見を出せなかったのだ。沈黙はしばらく続いた。最初に破ったのは2号だった。
「ふん、何が『よろしくお願いします』よ。自分勝手にも程があるわ。どうしてあたしたちが代わりにやってあげなくちゃいけないのよ。脱退したいのなら自分で提出すべきよ。そうでしょ」
「まあ、それはそうだが……つまり2号は脱退届の提出には反対なんだな」
「反対も賛成もないわ。5号自身の手で提出しろって言ってるだけよ」
それはつまり反対と言っているのと同じである。賛同するようにドローンからも声が聞こえた。
「脱退は、いつでも、できる。このメンバーでも、十分、戦える」
さらに4号。
「そうですよ。そもそもこの状況で5号を脱退させても意味ないじゃないですか。4人は4人のままなんですから。脱退届を提出するのは新メンバー候補が見つかってからにすべきです。それからでも遅くありません」
「そうか。俺もみんなと同じ意見だ。では脱退届の提出はひとまず保留する。賛成の者は挙手してくれ」
「はい」
2号と4号が手を挙げ、ドローンのランプが白色に灯った。これは賛成の意を示している。ちなみに反対の場合は青色に灯る。
「全員一致で保留と決まった。よし、今日のミーティングはこれで終了だ。解散」
2号と4号が扉を開けて部屋を出ていく。ドローンは窓を開けて外へ飛び去った。1号は手紙を封筒に入れると金庫の中に仕舞った。これを使う日が来なければいい、そう思いながら。
* * *
「うわー、もうこんな時間だ、急がなくちゃ」
4号は電動キックボードの上でかなり焦っていた。図書館で調べものをしているうちに午後7時を過ぎてしまったのだ。
「こんな時に限ってバッテリー残量が少ないんだよな。低速モードしか使えないなんてツイてない。ああ、お腹空いたあ。間に合うかなあ」
学生寮に住んでいる4号は朝と夜は寮で食べる。夜の食事時間は午後8時まで。その時刻を過ぎると全て廃棄される。以前は午後10時ごろまで取り置いてくれたのだが、傷んだ料理を食べて腹痛を起こした寮生が出たため午後8時で廃棄されるようになってしまった。
「こうなったらこっちの近道を行ってみるか」
4号は草むらに突っ込んだ。普段は滅多に使わない獣道だ。かつては神社の参道として使われていたそうだが、今では利用する人もほとんどおらず雑草だらけになっている。
「よし、これなら終了時刻30分前に到着できそうだ」
「おや、こんな道を使うヤツがいたんだ」
前方で女の声がした。しかも聞き覚えのある声だ。4号はキックボードを止めた。
「誰ですか」
「あたしだよ」
キックボードのライトに照らされて闇の中に浮かび上がったのは、初めての出動で痛い目に遭わされたナイフ女だ。4号はすぐさま反転するとキックボードを発車させた。
「逃がさないよ」
ガクンと大きな揺れを感じた途端、バランスを失った4号は地面に転がった。女の投げたナイフがタイヤをパンクさせたのだ。
「情けないねえ、敵に背中を見せて逃げるなんて。それでもゲイケメンの一員なのかい」
4号は立ち上がると頭をフル回転させた。この女は性別ステレスデバイスを所有している。ということは政府の風紀委員会も3号のドローンも今のこの状況を「男女の異常接近」とは認識できないだろう。ならばこちらから知らせるしかない。
4号は腕時計型通信機の非常ボタンを押した。音声が聞こえてくる。
「こちらはゲイケメン1号。ただ今留守にしております。発信音の後にメッセージをどうぞ。ピー!」
「ええっ! リーダー、何をしているんですか」
残念ながら1号は夕食後の爆睡に入っていた。こうなると1時間は目を覚まさない。仕方ないのでもう一度非常ボタンを押す。
「あら、どうしたの4号」
2号に繋がった。早口で喋る。
「敵と遭遇。相手はナイフ女。至急応援乞う」
「まあ大変、すぐ行くわ。ええっと、どのワンピースにしようかな。あっ、お化粧落としちゃったからもう一度、プツ」
繋がったのはいいが到着までかなり時間がかかりそうだ。4号は腹を決めた。自分の身は自分で守るしかない。
「やってやる」
懐に手を入れて棒を取り出す。強く振ると長さが1mほどに伸びた。
雲の切れ間から現れた半月に照らされて中段の構えを取ると、4号は気合いを入れて叫んだ。
「手合わせ願おう!」
「へえ~、前回とは違っていい顔しているじゃないか。こりゃ楽しめそうだね」
実は4号は高校総体で3連覇を成し遂げた剣道の達人なのだ。まだ3段ではあるがその実力は8段に匹敵すると言われている。
「さあ、来い」
「なら行くよ、それ」
電光石火のような早業で襲い掛かる女。受けようともせず「ひゃっ」と声を上げて身をかわし、バランスを崩して地面に転がる4号。
「なんだい、そのへっぴり腰は。見掛け倒しも大概にしてくれないかい」
「ううっ、やっぱりダメだあ」
半べそをかく4号。剣道の達人には違いないが、それはあくまでも相手が男性の場合に限られる。極度の女性恐怖症のため、女性を相手にすると剣の腕前は100分の1に低下するのだ。
「こんなヤツと戦うのもアホらしい。さっさとふん
「ボ、ボクを連れて行って何をするつもりなんですか」
「何って、そりゃナニに決まっているだろ。あたしたちは男女恋愛推進教団なんだから。あんたの相手はもちろんオ・ン・ナ」
「いやだああー」
絶叫する4号。女は縄を持ってじりじりと接近してくる。4号絶体絶命! が、その時、
――スパッ!
女の縄が真っ二つに切断された。よく見るとひとりの少年が4号をかばうように立っている。
「な、いつの間に。誰? あんたもゲイケメンなの」
「違います。でもあなたの敵であることに変わりありません」
「
再びナイフを手にして突進する女。しかし少年の持つ剣がそのナイフを叩き落とした。
「くっ、ならばこうだ」
矢継ぎ早に小刀を投げつける女。少年は少しも動じない。ある小刀は素早く身をかわして避け、ある小刀は剣で叩き落とし、ある小刀は靴で蹴とばして女に弾き返す。もはや素人の動きではない。
「はあはあ、あんた、何者なの」
女の動きが止まった。投げる小刀がなくなったのだ。女の息が上がっているのとは対照的に少年は涼しい顔で剣を構えている。
「さっきも言いましたよね。あなたの敵です。そしてゲイケメンの味方です。それ以上でも以下でもありません。それよりも手持ちの武器がなくなったのではないですか。逃げるのなら今のうちですよ」
「くっ、今日はこれくらいにしてやる。次はないと思え」
耳タコな捨て台詞を残して女は闇の中に消えた。少年は剣を鞘に収めると地面にへたり込んだままの4号に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか」
「あ、ああ、助けてくれてありがとう」
その手を握ろうとした4号は少年の手の甲から血が流れているのに気づいた。
「大変だ、ケガしてる」
「かすり傷です。舐めておけば治りますよ。それよりも、あなたゲイケメンですよね」
「そうだけど」
「お願いがあるのです。私をゲイゲメンのメンバーに加えていただけませんか」
思ってもみなかった頼みごとをされて「ええっ!」という言葉すら出ない4号であった。
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