異性の同志、イケレディ

 月曜正午、ゲイケメンの4人は大学構内にある学生会館の一室に集合していた。表向きはサークルルームだがここはゲイケメンの活動拠点である。室内には政府の風紀委員会直通の通信装置が設置されている。


 ゲイケメンが担当する地域は大学を中心とする半径50kmの男性居住地。この範囲内で男女の異常接近が確認されると、直ちに風紀委員会から出動命令が下され、メンバーは現地へ急行することになるのだ。


「それでは週一のミーティングを始める。弁当を食べながら聞いてくれ」


 出席しているのは4人だが3号はドローンを代理人にしているので弁当の数は3個である。さらに1号の弁当はすでに空になっているので、弁当と呼べるのは2個だけである。


「先週は2カ月ぶりに『男女恋愛推進教団』と一戦交えることになった。春は恋の季節。盛りのついた猫の鳴き声があちこちから聞こえてくる。やつらの活動もこれから活発になるだろう。気を引き締めて毎日を過ごしてほしい」

「4号、あんたはまだ単独行動しちゃダメよ。出動する時は必ず誰かと一緒にね」

「はい」

「さて、では次だ。本日4号用の電動キックボードが届けられた」

「わーい、やったあ!」


 手放しで喜ぶ4号。これでもう現場へ向かう時、1号にお姫様抱っこしてもらわずに済む。あれは本当に恥ずかしかったのだ。しかしその喜びに釘を刺すように、ドローンから3号の声が聞こえてきた。


「安易に、考えて、もらっては、困る。あれは、ただのキックボード、ではない、のだから」

「そうなんですか」


 ゲイケメン専用電動キックボードはIQ200超の天才であるゲイケメン3号が、知能と技術と根性を結集して開発した特別仕様の二輪車だ。

 時速30kmの通常モードなら2時間走行可能。最大速度の時速100kmでも10分間走行できる。さらに高圧噴射装置によって3分間の水上走行が可能であり、20秒間だけなら空中を飛行することもできるのだ。


「今日からあたしがみっちり乗り方を教えてあげるわ。覚悟しなさい4号」

「よろしくお願いします2号」


 ――ピーピーピー!


 いきなり通信装置から呼び出し音が発せられた。政府の風紀委員会直通呼び出しではない。通常通信によるものだ。


「こちらB地区ゲイケメン。どうぞ」


 1号が受話器を手にして応答する。その表情が見る見るうちに険しくなっていく。通話を終えた時には鬼のような形相になっていた。


「どうしたのリーダー、誰からだったの」

「B地区のイケレディからだ」


 イケレディ、それはゲイケメンの女性版だ。男性居住地で発生する男女異常接近はゲイケメンが処理し、女性居住地での男女異常接近はイケレディが処理している。正式名称はレズイケレディなのだが長ったらしいのでイケレディと呼んでいる。


「あら、珍しいわね。あちらとこちらは完全に独立しているはずなのに。それで何の用だったの」

「つい先ほど、ある男子が覗きで捕まったのだが、どうやら本校の学生だったらしい。話を伺いたいので現場まで出向いてほしい、とのことだった」


 2号も4号も絶句した。ゲイケメンが組織される大学は恋愛模範校に限ると決められている。在籍する学生全員が同性愛を嗜好していると認められなければ、ゲイケメンを発足させることはできないのだ。これはイケレディも同様である。

 ゲイケメン組織のある大学から異性愛嗜好者が現れたとなれば、ゲイケメン存続にかかわる危機と言えるだろう。


「2号、4号、それから3号、悪いが午後の講義は欠席してくれ。直ちに現場へ向かう」

「了、解」

「仕方ないわね」

「さっそくボクの電動キックボードの出番ですね」

「それは無理だ。届いたばかりで充電していないからな。だが心配は無用。今回も俺がお姫様抱っこで運んでやるぞ」

「あっ、そうなんですね。お願いします」


 こうして3人とドローンは直ちに出動した。向かうのはB地区女性居住地区にある女子大だ。あろうことかイケレディが組織されている大学で覗きを働いたのである。


「ようこそB地区ゲイケメンの皆さん」


 到着すると校門の前にはすでに5人のイケレディが立っていた。どうやら中には入れてもらえず、ここで話をしなければならないようだ。


「初めてお目に掛かるイケレディの諸君。俺がリーダーの1号、そちらのワンピースが2号、頼りなく見えるけど本当は強い4号。頭上を飛んでいるドローンが3号。そして5号は事情があって来られない」

「知っています。3年間音信不通なのでしょう。引きこもりの3号に女装趣味の2号。あなた方は私が知っている中で最低のゲイケメンです。そんな大学だから今回のような覗き魔が発生するのではないのですか」


 初対面の相手に対してそんな言い方はないだろう、と4人は思った。とりわけ2号は「あたしの天敵は女」と言い切るほどの女嫌い。完全に堪忍袋の緒が切れてしまった。


「そこの女、訂正しなさい。あたしは女装しているんじゃないの。スカートをはいているだけなの。それに本当に覗きだったの。女子学生ではなく校舎を見ていただけなんじゃないの」

「よさないか2号」


 1号は2号をたしなめると深々と頭を下げた。


「メンバーの非礼をお詫びする。とにかくその学生に会わせてもらえないだろうか。いくつか質問をしたいんだ」

「いいでしょう。あの男を連れて来なさい」


 イケレディのリーダーが指示すると、縄で後ろ手に縛られた男子学生が姿を現した。


「なっ!」


 ゲイケメンの3人とドローンは二の句が継げなくなるほど驚いた。男子学生はスカートをはいていたのだ、それだけではない、頭にはレースのカチューシャ、胸にはリボン、靴は高いヒールのパンプス。2号のワンピースなど足元にも及ばない徹底した女装である。ドローンから引き気味の声が聞こえてきた。


「これは、クロ、ですね」

「ちょっと3号、勝手に決め付けるんじゃないわよ」


 2号は男子学生に詰め寄ると上から下まで舐めるように視線を這わせた。


「着こなしがなってないわ。カチューシャとリボンの色合わせが最悪。ドレスはラフ過ぎて体のシルエットが消えているし、何より清潔感がない。あんた、女装を何だと思っているの。お遊びじゃないのよ」

「す、すみません。まだド素人なものですから」


 ただでさえしょげ返っていた男子学生は2号の言葉でさらに落ち込んでしまった。しかも論点が完全にずれている。男子学生は女装の罪で捕まったのではないのだ。


「それから、そのエプロンだけど、」

「2号、俺にも話をさせてくれ」


 まだ何か言いたそうな2号を制すると、今度は1号が男子学生に話し掛けた。


「君には女子学生に対する覗きの嫌疑がかけられている。本当にやったのか」

「ち、違います。あれは観察です。覗きではありません。何度もそう言ったのですが信じてもらえないのです」

「当たり前でしょう。そんな詭弁、誰が信じられるものですか。こんな女装変態男の言葉を真面目に聞いていたら耳が腐ってしまいます!」


 イケレディもまた厳しい言葉で男子学生を責め立てる。そーゆーのが大好物な男ならご褒美以外の何ものでもないのだが、この男子学生にそーゆー趣味はなかったので、さらに意気消沈してしまった。


「なるほど。女子学生を見ていたことは認めるのか。ではなぜ見ていたんだ。その理由を教えてくれ」

「はい。私は奉仕の精神に興味があるのです。大昔の西方の国にはメイドという職業があり、主人に対して全身全霊を傾けてお仕えしたそうです。彼女たちの精神をより深く知りたいと思った私は、とりあえず服装から入ることにしました。今、私が着ているのは彼女たちの制服であるメイド服です。この格好で掃除をしたり料理をしたり洗濯をしたりしてみましたが、奉仕の精神を感じることはできませんでした。何かが足りない、それは何だろう、あれこれ考えて出した結論が所作しょさです。メイドとしての立ち居振る舞い、それこそが重要だと考えたのです。残念ながら私が知りたい時代のメイドの動画はライブラリに保存されていませんでした。となれば実際の女性の動きを生で見るしかありません。20歳前後の女性をたくさん観察できる場所、それは女子大です。そんな訳でメイド服を着て女子学生を観察し、その立ち居振る舞いを真似していたら、なぜかイケレディに捕縛され、このような無様な姿を晒すことになった次第です」

「このように供述しているが、どう思われる、イケレディの方々」


 1号に質問され、イケレディの5人はすっかり当惑してしまった。初めて聞く供述内容だったからだ。


「どうしてあたしたちの前で言わなかったのです。今更そんな供述をされても困ります」

「言おうとしても言わせてくれなかったじゃないですか。『おまえは犬以下』とか『男女恋愛崇拝者はタマ無しにしてやる』とか『ご褒美は蝋燭と鞭、どっちがいい?』とか酷い言葉ばかり投げ掛けられるので、言いたくても言えなかったんです」

「そうでしたか? そんな下品な言葉を使った記憶はないのですが」


 どうやらこのイケレディたち、見掛けは清楚だが中身は相当なS気質のようだ。まあそうでなくては変態嗜好の男たちを懲らしめるイケレディは到底務まらないので致し方のないところではある。


「これで疑いは晴れたな。この学生は異性愛嗜好者ではない。覗きではなくあくまでも観察の対象として女子学生を見ていただけなんだから」

「いいえ、まだ結論を出すには早すぎます。助かりたい一心で口から出まかせを言っている可能性も捨てきれません。供述が信頼に足るものだと証明できなければ当局に引き渡します」

「やれやれ」


 頑固である。さすがの1号もため息が出てしまった。しかしそれは裏を返せば職務に忠実だとも言える。このイケレディたち、敵に回れば厄介だが味方になればかなり頼りになるはずだ、1号はそう思った。


「リーダー、こうなったらアレを使うしかないようね」

「そうだな。よし、さっそく準備してくれ2号」

「了解! 4号、手伝って」

「は、はい」


 2号の電動キックボードにはボストンバッグが積まれていた。そこから取り出したのはディスプレイを備えた小型デバイスとブーメランパンツである。


「あんた、今はいている下着を脱いで、このパンツをはきなさい」

「えっ?」

「えっ、じゃないわよ。当局送りになりたくなければ言う通りにしなさい」

「で、でも後ろ手に縛られているので自分でははき替えられません」

「仕方ないわね」


 2号は男子学生のスカートに手を差し込むと下着を脱がせ、代わりにブーメランパンツをはかせた。その間に4号がデバイスの準備を完了させた。


「では始めるか。君、そこに足を投げ出して座ってくれないか。うん、それでいい。いくぞ」


 1号がデバイスを操作するとディスプレイにはR18的な女性の動画が映し出された。同時に2号が男子学生のスカートをまくったのでパンツ丸出しになった。さすがのイケレディたちもこれには赤面せざるを得ない。


「あ、あなたたち、こんな公衆の面前で何をするつもりなのですか」

「何って、供述が信用できることの証明に決まっている。別にナニするわけじゃない」

「で、では早く終わらせてください」


 1号はディスプレイを男子学生に向けた。再生されている動画の女性は全裸に近い格好で体をうねらせている。


「どうだ、何か感じるか」

「う~ん、美しい裸体だとは思いますが、容姿は私好みではありません」


 男子学生のブーメランパンツの形状に変化はない。1号は小さく頷くとデバイスを操作して別の動画を再生した。今度はほぼ全裸の男性がポージングしている。


「おおっ」


 男子学生のブーメランパンツの形状が変化した。もっこりし始めたのだ。


「この動画はどうだ」

「素晴らしいです。この筋肉、このお尻、辛抱たまりません、ああ」


 もっこりパンツはさらにもっこりとなった。もっこりし過ぎて亀さんの頭が上からはみ出してしまった。


「いやあああ!」


 悲鳴を上げる5人のイケレディ。2号が素早く男子学生のスカートを元に戻した。放置すれば別の犯罪に問われかねない。


「どうだろう。これでこの学生は異性愛嗜好者でないことが証明されたと思うのだが」

「わかりました。認めます。供述は正しいと認めます。ですから一刻も早くこの場から立ち去ってください」


 男子学生の両手を縛っていた縄が切られた。その顔は喜びでくしゃくしゃになっている。


「ありがとうございます、ゲイケメンの皆さん。あなたがたは命の恩人です」

「無実が証明されて何よりだ。しかし君の行動は軽率だったな。女子を観察したいのならきちんと申請書を提出し大学の許可を取ってからにすべきだ」

「はい、次からはそうします。あっ、パンツ返しますね」


 ブーメランパンツを脱いで2号に渡した男子学生は元のパンツをはき直すと意気揚々と去って行った。メイド服姿のまま帰宅するつもりのようだ。


「今回は要らぬ迷惑を掛けてしまいましたね。お詫びします」


 イケレディ5人が揃って頭を下げた。思ったより素直なので1号だけでなく2号も驚き顔だ。


「いいや、君たちは君たちの責務を忠実に実行しただけだ。俺たちは迷惑だなんて思っていない。これからもこの調子でビシビシ取り締まってくれ」

「それはこちらかもお願いしたいことです。ゲイケメンの皆さん」


 ようやく心が通じ合えたゲイケメンとイケレディ。本来ならここで握手のひとつでも交わすところであるが、緊急時以外の男女の接触は禁止されているので言葉だけで終了した。


「イケレディか。今度は共同任務で顔を合わせたいものだな」

「そうなったらあたしは絶対に出動しない。女と一緒に戦うくらいなら側溝のドブさらいをしていた方がよっぽどマシよ」


 2号の女嫌いは筋金入りである。

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