世界連合政府の施策が全てを変えた

 店内にはソースの焦げる香ばしい匂いが立ち込めていた。ここはゲイケメン行き付けのお好み焼き屋である。


「遠慮せずにもっと食えよ4号。今日はおまえの入団歓迎会と初出動お疲れさま会を兼ねているんだから」

「あ、はい。ありがとうございます。でももう満腹です」

「そうかあ? まだ5枚しか食べてないじゃないか。ほれ食え」


 問答無用で4号の皿にお好み焼きをのせようとする1号。見かねた2号がそのお好み焼きを鉄板に叩き落とす。


「ちょっとリーダー、自分の尺度で他人の胃袋を考えちゃダメって何回言えばわかるのよ。これ以上食べさせると吐くわよ、この子」

「んっ、そうか。確かに無理強いはよくないな。ならばこれは俺が食うとしよう」


 すでに10枚以上食べているはずなのに、まるで最初の1枚を食べ始めたかのようにうまそうに頬張る1号。助かった4号は2号に目配せで礼をした。


「ところで3号は来ないんですか。ドローンもお好み焼きを携えて店を出て行ったまま帰ってこないし」

「うん、来ないぞ。3号は滅多なことでは外出しないからな。大学の講義は全てリモートで受講しているし、ゲイケメンのミーティングにも半年に一度くらいしか顔を出さない」

「はあ、そうなんですか。何だか寂しい人ですね」

「気にすることないわよ4号。あの子はひとりが好きなんだから。今頃このお店の監視カメラであたしたちの様子を眺めながら、自分の部屋でお好み焼きを食べているわよ」


 ゲイケメンの5人は全員同じ大学に通う学生である。1号と2号が4年生。3号が3年生。5号は4年生だが3年間行方不明。そして4号は今年入学したばかりの新一年生だ。


「う~む、まだ足りんな。オヤジ、超特大肉玉、お代わり頼む」

「まだ食べる気? いくら経費で落ちるからって食べ過ぎじゃないの」

「今日は力をかなり使ったからな。爆速移動、無気配移動攻撃、腕力強化。これくらい食わんと回復できん」

「ああ、そうだったわね。リーダーの身体は改造されていたんだっけ。忘れてたわ」


 2号は同じ鉄板で焼いているデザートのふわふわパンケーキをフォークで突き刺すと1号に差し出した。


「これ、おいしいわよ、食べる?」

「ありがたい。パクリ」


 一口で食べてしまう1号。まさに底なしの胃袋である。


(リーダーにならなくて本当によかった)


 2号は心の中でそう思った。ゲイケメンは基本的にどこにでもいる普通の学生にすぎない。しかしそれでは戦力として不十分なので、リーダーに選ばれた者だけ当局の手によって特別改造手術が行われる。


 どのような手術が行われるかは本人の希望によって異なるが、ほとんどの場合は筋力増強である。かつて視力が20.0の者や叫び声が300デシベルのリーダーもいたらしいが役に立ったかどうかは定かでない。


「はい、お代わりの肉玉だよ」


 店主がよぼよぼした足取りで容量2リットルの特大丼を運んで来た。出汁で溶いた小麦粉に山芋、キャベツ、豚肉、生卵がぶち込んであるだけのシンプルな生地である。


「よし焼くぞ」


 さっそく焼き始める1号。店主は4号の顔をじっと見つめている。


「あんたあ、初めて見る顔だんねえ。新人さんかえ」

「はい。2週間前に採用になったばかりです。大学1年生です。本日が初めての出動です。よろしくお願いします」

「そうかそうか。頑張りなせえよ、おおっと」


 店主は体をふらつかせると4号の隣の椅子に座り込んでしまった。


「だ、大丈夫ですか」

「なんの。まだまだ若い者の世話にはならぬ」


 差し出す4号の手を振り抜けて店主は立ち上がろうとする。だがまたしても体をふらつかせて座り込んでしまった。


「おじいさん、年寄りの冷や水って言葉があるでしょ。今年で123才なんだし、無理は禁物よ」

「ええっ、そんなに高齢なんですか!」


 2号の言葉に驚く4号。長寿社会の現代においても123才はかなり長生きの部類に入る。しかしそれでもギネスブックには掲載されていない。上には上がいるのである。


「そうだ4号、店主に昔話を聞かせてもらえよ。大昔は当たり前だった男女恋愛がなぜ御禁制になったのか。文字や映像では理解できていても体験者の話となると一味違うもんだ」

「そうね。あたしたちはみんな聞いているし、あなたも一度は聞いておいたほうがいいでしょ」


 1号と2号に勧められては断るわけにもいかない。4号は店主の話に耳を傾けることにした。


「あれは今から100年以上前のこと……」


 こうして店主は話し始めたのだが非常に無駄話が多かった。いきなり「わしの好みの女性は」とか「裏庭でタヌキのため糞が見つかった」とかどうでもいいような話を随所に挟んでくる。そのままでは冗長になるので要点だけを書くと次のような内容であった。



 店主が8才の時である。ついに国境は消滅した。全世界がひとつの国に統一されたのだ。全権を担うこととなった連合政府の指導の下、共通の法律と通貨と言語が世界の隅々まで行き渡った。


「国家間の紛争がなくなったのであれば、もはや軍備は必要ない」


 それまで各国の予算を圧迫していた膨大な軍事費は新たな施策に回されることになった。多くの意見と時間を費やした議論の末にたどりついたのは人類の福祉向上政策である。


「全世界の人々の暮らしを先進国並みの生活水準まで引き上げる」


 それが連合政府の掲げた目標だった。達成までの道のりは遠く険しいものだったが、店主が20才になった時、それはついに現実となった。住んでいる場所も人種も性別も関係なく、全ての人間に快適な住環境と手厚い生活支援金が支給されるようになったのだ。人類は理想郷を手に入れた、誰もがそう考えた。


 しかしここで問題が生じた。人口が爆発的に増加し始めたのだ。それは当然の結果だった。現在だけでなく将来においても恵まれた環境が約束されているのなら、人々は何の不安もなく子を作り育てられる。店主が30才になる頃には世界人口は統一前の2倍になっていた。


「このまま人口が増え続ければ現状維持は困難となるだろう」


 全世界の生活水準を先進国並みに引き上げた結果、消費される資源もエネルギーも以前より桁外れに増大した。しかしそれらには限りがある。人口が増え続ければ不足する時がやって来るのは必然である。


「解決策はふたつしかない。生活水準を下げるか、人口の増加を抑えるか、だ」


 連合政府の選択は後者だった。人間はひとたび快楽を味わってしまうと容易にそれを手放そうとしない。生活水準を下げるくらいなら子育てを諦めたほうがいい、それが全世界の人々の選択だったのである。


「本日より出産は連合政府によって管理される。子を望む者は公的機関に届け出て許可をもらうように」


 出産許可制の導入は店主が32才の時だ。しかしそれでも人口の増加は抑えられなかった。男女が一緒に暮らしていれば、許可があろうがなかろうが子ができてしまうからである。そしてできてしまったら産んでしまう。産んでしまえば人権尊重の立場からきちんと育てるのが政府の仕事である。許可制にしたところでたいした効果はなかったのだ。


「こうなれば婚姻制度を根底から変えるしかない」


 連合政府は思い切った策に出た。異性婚の禁止である。結婚は男と男、あるいは女と女の場合にだけ認め、男と女の結婚は公的に認可しないと決めたのだ。

 この施策が可能になったのは人工授精技術の飛躍的進歩にあった。精子と精子、卵子と卵子の組み合わせでも胎児の発生が可能となったのである。

 現在、結婚したペアが子を得る仕組みは次のようになっている。


「そろそろ子どもが欲しいね」

「じゃあ申請しようか」


 まずは取り寄せた用紙に子を持つ親としての心構え、教育方針、将来の希望などを記入して役所に提出する。


「よし、認可された」

「さっそく出産生育センターへ行こう」


 次にふたりで施設へ出向き、精子もしくは卵子を採取し提供。10カ月待つ。


「無事生まれたって」

「会いに行こう」


 最後に再び施設へ出向き我が子とご対面。あとは普通に育てる。

 これが現在認められている子を得る方法だ。このシステムによって世界の人口増加にようやく歯止めをかけることができたのだ。


 ちなみに女のペアの場合は女子しか生まれないが、男のペアの場合は男女どちらも生まれる可能性がある。にもかかわらず男のペアの場合も男子しか生まれないように操作している。男女が出会う機会を少なくするためだ。

 しかしこれでも完璧とは言えなかった。結婚を同性だけに限定し、人工授精による出産だけを認めたとしても、男女が出会ってやることをやってしまうと子ができてしまうからだ。


「男女の出会いを徹底的に阻止するためにあらゆる場面において男女の住み分けを行う」


 こうして異性分離法が制定された。


 現在、居住区は性別によって完全に分けられている。交通機関は車両ごとに男用女用に区分され、学校は男子校と女子校しか存在しない。

 公的施設や企業なども男女が存在するエリアを別々にして、できる限り男女を出会わせないようにしている。ネットの世界も性別登録が厳密に行われ、ネットを介して男女が遣り取りしないよう常に監視されている。


「恋愛は同性同士で行うもの。異性との恋愛なんて不純でしかない」


 人々の意識改革も順調に進んでいた。今では同性婚が世界の常識として認知されている。

 だがいつの時代でも少数意見を持つ人々は存在する。野蛮な異性恋愛を嗜好する人々だ。

 政府にとっては厄介な存在である。放置すれば再び人口爆発を引き起こしかねないのだから。さりとて法律で禁止されているのは異性婚と無許可出産だけである。男女が接触するだけでは罪に問えない。

 そこで組織されたのが民間の自警団である。公的機関が取り締まれない案件でも私設の団体ならば問題なく対応できる。ゲイケメンもそんな団体のひとつだ。こうして彼らは世界の平和のために日夜頑張り続けているのである。



「いや~、本当にためになるお話でした。ありがとうございました」


 店主の長い話が終わって4号がお礼を言った時、2号はすでに帰宅して店の中にはいなかった。1号はようやく満腹になったのか横になってテレビを見ている。


「おっ、終わったか。どうだ感動しただろう。やはり生の体験談は映像や文字では味わえない迫力があるよな」

「はい。タヌキが同じ場所ばかりに糞をすることを初めて知りました」

「んっ、そんなこと言っていたのか」

「言っていましたよ。もちろん他のことも言っていましたけど、ふあ~」


 と4号は答えたものの、本当はほとんど眠っていたのでちゃんと覚えていたのがその部分だけだったのだ。4号は眠くて仕方なかった。お好み焼きを食べて満腹になったせいもあるが、現場に到着する前に1号と一緒に1km走って生じた疲労が、今になってかなり効いてきたようだ。


「よし、じゃあ帰るか。おまえは寮だったな。送ってやるよ。明日からの土日はしっかり休め。月曜日は定例ミーティングがあるから昼休みは忘れずに来てくれ」

「はい!」

「おやじ、今日もうまかったぞ。それから体験談ありがとな」

「あいよ、またどうぞ」


 1号は4号をお姫様抱っこすると外に出た。夜風が心地良い。


「うおー!」


 腹いっぱい食べて体力を回復した1号は重戦車のような地響きを立てて夜の町を走り始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る