ゲイ1号からゲイ5号、5人揃ってゲイケメン!

沢田和早

ゲイケメン、参上!

 真っ昼間の大通りを猛然と突進する男がいた。

 ランニングシャツに短パン姿、重戦車のような足音を轟かせ、一升ビンと見紛う極太の腕には青年がお姫様抱っこされている。


「あ、あの、ボク、重くないですか」


 抱っこされている青年は紺のジャケットにスキニーパンツ。少し弱々しく見える外見は嫌でも守ってやりたくなる気分にさせられる。


「全然重くないぞ。綿菓子を抱いているのかと錯覚しそうになるほどだ」

「すみません1号先輩。長距離走は幼稚園の頃から苦手なんです」

「気にするな4号。俺のスピードに1kmも付いて来られたんだ。その根性だけは誇っていい。それから何度も言っているだろう、1号先輩ではなくリーダーと呼べと」

「そうでした。すみませんリーダー先輩」

「先輩も不要だ。リーダーでいい。さあ、飛ばすぞ」


 さらにスピードを上げる1号。華奢な4号を抱いて突き進むその姿は、獲物を捕獲して大喜びで疾走する2本足のヒグマだ。


 「そろそろ、見えてくる、はず」


 1号の頭上から途切れ途切れに声が聞こえてきた。先行して飛んでいる小型ドローンが発したものだ。


「了解。ところで3号、その喋り方はなんとかしたほうがいいと思うぞ。毎日海に向かって滑舌トレーニングをしてみたらどうだ。俺も付き合ってやる。あいいうえおあお!」

「無理」


 素っ気ない返事を発してドローンは左折すると狭い路地に入った。両側に建物の外壁が並ぶだけの空間は人目を避けるにはもってこいの場所だ。


「あれだな」


 1号は足を止めると抱っこしていた4号を下ろした。路地の突き当りで男女が揉めている。女に掴まれた腕を振り解こうと男は必死に手を振っているが、歩道に吐き捨てられたチューイングガムのように女の手はしぶとく腕に張り付いたままだ。


「ねえ、いいでしょ。少し付き合いなさいよ」

「冗談はやめてください。そんな趣味はありません」

「またまた~。やせ我慢しているんでしょ」

「してませんよ。放してください」

「そこまでだっ!」

「えっ!」


 驚く女。それもそのはず、知らぬ間に自分の左腕がマッチョな男に掴まれていたのだから。

 これぞ1号の得意技、無気配移動攻撃。足裏の筋肉を肉球に変化させ、獲物を狙う野良猫のように音もなくターゲットに忍び寄る先手必勝の技である。爆音を轟かせながら疾走していた先ほどの姿からは想像もできないほどの変わりっぷりだ。


「あ、あんた誰?」

「知らぬのか、ならば教えてやろう。4号、来い。あれをやるぞ!」

「で、でも」

「いいから急げ!」

「は、はい!」


 気乗りしない表情で1号の横に並ぶ4号。その肩に手を回してがっしり組み合うと、ふたりは声を揃えて高唱した。


「目には目を、歯には歯を、穴には穴を、棒には棒を。男に言い寄る女は絶対に許さない、我ら天下御免のゲイケメン!」

「うう、恥ずかしい~」


 4号は顔を覆ってすぐさま遠くへ避難してしまった。寒すぎる一発芸を見せられた女はすっかり気勢を削がれてしまったようだ。


「ふうん、あんたらがあのゲイケメンか」


 女の手が男の腕から離れた。男は「ありがとう、ゲイケメン!」の言葉を残し逃げるように走り去った。


「これでいいんでしょ。あんたも手を放しなさいよ」

「よかろう。今後、このような不埒な振る舞いは二度と行わぬようにな。これにて一件落着! 4号、帰るぞ」


 女の手を放して元来た道を歩き出す1号。だが突然、その体に何かが巻き付いた。金属のワイヤーだ。その末端は女が握り締めている。


「うわああリーダー! 大丈夫ですか」


 慌てて駆け寄りワイヤーを引きはがそうとする4号。しかしあまりにも固く巻き付いているため掴むことすらままならない。


「女、何のつもりだ」


 両腕を体に密着させられた状態でグルグル巻きになっているというのに、1号はまったくたじろがない。むしろ余裕さえ感じられる。


「こんな恥をかかされて何もせずに帰せるわけないでしょ。いかが、タングステンワイヤーの味は。アフリカ象が引っ張っても切断できない特別製よ」

「男をとりこにするためにこんな針金を使うとは実に情けない。針金ではなく己の魅力で男を虜にすべきであろう。もっとも女が男を虜にできるとは思わんがな」

「言うじゃない。あんた、自分の立場が分かっていないようね。それっ!」

「はぐっ!」


 1号の体が硬直した。ブルブル痙攣している。


「ど、どうしたんですか、リーダー!」


 何が起きたのかさっぱりわからず右往左往する4号。女の笑い声が高らかに響く。


「ほほほ。ワイヤーに電流を流してみたの。あなたの筋肉、だいぶ凝っているみたいだし、これでちょっとはほぐれたんじゃない」

「はぐっはぐっ」

「リーダー!」

「バカ、触るな。おまえまで感電するぞ。はぐっはぐっ」


 もはや自分の力だけではリーダーを助けられない、そう悟った4号は空を見上げた。ドローンが空中を旋回している。


「3号先輩、どうにかしてリーダーを助けられない?」

「待てば、海路の、日和、あり」


 切れ切れに言葉が返ってきたが何を意味するのかさっぱりわからない。


「どういうこと?」

「今に、わかる。あと、先輩は、付けなくて、いい」

「わかりました。3号」

「相談は終わった? 4号さん」


 女は勝利を確信しているようだ。ねっとりとした視線を4号に向けると艶のある声で話し掛けてきた。


「は、はい」

「なら、ここにひざまずいて言いなさい。『ボクをお姉さんの好きなように可愛がってください』って。そしてあたしの足を舐めなさい。そうすればそこの筋肉ゴリラのワイヤーを解いてあげてもいいわよ」

「それでリーダーが助かるのなら……」


 屈辱に耐えながら四つん這いになろうとする4号。だが1号の力強い声がそれを止めた。


「おまえがそんなことをする必要はない!」

「で、でもこのままじゃリーダーが!」

「ふっ、こんな針金で俺を虜にできると本気で思っているのか。そりゃあああ!」


 気合一番、1号は渾身の力を両腕に込めるとワイヤーを引きちぎった。信じられない光景を目の当たりにした女は、驚愕のあまり顔を引きつらせている。


「ウソでしょ。アフリカ象が引っ張っても切れないワイヤーなのよ」

「つまり俺はアフリカ象より強かったってわけだな。おい4号、向こうに行っていろ。おまえがワイヤーで縛られると厄介だ」

「はい」


 四つん這いになるのをやめて遠くへ避難する4号。1号は指をポキポキと鳴らした。


「不純異性交遊は未遂に終わったことだし、このまま見逃してやろうと思ったんだが、ここまでされてはこちらも黙ってはおれぬ。少しお仕置きしをてやるか」

「な、何よ。男のくせに女に暴力を振るう気なの。紳士のすることじゃないでしょ」

「犯罪に男も女も関係ない。罪を犯した者には罰を与える、それでこそ紳士の振る舞いと言えるのだ」


 ジリジリと女との間合いを詰めていく1号。ワイヤーを握り締めたまま身動きのできない女。後退しようにもここは袋小路の行き止まり。背後は壁、正面はガチムチゴリラ。ワイヤー女、絶体絶命! が、その時、

「両手を挙げな、ゲイケメン1号!」

 1号の背後から女の声がした。


「誰だ!」


 振り向けば遠くへ避難していたはずの4号が別の女に捕まり、首にナイフを突きつけられている。


「この坊やがどうなってもいいの?」

「ご、ごめんなさい、リーダー、ぐすん」


 4号は今にも泣きそうな顔をしている、と言うか半分泣いている。何の役にも立たないばかりが1号の足を引っ張ってばかりいるのだから当然だ。


「くそ、なんてこった」


 1号は両手を挙げると頭上でホバリングしているドローンに向かって叫んだ。


「どういうことだ3号! 男女接近センサーの有効範囲は半径1kmのはず。なぜあの女の存在を感知できなかったんだ」

「たぶん、性別ステレスデバイスを、所持している、んだと、思う」

「それは所有が禁じられているデバイスのはず。そうかやっとわかった。電撃ワイヤーを使われた時に気づけなかった自分を叱りつけたくなる。おまえたち、非合法組織『男女恋愛推進教団』のメンバーだな」


 男女恋愛推進教団、それは世界連合政府が御禁制と定めた男女間の恋愛を、強引な手法を用いて推進するために結成された非合法組織である。こんな説明が不要になるくらい一目瞭然な団体名だ。


「今頃気づくなんて鈍すぎるんじゃない。さてと、それじゃ逃げられちゃったさっきの男の代わりにこの坊やをもらって行くね。こっちのほうが圧倒的にイケメンだし。災い転じて福となすとはまさにこの事」

「うええーん、リーダー、助けてください」

「待て、連れて行くなら4号ではなく俺にしてくれ」

「冗談じゃない。あたしたちの相手は人間であってゴリラじゃないんだから」

「なんたる失態。俺はリーダー失格だ。うおー!」


 万歳したまま天に向かって咆哮する1号。傍目には雄叫びを上げるゴリラにしか見えない。と、何の前触れもなく湿った音がした。


 ――パシュン!

「くっ!」


 左手で右手首を掴むナイフ女。4号の首に突き付けていたナイフが弾き飛ばされたのだ。1号が叫ぶ。


「今だ、4号、こっちに来い」

「うわーん、リーダー」


 半べそになって1号に駆け寄る4号。悔しさに歯ぎしりしながらナイフ女が横を見ると、建物の陰からピンクのワンピースを着た男が現れた。右手に銃を持っている。3号が言っていた「待てば海路の日和あり」とはこの男のことだったのだ。

 ナイフ女はこめかみに青筋を立てて悪態をついた。


「銃は御禁制だって知らないのか。この無法者?」

「あら、これは銃じゃないわ。水鉄砲よ。撃ったのも鉛玉じゃなくて納豆とオクラとその他ヤバイ液体を混ぜたネバネバ弾だし」


 ワンピース男の言葉を聞いて右手に顔を近づけるナイフ女。ひと嗅ぎしただけで鼻を摘んで顔をそむけた。


「くっさ! ごほごほ」


 相当臭いようだ。盛大にむせている。ワンピース男は水鉄砲を仕舞うと1号に歩み寄った。


「それにしても何? この情けない有様は。油断したわね、リーダー」

「ああ、面目ない。しかし来るのが遅いぞ2号」

「ごめんなさいね。寝不足でお化粧のノリが悪かったのよ。おまけに充電不足で電動キックボードが動かなくなっちゃって、途中からスキップでの移動になっちゃった。もう踏んだり蹴ったりね」

「そうか。なら仕方ないな」

「ちょ、ちょっと待って」


 ふたりの会話を聞いていたワイヤー女が戸惑った様子で口を挟んできた。


「今、2号って言ったよね。つまりそこの変態もゲイケメンってこと?」

「そうよ。変態は違っているけど」

「きゃははは、おっかしい。女装が趣味の男が女と戦ってんの? あんた女が好きだから女装しているんでしょ。なのにどうして女を目の敵にするの。あんたの頭の中、捻じれてんじゃない?」

「捻じれてんのはそっちの頭でしょ」


 2号は憤まん遣るかたない様子で青年の主張を始めた。


「あたしが好きなのは女じゃないの。スカートなの。だいたいね、スカートが女のものだという認識がおかしいのよ。女がズボンをはいても男装なんて言われないでしょう。だったら男がスカートをはいたって女装にはならないはず。そもそも男こそスカートをはくべきなのよ。本来体内にあるはずのタマタマが股間にぶら下がっているのは、温度上昇による機能低下を防ぐため。だったら通気性の良いスカートをはいて常にプラプラさせておくのがタマタマにとっては理想的な環境なのよ。さらに理想的なのはノーパンなんだけど、そうすると走る時にプラプラしすぎてバランスが崩れるので、外出時は仕方なく下着をはいているわ。あたしのお気に入りはふんどし。緩めるとプラプラ状態になるから時と場合に応じて緩めたり締めたりしているの。ね、つまり……」

「それくらいにしておけ、2号」


 一向に終わらない2号の話を1号が止めた。真面目に聞いている者などほとんどいない。ドローンは地面に転がってスリープ状態になっているし、ワイヤー女はスマホをいじっているし、ナイフ女は右手のネバネバを必死でこすっている。唯一耳を傾けていたのは4号だけだった。


「2号先輩、感服しました。何から何までその通りです。でも恥ずかしいからスカートは勘弁してください」

「別にあんたが無理してはく必要はないわよ。あと、先輩は不要よ。2号って呼んで」

「はい、2号」

「あ、話は終わった? ふわあ」


 ワイヤー女はスマホを閉じると大きな欠伸をした。すっかり戦意喪失している様子だ。そしてそれは1号も同じだった。


「どうだ、この辺りでお開きにしないか。お仕置きはまたの機会にしてやる」

「そうね。人数的にもこちらが不利だし。じゃさよなら」

「やだ、このネバネバ全然取れない!」

「そんなの後にしなさい。行くよ」


 ふたりの女は電動スクーターにまたがると風のように去って行った。その背中に水鉄砲を向ける2号を1号が止める。


「やめろ。今回は何の被害も出ていないんだ。そこまでする必要はない」

「相変わらず甘いわねリーダーは。まあいいわ。今回は許してあげる」

「あの、ふたりともすみません。ボク、何の役にも立てなくて」


 頭を下げる4号の背中を1号が優しく叩く。


「初めての出動ならこんなもんだ。気にするな。それよりも何か食いに行こう。腹が減った」

「賛成!」


 ゲイケメンの3人とドローンは路地の出口に向かって進み始めた。

 この世に不純異性交遊がある限り、ゲイケメンは戦い続ける。

 頑張れゲイケメン! 世界平和は君たちの活躍にかかっているのだ!


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