第16話 攻撃スキル

 どうする、どうする、どうする!


 リゼちゃんを抱きかかえて、全力でその場を離れる。


 最初から気づいてやがったのか。


 このまま果樹園まで逃げ切れるだろうか。


 そもそも逃げたところでこいつは諦めるのかわからない。


 いや、人を抱えて走る俺ではすぐに追いつかれる。


 考えが纏まらない。


 そうしている間にも、背後から聞こえてくる重たい音が近づいてきている。


 何かできることはないかと考えを巡らせると一つだけ思いつく。


 巨大なモンスターから逃げる時に使うゲーム内でのテクニックの一つ。


 上手くいくかは分からないが、出来ることは他にはない。


 一か八か、やってみるしかない。


 進行方向に見つけた丁度いい太さの木へ一直線に向かう。


 距離を見定めながら速度を調整する。


 背後の気配が更に近づく。


 ――ここだ!


 このままでは木にぶつかるほどに近づいてから、急停止しつつ右に飛んだ。


 受け身も何も考えないくらいの全力ジャンプ。


 リゼちゃんに怪我をさせないために空中で俺の身体を地面へ向けつつ、視界に背後まで迫っていたモンスターの姿が映る。


 奴は俺を目で見て追いかけようとしているが、加速しているために急停止できず木に激突する。


 バキバキと大音量の破砕音をまき散らし、樹木を折ってもモンスターは進み続けた。


「う……っ」


 背中を強かに打ち付けて息が詰まる。


 それでも気合で立ち上がってすぐさま近くの手ごろな木の陰に隠れる。


 様子を伺うとモンスターは座り込んで頭を左右に振っていた。


 ……眩暈でも起こしたのか?


 相当な衝撃だったはずだから無傷ではないと思いたい。


 なんにせよ少しだけリゼちゃんに話す時間は出来た。


「リゼちゃん、このままあっちの方向に真っすぐ走るんだ。そうすれば果樹園に帰れる。一人でいけるかい?」


「……ユートは?」


「モンスターを引き付けておく。大丈夫、モンスターを相手にするのは慣れてるんだ」


 リゼちゃんの瞳が俊住するように揺れる。


「必ず戻るから安心してくれ。時間を稼いだら全力で走って逃げる」


「…………わかった。ぜったい、ぜったいだよ」


「うん、約束する。俺がここから出てあいつと戦い始めたら一気に走るんだよ」


 そう伝えて木の陰から一息に出つつ、腰に差している斧を引き抜く。


 ここからはこの慣れ親しんだ重さだけが頼りだ。


 手ごろな石を拾ってモンスターへ投擲する。


 コントロールは自信なかったが幸いにも背中に命中した。


 モンスターが座ったまま俺の方へ顔を向け低く唸る。


「こっちだ!」


 もう一個石を投げつけると、今度は首のあたりに飛んでいった。


 鬱陶しそうに鼻を鳴らすと身体ごとこちらに向き直り、突進してくる。


 ……こっわ!


 正面から相対すると、巨体が迫ってくる重圧感がすごい。


 今すぐにでも逃げたくなる衝動を抑えてぎりぎりまで引き寄せる。


 ここだ、といつタイミングで横へ飛ぶ。


 僅かにブーツの底を硬いものが削る感触がして冷や汗が流れた。


 地面を前転してすぐに起き上がりつつ、リゼちゃんへ向かって叫ぶ。


「今だ! 行け!」


 隠れていた場所から走り出す赤髪の少女の姿を一瞬だけ確認してから、俺は追撃のためにモンスターとの距離を詰める。


 モンスターは五メートル先で停止してこちらに背中を向けている。


 まだ動こうとしない大熊の尻に向かって、斧を振りかぶった。


 自然と体が動いて、口からは言葉がこぼれていた。


「〈スラスト〉ッ!」


 肩に担ぐように構えた斧が僅かに光を纏いながら、目にも留まらない速さで振り下ろされる。


 それはしっかりとモンスターの身体を捉え、肉厚の刃が一息に斬り裂いた。


「ゴルゥァァァッ⁉」


 驚いたような悲鳴を上げながら熊っぽいモンスターは距離を取るように走り出し、止まるとこっちへ憎悪の視線を向けてくる。


 しかし、俺はそれを他人事のように認識しながら別のことに気を取られていた。


 ……なんで攻撃スキル使ったんだ?


 戦おうと決めた時に気が付いたが、スキルの発動方法を知らない。


 だから我流で斧を振るって少しでもヘイトを集めることができればと思っていたのに、気が付けば勝手に発動していた。


 しかも今は感覚的にだが使い方がわかる。


 もう一度同じようにやれと言われればできるという確信があった。


「グルァァァッ!!」


 怒りの籠ったような叫び声で思考を中断する。


 モンスターは後ろ足で立ち上がり、前足を広げて威嚇してくる。


「……まずはお前を何とかしなくちゃな」


 一旦、今の現象についての考えを棚上げしておく。


 古今東西、攻撃スキルやら技は通常攻撃よりも威力が高いと決まっている。


 これならまともに戦えるはず。


「やってやる……!」

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