第14話 オータムの森へ

 三月終わりに集中的に入ってしまったバイト期間は中々にハードだった。


 終わらない注文、ひたすらに料理を届け、空いた皿を洗い続ける。


 そんな忙しい時間でも、最期にe世界へログインした時の嫌な感覚は消えずに頭の隅に引っかかっていた。


 あのモンスターはこちらを見ていたのは確かだ。


 何もしてこなかったとはいえ、気味が悪い。


「お疲れ様でしたー!」


 帰り支度を済ませて厨房にいる店長に挨拶する。


「連続で出てくれて助かった。お疲れさん。このまま正式なバイトになってくれてもいいぞ」


「ははは……考えておきます」


 乾いたような笑い声しか出なかった。


 やるならもう少し忙しくないお店で働きたい。


 まだ残っている同僚にも挨拶して店の外へ出る。


 時刻は三時丁度。


 大きく伸びをしてから家へと続く道を歩く。


 ここ数日、〈おでん〉を遊べていなかったので久々に玲司を誘って対戦でもしようか。


 もしくはストーリーモードをやり直すのもいいかもしれない。


「……向こうに行ってみるか」


 思いっ切り羽を伸ばすのならゲームをしたい。


 けれど、向こうの世界でのことが気になってしまう。


 引っかかって取れない感覚を解消しなければ、ゲームを心から楽しめそうになかった。


 それにそろそろ街から冒険者が来る日のはずだ。


 もしかしたらバイト期間中に来てしまっているかもしれないけど。


 その辺も確かめないと。


 家について一直線に自室へ。


 楽な格好に着替えて、ベットに横たわり目を瞑るとe世界へ渡るために門が現れる。


 門の中は虹色の光の膜に覆われていて向こう側が見えない。


 虹へ飛び込むと、ログアウトするときにも感じた奇妙な感覚に襲われた。


 それが収まると体の感覚が鮮明になり、空気の匂いや周囲の音、瞼越しの光を感じる。


「……ん…………」


 目を開けると久々な気がする天井が映った。


 身体を起こして軽く手足をほぐしてから一階のリビングへと降りる。


「こんにちは……誰もいないのか」


 今ぐらいの時間だとタルトさんはともかくリゼちゃんはいることが多い。


 ダイニングテーブルで勉強をしている姿をよく見かけていたが、今日は違ったらしい。


 挨拶くらいはしておきたい。


 この部屋にいないということは寝室かログアウト用の部屋、もしくは外で作業しているかだ。


「一番可能性があるのは……外か」


 何かの収穫か、俺の代わりに薪割りでもしているのだろう。


 とりあえず家の外へ出てみると、空が僅かにオレンジ色に変わっていた。

 今日は日の入りが速いらしい。


 早速、家の裏手へ向かってみるがそこには誰もいない。


 ならばと果樹園を歩き回るもタルトさん達の姿は見つからず、気が付けば森との境界線近くに来ていた。


「これは……」


 リンゴの木が何本か倒れていた。


 そのどれもが中ほどからへし折られたように見える。


 俺の記憶が正しければ、最期にログインした日はこんな風になっていなかった。


 自分の知らないところで何かが起こっているのかもしれない。


 念のために注意深く周りを見ながらタルトさん達の家へと戻る。


 まずは二人の寝室を探してみることにする。


 この嫌な予感が杞憂であって欲しいと思いながらドアをノックすると、すぐに返事があった。


 扉を開けるとタルトさんがベットに横たわっている。


 見るからに調子が悪そうだ。


「ごめんなさいね、ユート君。調子崩しちゃったみたいで、お出迎えもできないで……」


「それはいいですけど、大丈夫なんですか?」


「元々身体が弱いんです。季節の変わり目は体調不良になることが多くて……普段なら薬を常備しているんですけど切らしてしまって……定期的にいらっしゃる冒険者の方が薬を運んできてくれるので心配はないんですけどね」


 辛そうに咳き込んでいるが、突発的なことではないようなので安心した。


「そうだったんですね。その冒険者はいつ来るんですか?」


「今日中には来られるそうです」


「なるほど、それはよかった。ログインしたらので焦りましたよ。今日はもう予定もないので、手伝えることがあればなんでも言ってください!」


 悪い予感通りではないが、タルトさんは体調を崩している。


 この世界に来てからお世話になりっぱなしの身としては少しでも恩を返したい。


 考え合っての言葉だったが、女主人は驚いたように目を見開いていた。


「……リゼとは会ってないんですか?」


 血の気が薄くなった顔で恐る恐る聞かれる。


「ログインしてから一度も姿を見ていなくて、タルトさんと一緒にいると……」


 そこまで言ってから気が付いた。


 親子で果樹園の仕事をしているものだとばかり思っていた。


 しかし、タルトさんは体調を崩して横になっている。


 まだ幼いリゼちゃんが一人で出来る仕事は多くはない。


「……探さないと!」


 タルトさんは起き上がり、歩き出そうとしてふらついた。


 咄嗟に支えて、ベットに腰かけさせる。


「そんな身体じゃ無茶です!」


 女主人は普段からは想像できないような蒼白な顔面で取り乱しそうになっていた。


 落ち着かせるように努めて冷静さを出しながら聞く。


「俺が代わりに探してきます。どこか心当たりとかありませんか?」


「行きそうな場所……」


 思い返すように少しだけ間があった。


「……そういえば、今朝、私の体調が悪いと知ったら自分が薬の材料を取りに行くって。きっと森の中に…………」


「わかりました。ちょっと見てきます!」


 駆けだそうとして、手を引かれ止められる。


「オータムの森は広いのです。大まかになってしまいますが材料である花の生えた場所を教えます」


 その言葉と共に彼女の前にホロウィンドが現れ、続いて同様の平面が出現する。


 平面は見てくれはステータスの表示される窓と同じだが、よく見るといくつもの線や緑色の光点があったりする。


 ゲームをしていれば見たことのあるマップそのものだ。


 スキル【地図】を取得したというメッセージが流れる。


 慌ててステータスウインドを開いて、メニュー項目に追加された地図をタップするとほとんどがグレーアウトしたものが現れる。


「地図を送ります」


 タルトさんが何度か自分の開いているマップを触ると、地図が更新されたことを知らせるメッセージが表示され、グレーアウトしていた部分に色が付く。


 彼女がその一部を触ると、そこに新たな黄色の光点が出現した。


「ここから北にある開けたところです。材料がある場所でリゼが知っているのはここだけ……森にはモンスターもいますから、気をつけて」


「……足の速さには自信あるので。一応、武器借りてもいいですか?」


「それなら納屋にある剣があります。古いですが手入れをしているので使えるはずです」


 行き違いにならないように、タルトさんはここで大人しくしていることを念押ししてから家を出る。


 まだ夕焼け空で暗くなるまでは少しの猶予がありそうだ。


 急いで家の裏手にある納屋へと走る。


 納屋には確かに一振りの剣が壁に掛けてあった。


 今まで何度か入ったのにちゃんと見ていなかったので気が付かなかったが、これがあれば戦闘になったとしても何とかなるだろう。


 壁から外して持ってみるが思った以上に重量があった。


 突然、警告音のようなものが鳴り、目の前にメッセージが流れる。


「装備重量をオーバーしています……?」


 無理に装備すればデバフが掛かるとも書いてあった。


 両手で持ち上げるだけでもかなりきつい。


 これでは走ることさえままならないだろう。


 剣を諦め、他に武器になりそうなものも見当たらないので納屋を出る。


 そこでいつも使っている斧が目に留まった。


「……そういえばスキル持ってな」


 前に少しだけ覗いた時には攻撃技のようなものがあったりした。


 片手斧スキルを見てみると、〈スラスト〉という攻撃技だけアンロックされている。


 いざとなればこれで多少は戦えるはずだ。


 俺は薪割り用の斧を鞘ごと腰から下げ、マップを頼りに森の中へと走り出す。

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