第12話 大きな変化
「よ……っと!」
かーんという小気味良い音と共に薪が二つに割れる。
斧を正確に打ち下ろせるようになってきた。
今日のノルマまであと少し。
額から流れる汗を拭う。
「ふー……」
空を見上げるとまだまだ明るい。
三月二十一日、午後三時過ぎ。
俺はタルトさんとリゼちゃんの家に居候させてもらっていた。
ログアウト騒動があってから五日ほど経つ。
現実世界と異世界を行き来することで色々とわかったことがある。
こちら側に来る条件は眠ることだということ。
これは自分の意志で行くかどうかを決められる。
寝れば無条件でこちら側に来てしまうことはなさそう。
また、この世界の時間は現実と同期しているということ。
こちら側に来てすぐにウインドを開いて確認したので間違いない。
ステータスウインドの端の時計の時刻と俺が眠った時刻は同じだった。
それなのに日の出ている時間は違っている。
今の季節、五時ごろはもう暗い。
しかし、こちら側は日が沈み切っておらず夕焼けの時もあれば、現実のように暗い時もあるし、まだまだ明るい時もある。
タルトさんに聞いたら今の時期は冬季と夏季の境目で日没が不安定になっていると言われた。
どうやらこの世界でも夏と冬で日の長さが違うのは同じだが、それが極端に違うようだ。
彼女たちからすれば普通でも、現実世界の暗い部屋の中からログインしたら昼間のように明るかったりするのはまだ慣れない。
それにこの世界に来てから太陽と月が空に浮かんでいるところを見たことがないのも関係しているのかもしれない。
なぜか空は明るいし、夕焼けもあるのに太陽はない。
夜も謎のサークルが空に浮かんでおり、星も見える日はあるが月は確認できない。
もっとも俺の暮らしている現実世界とは違う世界なのだから、こちらの常識が通用しなくても当然なのかもしれないけど。
そして、俺のような異世界から渡ってきた人間は冒険者と呼ばれているようだ。
聞いた限りでは俺達は魂だけになってこの世界に渡ってきているらしく、肉体の構造も違うらしい。
正直、スケールが違いすぎて理解が追いつかない。
動けばこうして汗もかくし、腹も減る。
実感としては現実世界と何ら変わらない。
一息ついてまた斧を振るい始める。
居候させてもらう条件として薪割りなどの仕事を振ってもらうことにした。
流石に何もせずにいるのは憚れる。
「ラスト……ッ!」
勢いよく振り下ろした肉厚な刃が薪に当たった瞬間、これまで以上に良い手ごたえを感じた。
気持ちのいい音と共に真ん中から綺麗に真っ二つに割れる。
同時に目の前に小さいウインドが出現し、【片手斧】スキルのレベルが上昇したことを確認する。
薪割りを始めたら獲得したスキル。
どうやらこの世界でのスキルは攻撃をするためのスキルと裁縫や料理のような生産系スキルがあるようだ。
そのスキルレベルが上がると武器スキルなら攻撃技が追加されるようだ。
攻撃技事態にも派生があるようで、それは自分のレベルアップとその時に得られるポイントを使ってスキルを強化すると使えるようになると思われる。
実際にまだポイントを振ったことはないのでそのあたりは分からないので、見た感じからの推測でしかない。
薪割りや雑務でも経験値は稼げるようで今日でレベルが5に上がった。
「ユート、おつかれさま!」
声を掛けられ振り返ると、リゼちゃんが水の入った瓶をもってこちらに歩いてきていた。
「はい、お水」
「ありがとう」
そういえば一番の変化は名前を決めたことだろう。
この世界で俺の名前は存在しない。
精確にはステータスウインドの名前の欄は空欄になっていた。
タルトさん曰く、冒険者は現実世界とは違う名前をこちらでは名乗っているのだという。
きっとアカウント登録をするようなものだろう。
それで普段からゲームで使っているユートという名前をこちらでも使うことにした。
タルトさん達も木野よりユートの方が発音が簡単と言っていたが俺には分からない感覚だ。
これも住む世界の違いだろうか。
「それにしても、ユートが薪割りしてくれるのもあと少しかー」
「流石にいつまでもお世話になっている訳にはいかないからさ」
「でも、冒険者さん達と街へ向かったら、こっちには戻ってこないんでしょ?それに向こうの世界でやることがあるから明日から来れないし……」
「そんなことないさ。一人でも行き来できるくらいレベル上げたら遊びに行くよ」
明日から五日間、『すとれんじ』でのバイト三昧になる。
当然だがこの世界に来ている間は寝ていないので現実世界で目覚めると眠気がかなり残っていので、その状態であの忙しさは流石にキツイものがあった。
バイトさえなければ、本当はすぐにでも街へ行って他にもいるらしい冒険者から情報を得たかった。
しかし、問題は現実世界の用事だけではない。
この果樹園から街までには今の自分では対処できないレベルのモンスターが出現するらしい。
一ヶ月にニ度、果物を街へ届けるために冒険者が果樹園を訪れるらしいので、それに同伴させてもらって街へ行くつもりだ。
その日まで残り一週間ほど。
「じゃあ、今日はいっぱい向こうの世界の話を聞かせて!」
リゼちゃんは目を輝かせながらワクワクした表情を浮かべている。
この子とかなり打ち解けて仲良くなったのも、ここ数日の大きな変化だ。
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