第11話 開けゴマ

 遠目には平屋に見えた小屋は二階建ての家だったらしい。


 俺が寝ていた部屋は二階にあった。


 種類や大きさがまばらな木材で作られた階段を下りて、一階のリビングに案内される。


「どうぞ」


 出されたのは僅かに赤っぽいお茶と焼きたてらしきクッキー。


 香ばしい匂いに胃が刺激されて、ぐーと鳴った。


「いただきます!」


 誤魔化すようにクッキーに手を伸ばす。


 焼きたてというのもあるのだろうが、元の世界で食べたものより美味しく感じた。


 すぐに三つほどぺろりと胃の中に入れてしまう。


 続けてお茶を飲む。


 アップルティーだった。


 ほんのりとした甘さで、飲みやすい。


 飲み切ってほっと息を吐いた。


「ふふ……木野さんのお口にあったようですね」


「めっちゃうまかったです!」


 お茶のお替りを貰いながら、もう一枚だけクッキーを頬張る。


 その様子を微笑みを浮かべながらリゼちゃんのお母さんは話し始めた。


「まだ名乗っていませんでしたね。タルトと申します。今は夫の残した果樹園で娘と暮らしています」


 ぺこりと頭を下げらる。


 元々似ていると思っていたが、こうして母親だと言われる余計にそっくりに見える気がする。


 雰囲気はおっとりとしている感じで、飛び蹴りをした人と言われても少し信じずらい。


 俺も自己紹介しようとして違和感に気が付いた。


「あれ?タルトさんに名前教えましたか?」


 そういえば目覚めた後、何度か名前を呼ばれてる。


「リゼから聞きました。大体の事情も……」


「教えたの!」


「うわッ⁉」


 突然、机の下からリゼちゃんが飛び出してきてティーカップを落としかけて慌ててキャッチする。


 姿が見えないと思っていたら、こんなところに隠れていたのか。


 俺の驚いた様子を見て、赤髪の少女は楽しそうに笑った。


 そんな彼女をタルトさんは素早い動きで後ろから抱え上げると、叱りつける。


「こら!お客様に悪戯しない!……度々すみません」


「い、いえ、大丈夫です。それで話の続きなんですけど……」


 タルトさんは椅子に座り直すと、悪戯できないようにリゼちゃんを膝の上に乗せた。


 捕まってもリゼちゃんは楽しそうだ。


「それで、まずはこの世界についてですね」


 こほん、と一度咳払いをして話始める。


「ここは電子で構成された世界。エレクトロンと呼ばれています。冒険者の方にはゲームのような世界と言う方がわかりやすいでしょうか?」


 思わずまじまじとタルトさんを見てしまう。


 移動する前の部屋では自分を異世界人だと言っていたが、普通に元の世界の言葉を話していた。


 それ以前になんで俺は彼女たちの言葉がわかるのだろうか。


 あまりにも自然に話せすぎて忘れていた。


 そして、ゲームのような世界というのも信じがたい。


 目の前の二人は俺と何ら変わらない生きている存在にしか見えなかった。


「電子で構成された世界って……タルトさん達はAIとか……」


「そのAIっていうものが何なのかはよくわかりません。……けど、私達は今を生きている命である、ということは覚えておいていてください」


 とても大切なことを言っているというのは伝わった。


 俺のように人工知能と思う人もいるのだと思う。


 偽物という言い方が適切かはわからないが、作られたものではないということを言いたかったのだと感じた。


「それで木野さんが知りたがっていたログアウトの方法なのですけど……」


 言葉を区切ると、ぶうぉんという音がして半透明の板が突然現れた。


 丁度、タルトさんの前に現れたそれを、彼女は指で何度か触る。


「これは〈ステータスウィンド〉といって自分に関する情報が色々見れます。冒険者はここにログアウトのボタンがあるそうで、それを押せば元の世界へ戻れるそうですよ」


「おぉ……そんな簡単に……」


 まさにゲームや物語の世界っぽい感じにワクワクしつつ、割と簡単に戻れることに安心する。


 そうなると実際にステータスウィンドを開いてみたくなった。


 どんな情報が載っているかも気になる。


「…………えーと、どうやって開くんですか?」


 見ていた限り、タルトさんは特に何もせずに開いていた。


「あー、私たちは生まれた時からできるので。こう……開けって感じで考えるといいかもしれません」


「なるほど」


 この世界の人たちにとっては当然のことなのか。


 呼吸をどうやっているのかと聞かれて、答えるのは難しいのと同じことなのだろう、多分。


 思いつく限りの方法を試すしかないだろう。


 異世界人――アーティスと冒険者で開き方が違うということもあり得るかもしれない。


 まずは人差し指と中指を揃えて軽く振ってみるが、窓はでない。


 もう一度、今度は強めにするが何も起こらない。


 タルトさんとリゼちゃんが不思議そうな目で見てくるのがつらかったが気にしてはいられない。


 手をかざしてみたり、口に出してみたりしたが開く気配がなく、代わりに気恥ずかしさの水位が急上昇する。


 ぱっと思いつく限りを試してみたがどれも不発に終わる。


「……開け~ゴマ」


 古の扉を開く呪文を口にするが、変化なし。


 一向に半透明のウィンドが現れることはない。


 ……頼むから開いてくれ。


 思わず天を仰いだ瞬間、ぶうぉんという音と共に目の前に窓が開く。


 それと同時に小さなウインドも現れる。


「……開いた」


「やった!」


 ぱちぱちと拍手しながらリゼちゃんが嬉しそうに笑ってくれた。


 よかったと言いながらタルトさんも微笑む。


 二人にブイサインを向けてお礼を言ってから、改めてウインドを見る。


 小さな方にはスキル【参照】を獲得しました、というメッセージが出ている。


 大きな方は人型とその横にいくつかのメニュー項目、そしてHPなどのステータが並んでいた。


 そのメニュー項目の一番下にログアウトボタンがある。


 すぐに押そうと指を近づけ、言い忘れたことがあったことに気が付く。


「リゼちゃん、タルトさん色々ありがとうございました。このお礼は近いうちに必ずします!」


 深く頭を下げる。


「またねー、お兄さん」


「こちらこそいきなり蹴ってしまいましたから……」


 すっと指をウインドの上に滑らせ、今度こそログアウトを押す。


「あ、木野さん、ここでログアウトしちゃ――」


「え……?」


 タルトさんが何かを言いかけたが最後まで聞くことができなかった。


 ログアウトを押した途端に身体が浮くような感覚に襲われる。


 そしてそのまま意識が暗転した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る