第6話 夢を見なかった?

「いらっしゃませー。何名様でしょうか?」


「あ、待ち合わせです」


 かしこまりましたー、と間延びした返事を残して従業員の女性がカウンターの方へ戻っていく。


 なんだがとてもふわっとした軽い雰囲気の人だった。


 店内はアンティーク調の家具で統一されており、おしゃれで落ち着いた時間が流れている。


 特に目を引くのが入り口から入って正面の奥にある振り子時計だ。


 歌の歌詞に出てくるみたいな古めかしく、一メートル以上の高さがある。


 まだまだ現役と言わんばかりに動いている。


 その時計の近く、奥まった席に龍ケ崎さんはいた。


 どきり、と心臓が跳ねる。


 休日だから当然ではあるが、普段の制服でなく私服だ。


 上は白いブラウスに濃紺のカーディガンを羽織り、下は花柄のフレアスカートでよく似合っている。


 龍ケ崎さんの魅力が何倍にも跳ね上がった気がする。


 彼女は文庫本を真剣な眼差しで読んでいて、俺に気が付いていない。


 このまま目の前の光景を見ていたい気持ちもあるが、通路の真ん中で立ち尽くしていては迷惑だ。


 ぎこちない手足の動きでテーブルまで歩く。


 不意に龍ケ崎さんが顔を上げ、俺と目があった。


 またしても硬直しそうになると同時に奇妙な感覚が走る。


 うまく言葉に変換できないが強いて言うのであれば、ビビッとくる、というのが一番近い。


「こんにちは、龍ケ崎さん。……えーと、昨日ぶり」


「こんにちは、木野くん。急に呼び出してごめんなさい」


「いやいや、全然大丈夫!特に出かける予定もなかったから、むしろありがたいくらいです」


 なぜか敬語になってしまった。


「そういってもらえると助かるわ」


 俺は近くを通りかかった店員さんにブラックコーヒーを一つと伝えて、龍ケ崎さんの対面に座る。


 彼女は手に持っていた文庫本を置くと、コーヒーカップに口をつける。


 そのまま中身を味わうかのように目を瞑る。


 一つ一つ動きが様になってるなー、という感想を抱きながら飲み物を待つ。


「……」


「……」


 お互いに無言の時間が流れる。


 正直言ってすっごく気まずい感じだった。


 可愛い女の子に呼び出されてお茶するというのは至福の時間なんだと思っていたが、微妙な距離感の相手だと間が持たずに無言になる。


 同じクラスでもなく、部活は一緒だが文芸部は帰宅部よりはマシという理由で選ばれるような緩い部活で活動している実態はあまりない。


 おかげで共通の話題もなく、沈黙だけが流れる。


 龍ケ崎さんも無言でカップを傾け続けている。


 会話スキルのレベルが低すぎることを実感した。


 何を話せばいいのかわからない。


 例えば玲司なら会話に花を咲かせ、帰るころには惚れさせてるだろう。


「あいつが……憎い……!」


「え……」


「あ、いや……何でもない、です」


 思わず口に出てしまった。


 余計に変な空気になってしまったところで注文していたコーヒーが届いた。


 幸いとコーヒーを飲むが、特有の苦さに表情筋が強張る。


 カッコつけようとして普段は飲まないブラックコーヒーを頼んだが、やっぱり好きになれない。


「ふふ……」


 目の前から笑い声が聞こえて思わず顔を凝視してしまう。


「ごめんなさい。もしかして、コーヒー苦手だった?」


「う……今日はいけると思ったんだけどなー」


 明後日の方向に視線を逸らしながら、誤魔化すようにカップの中身を飲む。


 またしても襲い掛かる苦みに顔を顰めてしまう。


「改めて、今日は来てくれてありがとう、木野くん。それで……変なことを聞くんだけど……」


 コーヒーカップを置いて、真剣な表情を向けてくる。



「夢を見なかった?」



「ゆめ……それって将来のとかじゃなくて寝てるときに見るやつ?」


「とてもリアルな夢。現実と変わらにくらいにすごいの」


 思い当たることはあった。


 つい昨日、というよりも今日見たばかりだ。


 何でそんなことを聞いてくるのかという困惑もあったが、龍ケ崎さんの真剣さに押されて素直に頷く。


「そっか。覚えている限りでいいから詳しく話して」


 今朝見たばかりの夢を思い返す。


 所々で靄が掛かって、全体的にぼんやりとしているけどはっきりと印象に残っていることもある。


「森の中を歩いてた気がする……。それで化け物に殴られて、多分死んだ。あ、あと小さい小屋も出てきたと思う」


「それだけ?」


「ああ。ま、夢だからそんなにはっきりと覚えてないしさ」


「そう……。あと少しというところね。ということは今日にでも―――」


 考え込むような仕草をした後、独り言のように何かを言ったがはっきりと聞き取ることは出来なかった。


「ええと、俺の夢、何か気になることでもあった?というかこの質問て夢占い的なや――」


「木野くん」


 龍ケ崎さんはさっきよりも真剣で真摯な光を瞳に湛えて見据えてくる。


 思わずその姿に魅入られてしまった。


 今の彼女は普段と纏っている雰囲気が違う。


「これから信じられないような体験をすることになるかもしれないけど、


 決してそこが夢の中だとは思わないでね。


 そこは紛れもない現実で、今の君には誰も救えないから」

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