第4話 それを先に言えよ

 暗い深海のような色の空には奇妙なサークルが浮かび上がっている。


 雨が降ったのだろう。


 湿った空気と濡れた土の匂い。


 ひんやりとした空気が肌を撫でる。


 そんな森の中を俺は歩いていた。


 何となくこれは現実じゃないような印象を受けた。


 それでもどこかへ向かう足が止まるわけではないけれど。


 淡い光だけに照らされた森は影絵の中に入ったように感じられて不気味だった。


 今にもこの静寂を破って何かが襲い掛かってきそうな予感がする。


 それと同時に楽しんでいる自分がいた。


 いや、楽しんでいるというのは正確なところではない。


 なにか良いことが起こりそうなわくわく感、期待のようなものだ。


 周囲の景色が変わってきた。


 背が高く葉の薄い木々の森から、背が低くて実をつけた木が並んで植えられた場所へと出る。


 そこから更に進んだところに建物が見えた。


 暗いのと距離があるのとではっきりとは見えない。


 その建物へ向かおうと足を踏み出したところで背後から、がさ、と草を踏む音がした。


 振り返るとそこには黒い影のような生物がいた。


 漆黒の毛皮に炎のように赤い瞳。


 二本足で立っており、前足にはサバイバルナイフのような鋭利な爪が生えている。


 ぐるぅぅぅ、と低く唸ると鼻のあたりから赤い炎がちらついた。


 そいつはおもむろに、前足を振るった。


 ただの作業のように機械的な動きだったが、俺は危険を感じても躱すことが間に合わなかった。


 気が付いた時には空と地面がぐるぐると回転していて、続いて強い衝撃がやってくる。


 それを最後に視界は真っ暗な闇に閉ざされた。






「うわ……っ⁉」


 文字通りベットから飛び起きる。


 目の前に黒い化け物はいない。


 あるのは見慣れた自室の壁。


 まだ夜は暖かくないというのにびっしょりと寝汗をかいていた。


「やけにリアルな夢だったな……」


 誰に言うでもなく呟く。


 子細はぼんやりとしか覚えていない。


 けれど、巨大な生物に殴り飛ばされ内臓が浮き上がる気持ち悪さも全身を襲う衝撃も鮮明に残っている。


 夢だったというのに、思い出すだけで背筋に冷たいものが流れる。


 昨日はバイトから帰ってきて〈おでん〉のキャラを作り直していたがうまくいかなかった。


 納得がいくまで作り直したところまでは覚えていたが、眠すぎてそこから先は記憶があやふやになっている。


 最悪な目覚めだったが、幸いにも今日から数日はバイトが休みだ。


 二度寝し直すことは確定として、まずはシャワーを浴びたい。


 汗を吸ってぐっしょりと湿った寝巻を着替えないと、また夢見が悪くなりそうだ。


 ベットから出つつ、癖で携帯端末を確認する。


 来ていてもニュースサイトやゲーム関係の通知だろうけど、偶に寝た後に友達から連絡が来ていることがあったりする。


玲司れいじから……?」


 一時間くらい前に連絡が来ていた。


 大至急確認するように書かれているが通知画面では冒頭しか表示されないので、メッセージアプリを立ち上げる。


 どうせゲームの大会とか推しに良いことがあったという話だろう。


『大至急確認したれ。


 今日の十時に『221B』に集合!遅れたら殺す』


 時刻を確認するとすでに九時半近い。シャワーを浴びて準備をしてからではぎりぎりになる。


 要件も無しに急に集まれと言われても、あまり行く気にはなれない。


 そもそも直接会って話をするという時点で普段のあいつらしくなかった。


 メッセージでやり取りできないような何かがあるのかもしれないと読み進めると最後の付け足したような一文が、全ての疑問を解決した。


龍ケ崎りゅうがさきがお前と話したいんだとよ』


「それを先に言えよ!」


 端末をベットに放って急いでシャワーを浴びるために浴室へ。


 一瞬、何かあったのかと心配したじゃないかよ。


 というか最初にそれを伝えてくれたら速攻で準備した。


 完全な想像でしかないがアイツなら俺の行動を見越したうえでわざとやった可能性があるのも腹立つ。


 しかし、今は急いで『211B』へ向かわないと。


 玲司へのお礼は<おでん>での対戦で返すことにする。


 さっと着替えて、パーカーのポケットに財布と携帯端末を突っ込んで慌ただしく家を出た。

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