第2話 通算九十九勝目

 画面には敗北の二文字。


 呆気なく使っていたキャラのHPは削り取られた。


「はぁ……また負けたかー」


 詰めていた息を吐き出す。


 こっちのキャラクターは防御力があるわけではない。


 むしろ攻撃的なスキルを取っているせいで防御力が下がっている。


 そんな状態では火力重視な一撃に耐えられるはずがなかった。


『これで通算九十九勝目。いい加減、スレイズ使うのやめたらどうだ、唯人』


 通話アプリを通して対戦相手の声が聞こえてくる。


 俺はマイクに向かって、もう何度目かもわからない言葉を掛ける。


「変えるつもりはない。俺は好きなキャラで勝ちたいんだよ。玲司だって負け続けたとしてキャロッサを使いづけるだろ」


『もちろん。最推しのおでんキャラだからな』


 対戦していたゲームはオデュッセウスクロニクルというRPGだ。タイトルを略して<おでん>の愛称で親しまれている。


 オデュッセウス大陸を舞台に描かれる七人の主人公の物語。


 なぜそれぞれ別のゲームとして展開しなかったのかと思うほどの大ボリュームな良シナリオで、一時期大きな話題になった。


 発売されてすでに二年近くになるが未だに人気があり、今でも時折キャラクターグッズが発売されている。


 特に玲司が推しているキャロッサという大剣使いのキャラクターは熱狂的なファンが多い。


 金髪に灼眼の美女という見た目もさることながら、守りに秀でたキャラであるはずなのにスキルの組み合わせ次第では高防御力で超火力をもった移動要塞のような性能を発揮するため、使っていて爽快感がある。


『もう一戦やろうか。今日で勝ち越させてもらうどうせ春休みで明日も暇だろ?』


「あー、それなんだけど今日はもうやめて寝るわ。明日、バイトなんだよ」


『あの店のバイトか。引き留められねぇな』


 今は春休みだけあって昼時の忙しさはまさに修羅場と言ってもいい。


 そのことは数日だけ働いていた玲司もよく知っている。


 机の上に置いてある携帯端末に表示されている時間はすでに一時過ぎ。


 そろそろ寝ないと明日がつらい。


『それじゃ、おつー』


「おつかれー」


 通話を終了してPCの電源を落とす。


 大きく伸びをすると小気味良い音がする。


 約二時間近く対戦してその間座りっぱなしだった。


 軽くストレッチのようなものをしながら明日の起きる時間に目覚ましを設定して、端末を充電器につなげる。


 飲み物を片付けたり、歯を磨きながらも頭の半分ではスレイズのスキル構成について考えていた。


 今回はいつもよりも攻撃に振ってみたが、それだけではキャロッサの防御力は突破できなかった。


 スレイズでは火力勝負に持ち込まれた時点で勝ち目はなさそうだということが今日の最後の対戦ではっきりとした。


 そうなると攻撃に六、防御に四くらいのバランス型で戦った方がいい気がする。


 考えを巡らせていたが、ベットに入った途端に睡魔が訪れてきた。


 バイト終わったらキャラ作り直すか。


 最期に明日やることだけ微睡む頭の中で確認する。


 深く引き込む眠りの誘惑に抗うことなく身を委ねると、意識は深い眠りの中へ落ちていった。






 鈴虫のような鳴き声が聞こえた。目を開けると満天の星空が見える。


 背中からは土の冷たさが伝わってくる。


「外……」


 夜空には星以外に幾何学模様が浮かんでいた。


 いくつもの線が円形に並んで不規則に明滅している。


 どこかで見たことあるようなそうではないような。


 俺はなぜこんなところで寝ているのだろうか。


「……駄目だ。思い出せない」


 頭の中に靄が掛かっているようだった。


 とりあえず起き上がって周囲を見回す。


 背の高い木々が鬱蒼と生い茂っているが、どれも葉が少ないので枝の間から紺碧の空が見えた。


 頭がはっきりとしない。


 なんとなく森の中を歩き出した。


 理由は分からないけどそうしなくてはいけないような気がして、どこかへ向かって歩き出す。


 静かな森だった。


 星明りだけでも進むのには困らない程に明るい。


 変わり映えのしない景色。


 しばらく進んだ辺りで大きな影が現れた。


 そいつは赤い瞳を煌々と輝かせて俺へ視線を向ける。


 あ、死んだ。


 そう思った瞬間に視界が暗闇に覆われた。

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