2
また夏が近づいてきた。梅雨明けと軌を一にするように、ぼくは後ろめたい手淫を抑えられないようになった。そしてそのふしだらな手で、彼女の純潔な手を握ることに、深刻な道徳的な
彼女の肌はすべて、天上にいる神々のものであり、ぼくのものではなかった。ぼくがもし、彼女の肌を執拗に愛撫したいのであれば、彼女の永久を、ぼくも分かたなければならない。しかし、有限な時間が無限の慾求を産むということは、神々でさえ知ることだ。
ぼくはこの有限と癒着している。あの夏の一日に覚えた愉楽――ぼくの性の目覚め――を、有限の外側へと追いやるために。
しかし、あの愉楽を楽園から追放するには、いまの恋人は適切ではないような気もしなくはない。彼女との純愛めいた戯れは、砂漠で浮輪を使うように滑稽で、見るに堪えないもののように思えた。いまもまた、彼女の左手から感じる熱に、虚構性のうすれた生々しい性を受けとっていた。
一体、あの夏の一日は、なぜここまでぼくのいまを規定してしまったのだろう。――それはおそらく、中学に上がる前に、朱音がぼくの前から姿を消したからに違いない。朱音の不在こそが、ぼくが抱えたトラウマを享楽に変えてしまったのだ。
あの一日の出来事はすっかり、憧憬の対象として歪められてしまった。こうした倒錯を名づける言葉をぼくは知っている。しかし、その倒錯を自ら進んで受け入れようという気持ちに、どうしてもなれない。
快く受け入れてしまえば、夏が近づくころに、ノストフォビアへのノスタルジーとでもいうようなものに苦しめられることは、おそらくなくなるのかもしれない。
「もしかして、雨が降ってきたかも」
彼女、――真利愛にそう言われてみると、たしかに、あたりは暗くなりはじめていた。山の麓にあるこの村の木々が、一斉にざわめきはじめているのにも気づいた。この雪国の降雨というものは、常日頃から大風を伴うものであり、傘を差すことは線香花火を灯すのと、なんらかわりはない。
瞬く間に、真利愛の制服は水分をふくんでぴったりと彼女の肌にはりつき、扇情的な線をいくつも描いてみせた。しかしその線を手でなぞることは、いまのぼくにはできないことだった。彼女の意志とその背後に流れる物語を尊重するべく、自らを律していたから。そして彼女は、ぼくのそうした禁欲的な部分にも愛着を抱いているらしかった。
「じゃあ、また明日ね」――真利愛は小さく手を振ると、急いで洋風の家のなかに入っていった。そして、ぼくがもうひと走りしようとしたところで、「優くん、傘!」と、紅色の傘を掲げて見せた。ぼくは「大丈夫だから!」とだけ言って、大きく手を振って再び走りだした。
ぼくは、真利愛のそうしたところが、どうしても好きになれなかった。
家に帰り服を脱いでみると、たしかにそこは
だからしかたなく、シャワーを背中にあてたままの排泄を試みた。耳のなかには、しっかりと、あの日の蝉時雨が乱響していた。
カイブツさん 紫鳥コウ @Smilitary
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