仲直り

直木美久

第1話

 食器の音がいつもより大きく響いている。

 別段いつもより乱暴に扱っているというわけでもないんだろう。会話がないだけで、こんなにも違う。

 私は肉じゃがのじゃがいもにお箸をつきたてながら、いつまでこんな状態が続くのだろうかと考えた。

 いつになったら終わるんだろう。

 信二はとっとと食べ終えて、ごちそうさまも言わずに、私の隣のいつもの席を立つ。いつもはやらないくせに、自分の使った食器をご丁寧に重ねて、台所に向かった。テレビは彼の好きな旅番組を流していて、時々朗らかに人気俳優が笑いながら、人気の食べ歩きグルメを紹介していた。

 しかし、彼が立ち去ってくれて少し安堵した私は、彼に聞こえないよう、こっそりとため息をつく。

 冷戦七日目。

 先週の土曜日の夜、ちょうど今と同じ時間に、彼の友達夫婦がうちにやってきた。

 私は緊張半分、楽しさ半分で手料理を作り、振舞った。

 同棲三年目。社会人五年目。

 そろそろ結婚の二文字が出てきてもおかしくない。

 少なくとも、私は期待をしていた。これがきっかけで、夫婦っていいねと言ってくれるんじゃないか、とか。友達夫婦に料理を作る私って、奥さんぽいではないか、とか。

 おしゃべりの途中、私が

「いやぁ、信二は好き嫌いが多くて。子供みたいで困ります」

と言った。それを皮切りに、あちらの奥さんも旦那さんの困ったところをいくつか挙げ、あまりに楽しそうに話をするから、私も調子に乗って、ソファで寝てしまって、いびきをかきながら、この間なんておならまでしてたことまで喋ってしまった。

 二人が帰った後、彼の怒りはもう、凄まじいものだった。

 彼が声を荒げると、胸がぎゅぅぎゅぅと苦しくなり、冷や汗が出て、私はからからになった喉をしぼるようにして、謝った。

 それ以来、私たちは一切会話をしていない。

 三年間、殆ど喧嘩もなく、私たちはうまくやれていたと思う。

 自分でそれをすべて、ダメにしてしまった。

 自分にがっかりしているのと同時に、家出するでもなく、私の作った食事を食べ、私が干して畳んだ洗濯物を着ている信二の姿を見ていると、どうしたいのかと腹が立ってくる。

 肉じゃがのジャガイモはいつもより固くて、味がしない。食べ終わったら私はどうしたらいいんだろう。いつものように洗い物を済ませてからソファに行って、彼の隣に座ればいいのか。それともとっとと寝室に直行すればいいのか。

 私はまた、こっそりため息をつく。

 彼が私の後ろを通り、ソファに向かう。

 お互いに仕事も忙しかったから、この平日は先に帰った私がご飯を置いておいて、先に寝て、朝起きたら食べ終わった食器がシンクにおいてあるといった生活だった。話すというほどの時間もなかった。話しかける努力はしたし、ベッドで横になっている彼に向かって謝りもしたし、LINEでも一度謝った。これ以上何をしろというのだろうか。

 もう、いいや。

 いつまでじゃがいもで遊んでいても仕方がない。

 ビールをぐびぐび飲んで、私は食器を持つ。

 旅番組は終わり、お笑い番組が始まった。毎週二人、楽しみにしている番組だ。

 今度は堂々とため息をつき、私は台所に向かう。

 スポンジを泡立て、生姜焼きの汚れを落とし、流れていく泡を見送り、思う。

 もう、私にできることって、ないでしょ。

 肉じゃがの盛ってあったお皿もスポンジで撫でる。

 もう一度息を大きく吐く。

 フライパンもお鍋も、クレンザーで磨く。黒とか茶色い焦げ付きがどんどんどんどん落ちていき、新品とは言えないけど、かなりぴかぴかになって、私は幾分気持ちをすっきりさせて、ソファに向かう。

 信二はごろんとソファに寝そべるのが好きだから、私の席はなくなることも多いが、今日はちゃんと空いていた。

 いつもの彼の左隣に座って、なんとなくスマホをいじっていた。

 今日のコロナの新規感染者数、北海道での誘拐事件、パンダの赤ちゃんの様子、離婚した芸能人の記者会見。

「次にネタを披露してくれる芸人は………!」

 私は顔を上げた。二人の好きな芸人だった。

 二人組の芸人が、マイクを中心に立つ。信二もスマホをいじるのをやめていた。

 芸人二人はくるくると表情を変え、大きな身振りでネタをやる。

「ははっ」

 彼が笑う。私も笑う。そして、私たちはようやく顔を見合わせる。

 私の大好きな、目じりの下がった顔が、そこにはある。

 

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