第6話 荷物持ちの秘密

教材を運ぶ2人はお互い沈黙を貫いていた。

 何も喧嘩をしたわけではない。

 ただ麗華も千代も何を話すべきか迷っているだけだったのだ。

 時折目を合わせるが、それでもまだ本格的に話すまでは発展しなかった。

 もどかしい雰囲気のまま職員室へと足を運ぶ。

 するととある空き教室から声が聞こえてきた。

「どうしたのですか、天動さん。早く行きますよ」

 麗華が足を止めた千代に声をかける。

(…気のせいか)

 そう思い立ち去ろうとしたが今度ははっきりと聞こえた。

「……やめてください!」

(多分何かのいざこざが起きているはずだ)

 教材を床に置き扉に手をかけたその時、不意に千代の腕を誰かが掴んでいた。

 それは紛れもない麗華だった。

「このようなことは仕方のないことです。私達が介入すれば更にややこしくなるだけですよ」

「…だけど!」

 千代の言葉を遮るように麗華は声を上げた。

「これは個人の問題です!人のプライバシーを守ることも時には大切なことですよ!」

 その言葉に怯まされた千代は扉から手を放し、再度教材を持ち直そうとした。

 だが現実はそうも甘くはなかった。

「誰だ!盗み聞きしてる奴は!」

 教室から男の声が聞こえる。

 その瞬間千代は察した。

(……これは逃げられないな)

 足音が扉に近付いてくる。

 それでもまだ麗華は扉を開けることを、首を振り拒んでいた。

(…どうするべきだ)

 千代は必死に考えた。

 どうすればこの状況を打破出来るか。

 だが思い付く方法はこれしかなかった。

(ごめん!)

 千代は麗華の思いとは反対に扉を開けた。

 するとそこには男性教師であろう人と制服を脱がされかけていた銀髪の女子がいた。

「誰だお前達は!何の用でここに!」

 その時千代の中で何かが切れたような音がした。

「あんたこそ何やってんだよ!仮にもあんた教師だろ!何で生徒に手出してんだ!」

「うるさい!お前達には関係ないことだ!」

「いや!関係あるね。1人の女子が襲われてて見過ごせるものか!」

「こっ…この…!」

 悔しがる男を尻目に千代は女子生徒にブレザーをかけた。

 そして声をかけようとした時、千代の背後に拳を振り上げいた男がいた。

 千代は振り向きざまに腕で守ろうとしたが、今度は麗華が男に向けて放った。

「今の映像、動画として残させていただきました。これ以上関わるのなら職員会議へ持ち込ませてもらいますが」

 その言葉を聞いた男は怯えた様子でその場を去って行った。



「…その…先程は助けて頂きありがとうございます…」

 銀髪の女子もといエリス・シャーリーズ・メルは制服を整えた後、2人にお礼をした。

「いやたまたま通りかかっただけですから。そんなに気にしないで下さい」

 千代は謙遜をこめながら返したが麗華はご機嫌ななめな状態だった。

「そもそもどうして貴方が襲われていたのですか?それと天動さん、後で話しがあるので逃げないで下さいね」

 麗華の言葉が千代の胸に刺さる。

(…これは長くなりそうだな)

「…えっと…理由ですよね。実は……」


 事の経緯はこうだ。

 お弁当を食べ終わったエリスは次の授業の準備をしていた。

 すると4時間目担当の先生から呼び出されたようだ。

 エリス本人も不審に思いながらも教室に入ると先生がいきなり襲ってきたと言うのだ。


「……とまぁこんな感じですが…」

 話が終わったエリスに千代は真っ先に反応した。

「…どうしてすぐ逃げ出さなかったんだ?」

「急に…襲われたので…つい腰が引けちゃって」

 千代は納得した様子だったが麗華はまだ納得の表情を見せていなかった。

「だからといって…!私の……クラスメイトを動かすとは委員長として見過ごせません!

あの場はあのように対応しましたが本来ならば会議に持ち込んで当然のことです!」

(これ以上話を長くするのはやめよう…)

 千代は文句を言い続ける麗華の背中を軽く押しながら扉まで誘導した。

「迷惑かけてすまんな。あんたも結構有名なんだからさ、少しは気をつけてな」

「…ありがとうございます。そう言えばこの前は宮本先生と何をなさっていたのですか?」

 一声かけて終わるはずがまた話が広がってしまった。

 千代はあえて聞こえないふりをしてそのまま扉を開け、麗華と共に空き教室を出た。

 麗華は未だに不満そうな顔つきをしていた。

 この後千代は麗華と礼瀬、どちらからも怒られた。

 仕方のないことではあるので当然と言えばそうなのだろう。

(あのことを不用意に話す訳にもいかないしな…当然の報いか…)


          ▼

 この胸の高まりは何でしょうか。

 彼とは1度も接点はなかったはず。

 それなのにどうして彼の事がかっこ良く見えてしまうのでしょう。

 あの時の彼は間違いなく捕らわれた姫を助け出す白馬の王子様でした。

 ですが彼には彼女と思わしき方がいたはずです。

 それなのに何故胸が急に苦しくなったのでしょう。

 その時私は気付きました。

「……そっか…これが恋…なのですね」


 

 

 

 

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