3月11日

「人の奢りで食べるものはなんでも美味しいです。」1日後の最後の授業、講演会で

貴方が発したウィットの効いた答えに、

会場が笑った。私も笑った。あと何分か後に運命が決まることなんて頭になかった。

「やっぱり面白いなあ」

まるで他人事みたいに、時間が過ぎ去るのをぼーっと眺めていた。終わりのチャイムが

鳴り、意味もなく私はひとつ息を吸った。


SHR後、呼ばれていないが何となくいた

ようないい気がして、しばらく校内を歩いて回った。教室近くのフェンスにもたれて、

夕暮れの涼しい風を浴びる。心臓の鼓動は

うるさいのに、意外と冷静でいられる自分が不思議だった。5分後、

「教室にいるよ、あいつ。」

友達が伝えにきてくれた。心配そうなその

顔に、あっけらかんと笑ってみせる。

「私より緊張してどうするのさ。」

行ってきます、と手を振って、教室の扉を

開けた。静寂が広がる中、教卓に隠れた

貴方がいた。

「こんにちは。」

普段通りに、平常心で。貴方の瞳が

物語ってる結末を迎えるまで、後1分。


「ごめん、ちょっと待って」そう言って

隠れる貴方に、「めっちゃ考えてくれる

じゃん笑」何が、とは言わず静かにその時を待った。「…よし」「お、いけそう?」

教卓から出てきた貴方と向き合って、言葉を促す。


「ごめんなさい、無理です」


知ってたよ。その言葉を飲み込んで「うん」と了承する。あまりにあっさりしていたからか、「え、理由とか聞かなくていいの」

と、戸惑う貴方に

「うん、大丈夫。だって言う方も

嫌じゃろ?」だからいい、と伝えた。

「ほんとに大丈夫なの」

「うん、平気。大丈夫よ?」「…そっか。」その瞬間。

ガラリ、と音が聞こえた。

振り向くと男子友達がこちらを見て「お?」と言いたげな顔をしていた。

「「あ」」

これはやばい、と理解したその時。

「おまっ、空気読め!」

教室前に控えていた友達が回収していった。

「あいつマジでタイミング!」と思わず爆笑してしまった私に反して、貴方はずっと

申し訳なさそうにこちらを見ていた。

「…じゃあ、俺いくわ」

鞄を背負う貴方の後ろ姿に「あ、そうだ」

「前話してたお菓子、友達として渡したいんだけど貰ってくれる?」ここで

「あー、いや、いいかな」

と言われてしまえば本当に貴方との関係は

終わったことになってしまう。告白よりも

緊張したかもしれない問いに、

「あー、それはほしいかも」と答えた貴方にホッとした。心の中で、

「食い意地はあるのね」とツッコミを

しつつ、「わかった、ありがとね!」

「ごめんね」そう小さく最後まで謝る君に、いつも通りの笑顔を向けた。

「んーん、ありがとう」

じゃあね、と手を振る私をもう一度辛そうに見て、貴方は歩いていった。


「もういいよー」ドアを開けて待機していた友達に声をかける。誰よりも心配していた

1人に「どうだった?」と声をかけられて、

一瞬涙腺が緩んだ気がした。

「はっきり無理って言われた」そう笑う私に

「そっか、あいつも曖昧に答えるのは優しさじゃないって考えたんだと思うよ。

よく頑張った。」ぎゅっと抱きしめてくれた友達には感謝しかしていない。

「ありがと、私も部活行ってくるわ!」

最後まで笑顔を忘れずに、手を振って

教室を後にした。


階段を降りると、

「明香!」親友が走ってきた。先刻前、

「ミーティング全力で終わらせてくる」と

力強い足取りで走り去った親友が、本当に

数分で戻ってきた。「まじかあいつ」

そこらへんの誰よりも、私のことを知る

親友を見た瞬間。ストンッと全身の力が

抜けてしゃがみこんでしまった。

「んー」

そう言って笑う私を見て察したのだろう。

告白前と同じように、慣れないハグを

してきた。

「そっか、頑張ったね。お疲れ様」

身長の高い私がしっかり抱きつかれる感覚は不思議だった。

「ありがと、」でも泣けなかった。

「今は無理に泣かんでいいよ。」

感情がないまぜになった私に気づいたのか、

「泣きたくなったら泣けてくるものだから」

あやされるように背中を叩かれて、

少し気が楽になった。


追試を受けていたもう1人の親友の元にも

向かった。私を見るや否や、シャーペンを

投げて駆け寄ってくれた。挨拶代わりのハグ。力強さでわかったのだろう、親友の顔は

ものすごく心配していた。結果は言わずとも伝わった。

「頑張ったね、いつでもLINEして。」

ぎゅっと握ってくれた手は温かった。


部活着に着替えて、トレーニングルームに

向かいかけて、嫌な予感がした。

「なんか、いる気がする」

まあうん、大丈夫なはずだ、そう信じて

扉を開けた。

…いた。しかも集団でいた。

流石に直後はやばいかなと判断して、

そっと扉を閉めた。ちらりと見えた貴方の

顔は、やっぱり辛そうで。振り切るように

外周に専念した。

走りながら考えた。1周目は先ほどの返事。

2周目も、3周目も。心臓は押し潰されて

苦しいのに、何故だか泣けない自分に

疑問を覚えていた。だから走り続けるしか

なかった。4周目、体育館から貴方が

出てくるのが見えた。横目で捉えて、

そしてようやく、理由がわかった気がした。


思えば昔から私はそうだった。

人のいいところを見つけるのが得意で、

伝えると相手が笑ってくれるのが

嬉しかった。だからすぐに、色んな人を

好きになる。自分の琴線に触れた人に

興味を持つ。でもそれは、私の言葉が響いて感謝してくれるから、という理由も

少なからずあった。でも、付き合う意味は

理解できなかった。今もだ。好きだったら

付き合いたいと思うのが普通なのだろうが、私はどうしてもそこに行きつかなかった。

小学生の恋愛だと、親友に笑われたことも

ある。確かに私は数年前まで「12歳。」の

愛読者だったし、感覚が幼いのかも

しれない。

「気持ちが通じ合うだけで、関係は変わら

ないでいいんじゃないか。」

今回の恋も、今までと変わりなかったのだ。ただ「好きです」と伝えたくて、

「付き合ってほしいです」は分からないまま口にしていた。

「本当の恋じゃなかったのかな。」

私は貴方に恋をしていた。

貴方の笑う顔が好きで、優しさの滲む

行動は、自分に向けられたものでなくても、ときめいていた。でもそれは「つもり」

だったのかな。辛そうに歪む貴方の顔を

見て、笑えるはずなんてなかった。

私の言葉で笑って欲しかった。そんな顔、

させたくなかった。できることなら

伝えずにしまっておけばよかった。

我慢できずにごめんね。

感情で動いてしまう私でごめんね。

最後の1週間、「友達」のままで

居れなくて、ごめんね。

好きになってしまって、ごめんね。

できることなら、友達のまま、クラスが

離れても笑っていたかった。何も知られる

ことなく、思いに蓋をしておけばよかった。

「ごめんね…っ」

ようやく溢れた涙に喜ぶことなんて

できなかった。ただただ、後悔の味がした。

誰もいない中、寮の裏で立ち止まった私は

静かに泣きじゃくった。

降り仰いだ空は水彩画みたいに滲んでいて、またひとつ、涙を落とした。


昔の春には、もう戻れない。

何も知らなかった幼き私にも。

でも。できることなら、

できることならば。

この感情を知りたくなかった。


「気持ちの終着点」

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