散れるものなら散ってみろ、秋明菊

水彩に浮かぶ朝露

3月10日

例年より涼しい春を迎えた。

「1年間は想像以上に早く過ぎ去った」

なんて表現は昔から使いまわされているが、

そうとしか言いようがない。

当たり前が奪われた一年でもあったから、

何かを求めることに必死だった。

求めた結果なんて考えなかった。

ただ素直に、純粋でありたかった。

普通じゃない日常を普通に生きてやろうと。

一般的な青春に沿った時間を、精一杯に

使い切ろうと。


「好きで、付き合ってほしいです。」

何を言われたか理解できない、そんな顔を

する貴方。教室に溢れる木漏れ日が、貴方を赤く染めた。慌てて席を立つ貴方に笑い

ながら、もう一度似たような言葉を繰り返す。2人だけの空間は普段感じないような広さで、聞き取れるはずのない秒針がやけにはっきり

聞こえてた。「1日待って、考えるから」私は既に悟っていた。その言葉にいい思い出が

なかったから。「考えてくれるだけで嬉しいから、ありがとう」そう伝えて、またねと

手を振る貴方を見届け、懸命にあげていた

口角を下ろした。あの日、私の恋は終わっていたのだ。私の告白を知って、教室を開けてくれた友達には「1日考えてくれるってさ!」

明日が怖い、と笑って見せた。

明日なんか怖くなかったのに。


帰り道、幼馴染にも笑って報告して、1人

自転車に乗った。夜はまだ冷え込み、

そよそよとした風に打たれてペダルを踏み

進んだ。思い返すのは5月からの記憶で、

貴方のことを意識すらしてない日々のこと。テニスが圧倒的にできない私をからかい、

思いがけないセンスを発揮していた貴方。

ペアを組んだ時も「0点」と揶揄し、それでもうまく返せたら「やるやないかあ」と褒めてくれたりした。9月、前後の席になった。

家庭科の時間に鼻血を出した貴方は

流し場に行ったきり、なかなか帰ってこな

かった。「ティッシュがないのでは?」と

心配して追いかけると、案の定ティッシュを持ってきていなかったよね。白いシャツに

ついた血を抜こうとして逆に広げてしまったけど、笑ってくれた貴方に救われた。貴方の

優しさに少しずつ気持ちが傾いたのは

きっとこの頃から。11月、バレーで何度も

同じチームになった。サーブが入らなくて

どんどんテンションが下がる貴方には手を

焼きました、本当に。(笑)でも笑っている貴方がみたくて、私頑張ったんだよ?

気づいてないだろうけど。好きとか関係

なく、笑顔が見たかった。12月、焼肉の時、本当は何もする予定なかった。前日に友達3人とあーだこーだ言いながら服装考えて、

「絶対可愛いって思わせよう!」って

ちょっと頑張ったりしただけ。ツーショットなんて、人生で頼んだこと1回もなかった。

でも会計の時に聞こえた「もう4組も終わっちゃうんだな」の言葉に、表せない焦りを感じた。勇気の出し方とかわからなくて、勢い

任せにわがまま言った私を許してくれた

こと、嬉しかった。写真に写った貴方の顔が

少しだけにやけていたように見えたから、

したくなかった期待までしちゃったし。

ほんと、罪な男だよ貴方は。

2月、最後の席替え。全責任を背負う重大さに気づいていない様子で飄々と教卓へ向かった貴方に、私は全運をかける思いで目を

瞑った。「ここら辺かな」その声の後に

続いて、目の前のスクリーンに席が表示

される。様々な声が飛び交う中、恐る恐る

目をあけた。貴方は右からも前からも2番目の席。隣の番号は26。出席番号が遅い私は

いつまで経っても番号がわからない。次第に埋まっていく席と、取り残されたように

浮いた26番。怖くて、それでも少しの期待でどうにか気を保ちながら、スクリーンを凝視する。宝くじを待つ気分もこんな感じなの

だろうかと妙に冷静な頭で考えた。

見えてきた番号は、

「…え」

26だった。

26番だった。

私よりも先に気づいた友達が駆け寄り、

抱きついてきた。

「やったじゃん!」抑えた声で、それでも

嬉しさを隠せない様子で、受け止めた時に

少し震えていた。「落ち着い…」

言いかけて体を離そうとして気づいた。

震えていたのは私の手だった。それに

気づいた時、「〜っ!!」込み上げてくる

喜びで感情が暴走して、止まらなくなっちゃって。視界も若干潤んだ気がする。

思いのままに貴方の席へ向かい、平常心を

装って「隣、よろしくね」と声をかけたり、今までの恥じらいはどこいったってくらい

感情に振り回されていた。それからの日々は嬉しくて、楽しくて。隣の席だからできる

ことに特別感を覚えて、少しの勇気くらい

なら、考える間も無く出せるようにも

なった。テスト勉強の時なんて、勉強どころじゃなかった。わからないと叫んでは笑い、くだらないことで笑い、ペンを持つ時間より笑っていた時間の方が長かった。

バレンタインの話になった時、貴方の

「セブンのバスク美味しいよな」に思わず、「んーじゃあ、バスクチーズケーキ

作ろっかな」と反応してしまった。流石に気づかれると思っていたんだけど、やっぱり

気づいてなかったのね。私の言葉で笑う

貴方に、言い尽くせない幸せを感じて仕方

なかった。友達に伝えて「うわぁぁあ!」と叫んで、愛しさに悶える繰り返しの日々が

大好きだった。青春だった。青春に吹く嵐に飛び込んで、笑える日常が宝だった。


そんな財産を私は簡単に手放してしまった。告白の代償。今までの長くて濃い関係すら

簡単に飛んでいってしまうような、いわば

言葉の最終兵器。「伝えない方が幸せだ、

今の関係を壊したくないなら。」安全な道は既に昔から示されている。私の行動は、自分から傷つきにいくようなものだった。でも、伝えたかった。

言いたかった。

私は貴方のことが好きだって、知って

欲しかった。

関係の変化なんてどうでもよかったんだ。

後悔しない選択だったと、言いたかった。

次第に視界が緩んできて、振り払うかの

ように私はハンドルを握り直した。

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